奏の夏休み 3
「悪い悪い、お待たせ」
と相川は設営の進むステージをじっと見ている奏に言った。
「奏、そろそろ行こうか?」
と相川が言うと
「あっ…はい」
と奏は席を立ち上がった。
奏が会場の様子を眺めながら後ろを着いてくる姿に気付くと相川が
「見てて面白いか?」
と奏に聞いた。
「面白いって言うか大変だなって思って。ライブは明後日なのに今日からやってるんだと思うと…」
と奏が言うと
「札幌はツアー初日だから特別なんだよ。明日はメンバー入って本番と同じようにリハーサルするからね」
と相川は言った。
ジップを出ると辺りは薄暗くなってきていてすれ違う人の中には浴衣を着た人達が多くなってきていた。
「おう、花火大会って感じだな」
と相川がワクワクしながら言ってると
「こんなに人がいて見れるんですかね?」
と奏は言った。
「どうかな?でもさ花火大会って雰囲気楽しむだけでも楽しいじゃん。露店とかで買い物したり。奏、何が食べたい?いか焼き?りんご飴?焼きそば?かき氷?」
と相川が笑うと
「そうですね。いちご飴ですかね」
と奏は言った。
「いちご飴か。お前、可愛いな」
と相川が奏の頭をクシャクシャッとすると
「いちご飴美味いですよ」
と奏は言った。
河川敷に並ぶ露店を見ながら歩いているといつの間にか辺りは暗くなってきた。
行列に並びいちご飴にフレンチドック(アメリカンドック?)にかき氷とビールと次々に買って歩いているとまるで昼間に戻ったような明るい花火が次々と上がった。
「おお!すげえ近いな」
と相川が言うと奏は川の向こう側にもいるたくさんの観客に気付いて
「相川さん!川の向こうにもすげえ人がたくさんいますよ!」
と驚きの声を上げた。
「そんなのいいから、花火見ろよ!」
と相川が空を見上げて言うと奏も空を見上げた。
「すげえ…」
と次々と上がる花火に奏が顔をキラキラさせながらいちご飴を食べてるのを横目で見て相川は微笑んだ。
奏が小学生の頃、綾子は奏と花火大会を見に行く約束をしていた事があった。
奏が友達が親と一緒に見に行くと聞いてうらやましがっているのを聞いて、ちょうどオフの日に花火大会があるから一緒に行く約束をした。
「奏が露店でいちご飴買うんだってすごく楽しみにしてるんですよ」
と綾子が言うと
「いちご飴?」
と相川は聞き返した。
「そうなんです。去年、うちの両親と近所の祭りに行ったときに食べたいちご飴がすごいキラキラして光ってて美味しかったからママにも食べさせてあげたいって。花火見に行くのかいちご飴買いに行くのかわからないですよね?」
と話していたときの綾子は本当に嬉しそうだった。
けど、花火大会の日は朝から雨が降っていて順延になってしまい綾子と奏は花火大会に行けなかった。
次の日には仕事が入っていたので、花火大会には行けなくなってしまい代わりに綾子の両親が花火に連れていくと言ったらしいけど
「ママと一緒に行くって約束したんだもん。ママが行かないなら僕も行かない」
と奏は怒ってしまったらしい。
「ママは仕事なんだから仕方ないだろ?」
と和になだめられても怒りの収まらない奏は
「花火大会なんて行きたくない」
と余計にふてくされたらしい。
結局、次の日には両親に連れられて花火大会を見に行き奏は綾子と和の分もいちご飴を買ってきて、一緒にいちご飴を食べながら楽しそうに花火の話を綾子にしたらしい。
あの日、もし雨が降らなくて一緒に花火大会に行ってたら綾子もこんなにもキラキラした笑顔で花火を見ながらいちご飴を頬張る奏を見れたのにな…と相川は奏の顔を見ながら思った。
「相川さん、どうしたんですか?」
と自分をジッと見てる相川に奏が聞くと
「いや、お前昔からいちご飴好きだよな…」
と相川は笑った。
花火の音で相川の言葉が聞き取れなかった奏が
「えっ?」
と聞き返すと
「俺もいちご飴買ってみようかな?奏ももう1つ買うか?」
と相川は笑った。
約1時間ぐらいの花火大会が終わると、駅に向かう人々で道はあふれかえっていた。
「奏、もしもはぐれたら集合場所はジップ前な。先に着いた方が連絡するって事にしておこう」
と人に押されてもみくちゃになりながら相川は言ったので
「わかりました」
と奏は隣にいるはずの相川の方を見たが既に相川は人の波に押されて奏よりも先を歩いていってしまっていた。
人並みに流されながら中島公園駅に着いた奏は
「あれ?さっきと景色が違う。出口違うのかな?」
と呟いて辺りをうろうろと歩きまわった。
わたあめや露店で売ってるお面などを持って歩いている家族連れを見て奏は幼い頃の事を思い出していた。
幼い頃、夏休みに家族旅行に行った先で祭りがあって3人で行った事があった。
「奏、チョコバナナ買う?それともわたあめ?…ヨーヨー釣りもあるぞ」
3人で手を繋ぎ疲れたら和に肩車をしてもらったりしながらまわった祭りはとても楽しい夢のような時間だった。
確か、あの子みたいに当時流行っていた戦隊ヒーローのお面を買ってもらったりしたな…と奏は思っていたが
「そうだ…」
と言って一瞬立ち止まると来た道を戻った。
一方、既にジップの前に着いていた相川は奏にlineを送ったが一向に返事が来ないので
「奏、大丈夫かな?」
と心配そうな顔をしていた。
もしも何か事件にでも巻き込まれていたら…と考えると相川は奏を探しに行きたくなったが、もしここを離れてすれ違いになったら困ると思いその場で待っていると
「相川さん!お待たせしました!」
と奏が相川の方へ走ってきた。
「よう!遅かったな。心配したんだぞ」
と相川はホッとした顔で言ったあとに
「それ、どうしたんだよ」
と大きなわたあめの袋2つと頭にお面をつけてる奏に言った。
「あっ、すみません。これ買いに露店に行ってて」
と奏が言うと
「そんなデカイわたあめ2つも食べれるんか?いくら何でも欲張り過ぎだろ?それにそのお面、今流行ってるアニメのキャラクターだろ?欲しかったなら買ってやったのに」
と相川は笑った。
「違いますよ。これ、父さんと母さんに」
と奏は言うと
「ジップの中ってまだ入れますか?これ持ってホテル帰るの恥ずかしいから置いていきたいんですけど」
と相川に言った。
二人が中に入ると先ほど相川と話していた石井と偶然出会い、楽屋に案内してくれた。
「スタッフに言っておくから机の上にでも置いてって」
と石井は言うと
「それにしても何でわたあめとお面?」
と相川に聞いた。
「いやさ、こいつが二人にって買ったからさ」
と相川が言うと
「へぇ。奏君だっけ?君、二人のファンなの?それにしてもインパクトある差し入れだね。特に和は祭りに行きたいって言ってたからこれ見たら喜ぶよ」
と石井は笑った。
「それにしても、どうしてわたあめとお面なの?」
と相川が奏に聞くと
「昔、旅行に行ったときにその町の祭りに3人で行った事があってその時にわたあめとお面買ってもらって…また3人で祭りに行きたいねって話をしたのを思い出して…。父さんたち忙しくて一緒には行けないけど気分だけでも味わってほしいなって」
と奏は言った。
「お前、本当にいい息子だな。何でこんなにいい子なんだよ」
と相川が奏の頭を撫でてると
「父さんたち?えっ?えっ?誰の?」
と石井は困惑の表情を浮かべた。
「あっ…」
と言って相川が石井に奏の事を説明すると
「そうだったんですか。音楽やってて業界目指すかどうするか迷ってるのか…。奏君は両親見ててミュージシャンになりたいって思ったの?」
と石井は奏に聞いた。
「両親を見ててって言うのは無くて、逆に自分は両親みたいにどこに行っても目立ってしまう仕事はしたくないって思ってたんですけど。でも、自分で曲を作ってアレンジ考えてそれを友だちと演奏したりするのがスゴく楽しくて、こうゆうのを仕事に出来たらいいなって。…やっぱり甘い考えですよね?」
と奏が言うと
「まぁ…甘い考えかどうかはわからないけど大学進学と迷ってるなら進学はした方がいいよ。両親を見てるとわかると思うけど、音楽と勉強の両立は出来るんだし大学に行けば今よりも更に世界は広がって感性も磨かれるしね。大学は社会に出るとなかなか行けなくなるけど、業界は入るのが早ければ良いって言う世界でもないからね」
と石井は言ったあと
「それにしても、両親のために人混みのなか差し入れ買ってくるなんて本当に出来た息子だな。誰に似たらこんないい子に育つんだ?」
と笑った。




