ライブ収録 1
「飯田さん、そろそろスタジオに入って下さい」
と番組スタッフが言いに来ると飯田は立ち上がり
「はい、今行きます」
と言った。
「あぁ、西岡さんはファンだからいいだろうけど、俺はfateの曲なんて聴いたこと無いから分かんないし、いつカメラで撮られてるか分かんないから一時間立ちっぱなしで盛り上がってる演技しなきゃいけないなんて疲れる仕事だな…」
と飯田が言うと
「大丈夫。時間なんてあっという間に過ぎてしまうぐらい見応えあるライブですから」
とマネージャーは言った。
楽屋を出て飯田とマネージャーがスタジオに続く廊下を歩いていると前から和と和也と直則が話をしながら歩いてきた。
ヘアメイクしてモノトーンを基調としたお洒落な衣装着替えると和をはじめ他のメンバーもさすがに大物ロックバンドをやってるオーラ出てるなと飯田は思っていたが、徐々に3人が近付いて来るとギョッとした。
半袖の衣装から見える筋肉質な両腕にびっしりタトゥーが入った和也と、和也ほどでは無いにしろ両腕にタトゥー…そして七分丈のパンツから見える両足にもタトゥーが入ってる直則。
いくらロックやってると言ってもここまでタトゥー入れてる奴ってあんまりいないしライブで見るからカッコいいけどこうやって普通にすれ違うとヤバい奴らなんじゃないかとさえ思ってしまう。
すれ違いざまに飯田とマネージャーは頭を下げたが真剣に何かを話してる和は飯田に気付かず代わりに和也がチラッと飯田を見たので飯田はビビってしまったが、それをマネージャーに悟られないように平然を装って歩いていると今度は前から綾子と奏太が歩いてきたので、飯田たちはまた頭を下げたが和たち同様に飯田たちに気付かずすれ違って行った。
「な…なんだよ。シカトかよ」
と飯田が呟くと
「きっと本番前で集中力高めてるんですよ。それにしてもやっぱりライブ用の衣装に着替えるとナゴミさんも綾子さんもゾクゾクと鳥肌立つぐらいカッコいいですね」
とマネージャーは興奮気味に言ったが
「確かにナゴミは半端なくオーラ出てるけど、綾子はそうでも無いんじゃない?」
と飯田は言った。
綾子は試写会や今日挨拶に来たときとはまるで違う和たち同様にモノトーンを基調としたユニセックスな衣装を着て髪をまとめメイクをしたせいもあるかもしれないが優しく癒し系の雰囲気よりもクールビューティーと言う言葉が似合う女性に変身しているけど緊張した面持ちで俯いて歩いている姿は先を歩いていった和たちや一緒にいる奏太と釣り合わないと言うか…違和感があり一人だけ浮いてる感じがしたし、やっぱり大物オーラみたいなものは感じないと飯田は思った。
スタジオに入ると大勢の観覧客が入っていて熱気で暑くなっていた。
飯田と片岡が来たことに気付いた観覧客からは黄色い声が上がったので二人は笑顔で観覧客に頭を下げてスタッフに促されて最前列に行くと番組にレギュラー出演してる佐藤俊太郎と近藤大翔がいたので二人は挨拶をした。
「ドキドキして身体が震えてきた」
と片岡が言うと
「俺もめちゃくちゃドキドキしてるよ」
と俊太郎は言った。
「えっ?でも俊太郎さんはファーストライブに行ったんですよね?」
と片岡が聞くと
「まぁ、綾子と一緒に仕事してる関係で招待されて行ったけど二階席だったからね。今日は仕事とは言え最前列でしょ?緊張するよ…」
と俊太郎は言った。
「ですよね?最前列ですよ。綾子さんも和さんもすぐそこにいるんですもんね」
と片岡と俊太郎が話してるのを隣で聞いてる飯田は、さっきだって一緒にいて話してたのに何が緊張するんだ?と思った。
「今日は何曲やるんですかね?」
と片岡が聞くと
「セトリ見せてもらったんだけど8曲らしいよ。Heavenとspiritと今回の新曲Butterflyとカップリング曲のAwakeあとはファーストライブの動画で反響が大きかった曲を3曲とディレクターの個人的な好みでAngle featherのカバーだって」
と俊太郎が言うと
「どうせならloverも聞きたかったですね」
と片岡は少し残念そうに言った。
「そうだね。二つで一つだからね」
と俊太郎が言うと
「二つで一つってどうゆう事ですか?」
と飯田は聞いた。
「loverって曲は和さんがデビューしたての頃に綾子への想いを書いた曲で、Angle featherは高校生の時に綾子が和さんにもらったペアネックレスをモチーフにして書いた曲でloverのアンサーソングって言われてる曲なんだよ。だから別々のバンドがやってる曲でも二つで一つって言われてるんだよ」
と俊太郎が言うと
「二人とも今でも肌身離さずそのネックレスを身に付けてるんですよね。本当に仲良いですよね」
と片岡は言った。
「二人が左薬指に着けてるガーネットの指輪も和さんがデザインしたらしいよ。綾子が格好いい指輪してるから和さんに俺もあの指輪欲しいなって話したら、何で悩みに悩んで作ったデザインの結婚指輪をお前が欲しがるんだ?だいたい、何でお前が綾子とお揃い持とうと思うの?って和さんに怒られた記憶あるよ。こっちだって結婚指輪と知ってたら欲しがらないよ」
と俊太郎は笑った。
「それは怒られますよ。和さんの綾子さんへの愛は普通じゃないですからね」
と片岡が笑ってるとスタジオの照明が消えて真っ暗になった。
それと同時に観覧客から大きな歓声が上がるとともに
「ナゴミ!」
「綾子!」
と次々と二人の名前を叫ぶ声も聞こえた。
次の瞬間地響きにも似た重低音の音楽が流れるととも観覧客のボルテージはますます上がった。
オープニングに告げる腹に響くような重低音の曲が終わったのと同時にステージが眩しいほどの照明に照らされてハードロック調のSpiritの演奏が始まると飯田は驚きで瞬きさえも忘れてしまいそうになった。
ステージに立つナゴミは全身から自信が満ち溢れていて、観るものを魅了する色気とカリスマ性が半端無いしMCでの観覧客の煽りかたも上手い。
それに歌唱力も表現力がずば抜けてる。
…確かにあのルックスでこれだけの実力を持っているなら海外でも通用するのも納得できる。
多分、これだけの実力を持ってるナゴミならどんな曲でも上手く歌いこなすことが出来るだろうけど、海外のロックバンドと肩を並べても引けを取らないハードロックやオルタナティブな曲をここまで自分のものにしてまるで海外ミュージシャンのように英語詞をネイティブに歌えるのは日本では数が少ないだろう…。
それから曲も最高に格好いい。
日本のミュージシャンでこれだけの曲を作って演奏出来るやつがいたなんて…。
今まで日本のミュージシャンは海外ミュージシャンとは勝負にならないとバカにしていた自分は無知だった…。
そして…綾子。
本当に彼女は綾子なんだろうか?
さっきまでの優しい癒し系の雰囲気は一切感じないナゴミに負けないぐらいの自信に満ち溢れた表情。
それにギターを持たされてる感がしそうなほど華奢だったのに今は男の中に一人女がいるんだと言うことを忘れてしまうほど大きく見えて他のメンバーと一緒にいても違和感が全然無いと言うか…ナゴミと並ぶほどの存在感があり、男とか女とか性別を越えた魅力に溢れている。
それに西岡が綾子のギターを褒めてたけど、綾子のギターは日本どころか世界中でもトップレベルなんじゃないかって言うほど上手い。
ナゴミが歌唱力と表現力なら綾子は演奏技術と表現力だ。
日本を代表する二人と言う言葉が嘘やお世辞じゃないと飯田は実感した。
1曲目の後のMCが終わりアニメ版エンドレスの主題歌Heaven、過去に綾子が書きためていた曲の中からファーストライブの動画配信で反響の大きかったNew world、forbidden fruitと演奏して2回目のナゴミのMCが始まった。
「みんなついてこれてる?大丈夫?」
とナゴミが言うと歓声が上がった。
「最近、綾子が寝る間を惜しんで曲を作ってるんで夏にはみんなに最高傑作のアルバムを届けることが出来そうです。…で、アルバムを出したあとはライブツアーに出たいなってメンバーと話をしてるんだけど、ライブやったらみんな会いに来てくれる?」
とナゴミは観覧客に聞いた。
「行くー!」
と観覧客から歓声が上がると
「本当?」
とナゴミは意地悪そうな顔で言ったので、また歓声が上がったのでナゴミはニコッと笑った。
「じゃあ、そのアルバムにも入る予定の出来立てのシングル曲をやります。Butterfly…」
とナゴミが言うとスタジオに奏太の演奏するキーボードからストリングの壮大なメロディーが流れた。。




