札幌で感じたこと 6
昼食を食べ終えたあと、メンバーたちはそれぞれ楽器の練習をしたりスマホをいじったりとそれぞれ個人個人で過ごしていた。
「そのキャラ欲しいけどなかなか手に入らないんだよね」
隣に座って同じスマホのゲームをしている直則が奏のスマホを覗き込んで言った。
「これはガチャで当たったんですよ」
と奏が言うと
「ガチャで当たったの?羨ましいな…」
と直則は言った。
その後も二人でゲームをしていると
「奏、ステージ見せてもらいに行こうか?」
と相川は言った。
「ステージ?」
と奏が聞き返すと
「さっき石井さんに聞いたらステージに上がってもいいって言ってたから見に行ってみないか?」
と相川は言った。
「はい。行ってみたいです」
と奏が立ち上がると
「奏君、行っちゃうのか。じゃ、俺もそろそろ準備運動でもするかな」
と直則は言った。
奏は相川に連れられて、ステージ袖に来た。
昨日と違いいろんな機材や楽器がズラッと並べられてる薄暗いステージ袖につくと照明に照らされてるステージが見えた。
「足元気を付けろよ」
と相川に言われてステージに上がった奏はキョロキョロとステージを見ていた。
ステージの後方にあるメタリックなセットは真下にある照明に照らされて怪しく光っていて、その前左右にはキーボードやコンピューター等が設置されてる床よりも高い位置にある台と、同じように高い位置にある台にドラムセットが設置されていた。
多分、和樹の立ち位置だろうと思われるところには柵のような台があり、その柵の中にエフェクター類や液晶モニターのような画面があらそこにセットリストが表示されていて、和と綾子の立ち位置の前も同じような柵がありそのなかにエフェクターや液晶モニターが設置されていた。
立ち位置の前にあるのが自分達の音を聞く為のモニターだとずっと思っていた奏が
「モニターって無いんですか?」
と聞くと相川は
「そういえば無いな」
と言った。
するとスタッフと話をしていた石井がやってきて
「今回のツアーにはイヤモニだけでモニターは使わないんだよ。Speranzaやボレロのライブだとモニター置いてそこからも音は出してるけどほとんどイヤモニから音は聞いてるから今回は置かない事にしたんだよ。その代わりにこの柵を置いてそのなかにエフェクターとか自分たちが操作する機材入れた方効率的で邪魔にならないだろ?」
と言ってから
「それから、あの柵は頑丈に作ってるから上に乗る事も出来るしね」
と言った。
「上に乗るんですか?」
と奏が聞くと
「そうだよ。綾子のアイデアなんだけど上に乗るとスタンディング席の後ろの方も見えやすくなるだろ?」
と石井は言った。
「確かに…」
と相川が言うと
「ファーストライブやったときに、客席の後ろの方が綾子は見えなかったみたいでさ。自分から見えないって事は客席からも自分たちが見えないんじゃないかって思ったらしくてセットの案を出す時にこうゆうのを作って欲しいって綾子が言って作らせたんだよ」
と石井は言った。
「乗ってみてもいいですか?」
と奏が聞くと
「いいよ」
と石井は言った。
奏は柵の上に乗ると客席を見て
「確かにこんだけの高さでも見えるの違いますね」
と言った。
「でしょ?せっかく距離が近いのにお互いの顔が見えないんじゃライブハウスでやる意味がないんじゃないかって思ったらしくてさ。ちょっとしたアイデアだけど良いよね?」
と石井が言うと
「確かに良いアイデアですし、他のメンバーに比べて背の低い綾子だからこそ浮かぶアイデアですね」
と相川は笑った。
その後も、石井にステージの説明を聞いていたが徐々に休憩を終えたスタッフが戻ってきて、動きが慌ただしくなってきたので奏は相川と一緒にスタッフの邪魔にならないように2階席へ行った。
「相川さん、俺、一人でも平気なので下に行ってて大丈夫ですよ」
と奏が言うと
「いや、俺はスタジオ専門でライブは専門外だからいても邪魔なるだけなんだよ」
と相川は笑った。
その後、少しするとメンバーが次々とステージにやってきてスタッフから楽器を受けとるとHAVENの演奏が始まった。
本番のライブ同様にライトアップされたステージでメンバーが何度も何度も繰り返しHAVENは演奏され、その都度メンバーはスタッフと話をしたり大きなスピーカーから聴こえたくる音の調整等が行われた。
その後も次々とHAVEN同様に演奏して調整してメンバーがスタッフと話をしてまた演奏して…と言う作業がずっと繰り返された。
真剣な顔でスタッフと話をしているかと思うとメンバーが集まって話をしたり時にはメンバーが頭を傾げる場面があったりとリハーサルは想像していたよりもずっと単調で細かい作業の繰り返しで奏は驚いた。
その後、メンバーがステージを降りると
「さ、休憩だ。奏、メシ食いに行こうか?」
と相川は言った。
「えっ?休憩?まだ続くんですか?」
と奏が聞くと
「そうだよ。このあと通しでリハーサルするから」
と相川は言った。
「通しって…今のリハーサルと何が違うんですか?」
と奏が聞くと
「本番と同じように初めから最後まで全部やるリハーサルの事だよ。演奏も演出も全てが本番と同じようにやって本当の意味での最終確認するリハーサルだよ」
と相川は言った。
「最終確認…」
と奏が言うと
「通しリハーサルやらないでツアー迎えてもしも大きな問題点が見つかったら大変だろ?それにジップのステージ幅や音響や照明の設備がどこの会場でも同じだからここで設定データをきちんとして完璧にしておけばあとは同じ事の繰り返しだからいいんだよ」
と相川は言ったあと
「でもな…」
と相川はため息をついて
「綾子は結構ピリピリしてる感じするな…」
と言った。
「ピリピリですか?」
と奏が聞くと
「綾子はSperanzaでしかやったことが無いだろ?Speranzaはメンバーもスタッフも長いこと一緒にやってるから意志疎通がスムーズに出来るけど、fateの場合はメンバーだけじゃなくてスタッフの大半も初めて組む人だからね。ツアーまわっていくうちに上手く出来るようになるとは思うけど、今はまだ一言では伝わらない事が多くてその歯痒さでピリピリしてる感じがするな」
と相川は言った。
奏は、先ほどのリハーサルで綾子がスタッフと話をしたあとやギターを弾いてる時に時々頭を傾げていたり、演奏がストップするたびに綾子が他のメンバーよりもスタッフと話をしている回数が多かったのや困った顔をしていたのを思い出した。
「言われてみたら、そうかもしれませんね。母さん大丈夫ですかね?」
と奏が言うと
「まぁ、休憩に入ったって事は大丈夫じゃないかな。綾子は自分が納得するまで絶対にステージ降りないやつだし、問題は解決出来たんじゃないか?」
と相川は言った。
その後、奏と相川は石井に誘われてメンバーの楽屋ではなくスタッフの控え室へ行き夕食を食べた。
そこには他のスタッフもいて話をしながら夕食を食べていたので奏は食べながらスタッフの話を聞いていた。
「佐久間さん、全然食べてないけど」
「いや、腹いっぱいになると眠くなるから」
「昨日ジップで寝たって聞いたけど、本当なんですか?」
「終わったのが朝方でホテル帰ってたら寝る時間無くなるからそのままここで寝ちゃったんですよ。でも床は硬くて熟睡出来ないし身体のあちこち痛くて…」
「そういえば、綾子さんがスゴい良いマット持ってるって聞きましたよ。それで寝ると短時間でもグッスリ寝たのと変わらないぐらい疲れが取れるって。それ買ったらどうです?」
「いやいや、それ買っちゃうと徹夜で仕事するのが前提になっちゃうでしょ?俺も広いベッドで寝たいし」
「でも、ジップでこれだけの機材使うのってなかなか無いですよね?セットも力入ってるし」
「ライブハウスツアーでトラック4台だもんね。普通じゃ考えられないよね」
「でも、やりがいはありますよね?俺からするとレーザーとかもそうだけど、ライブハウスでどこまで魅せる事が出来るかって挑戦でもありますし」
「そうですね。小さいハコでもここまでやれるんだぞって言うのを見せたいですよね。やっぱりマット買った方が良いかな」
などと笑いながら話をしているのを見て奏は演奏する側だけじゃなくスタッフもメンバー同様にツアーにかける思いが大きい事を知ったのと同様に朝方まで仕事をしていたと言う話を平然としていてそれを愚痴る訳でもないスタッフを見て、昨日石井が好きじゃないとこの仕事は続かないと言った意味が少し理解出来たような気がした。




