第6話 話すこと!?
リュウが白銀の剣を片手に、怪物へと突っ込んでいく。足を斬られ、叫び声をあげていた怪物は、怒りに満ちた表情でリュウを睨み付けている。
怪物は翼を大きく広げ、リュウに向かって飛び立つ。リュウが下から斬り上げると、初めて怪物が回避行動をとった。羽を使い、滑るように横へスライドしたのだ。
怪物はその勢いを活かして、蹴りを放つ。リュウは身を屈めて、怪物の真下から背後へと回り込む。
そのまま背後から突きを繰り出した。この攻撃を怪物は翼を羽ばたかせ、上空へと回避した。
「空に飛ばれると、さすがに厄介だな。」
リュウが歯噛みをしていると、目の前に鉄球が浮かび、怪物までの道を作っている。
「使え、リュウ!」
それは、背後で戦いを見守っていたカズだった。
「サンキュー、カズ。助かる。」
カズに礼を言って、鉄球の上を飛び上がって行く。それを見た怪物は、近くの鉄球を凪ぎ払い、カズへと飛ばした。
「カズ、狙いはお前だ!」
リュウは振り返らず、カズの名前を叫び、危険を知らせる。
「慌てるな。」
カズは落ち着いて、鉄球の重力を操作し、空中で勢いを殺した。
「さすが。」
カズが鉄球をさばいている間に、リュウは最後の鉄球へ到達していた。それを全力で蹴って、怪物まで一直線に飛んだ。
ここで怪物が凶悪な笑みを漏らした。先程と同じように翼でスライドし、自分へ斬りかかってくるリュウの背後へと回り込んだのだ。空中では、リュウに方向を変える手段はない。怪物は己の勝利を確信した。
だが、リュウは隠し持っていた鉄球を前に出し、幼馴染みの名前を呼ぶ。
「カズ!」
「人使いが荒いな。」
カズは悪態をつきながら、リュウの手にしていた鉄球を浮かせる。リュウはそれを蹴って、怪物の突きを躱し、頭上から背後へと回る。
「この羽邪魔だからさ、貰うぜ。」
リュウは怪物の羽を斬り落とした。リュウと怪物は、それぞれの方向とは逆に落下していく。
リュウの方は受け身をとり、難なく着地したが、怪物はそのまま地面へ叩きつけられた。その衝撃で、一帯に土煙が舞った。
「これで終わってくれると楽なんだけどな。」
リュウの願いも虚しく、煙の中から怪物が姿を見せる。
「まぁ、そんなに甘くないか。」
リュウはボヤいてすぐに、怪物へ構える。だが、怪物は片足と翼を失って立てずにいる。その顔は憎悪に歪み、リュウを睨み続けている。怪物は今まで以上に大きな声で怒りを顕にした。
「ガァァァァアアアアア!!」
叫び声が途絶えた瞬間、怪物は自ら左腕を引きちぎった。そして、足のあった場所に、その腕の付け根の部分をくっ付け、足が腕の変わりとなっている。
「へぇ、そういうこともできるのか。」
―呑気に関心している場合じゃないと思うんですけど。今、一気に倒せてしまえばよかったんじゃないですか?できましたよね?―
リュウの言動に、リィナが突っ込みを入れる。
「いや、そこはほら、場の空気というか、雰囲気的にな。」
―もう、なんですか、それは。―
リィナは完全に呆れていた。
そんなリィナに、リュウは弁解の言葉を述べる。
「冗談だよ。この剣がどこまで通じるのか、見ておきたかったんだ。さっき短剣で同じ事をしたときは、すぐに再生したからさ。」
そう、一ラウンド目の戦いで、リュウは様々な攻撃を試していた。だが、いずれも効果が得られなかったため、この白銀の聖剣が通じるのかを試したのだ。
「これなら行けるな。」
リュウは確信した。その瞬間、怪物が足の代わりとなった手で、地面を砕き、器用に放り投げてきた。リュウは躱すこともなく、その場で投げられた飛礫を真っ二つにする。そして、怪物へと一気に駆け出した。
向かってくるリュウに、怪物はさらに飛礫を投げつけていく。だが、リュウはそれを全て斬り払い、一直線に怪物へと向かった。
怪物の正面に迫った瞬間―
「悪いな。もう終わりだ。」
怪物はリュウを捕らえようと、右腕で掴みかかる。リュウはそれを切り落とし、そのまま、怪物の胸へ剣を突き立てる。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
リュウが雄叫びをあげると、剣から光が放たれ、怪物を内側から滅して行く。
「キィァァァアアアア゛ア゛ア゛オ゛オ゛オ゛ォォォ……」
怪物が甲高い断末魔をあげた。そして、虚空の彼方へと霧散していく。リュウは最後に、剣を振り上げ、怪物の頭を真っ二つにした。そして、怪物は完全に消滅した。回りの霧も晴れていく。そして、リュウが空を見上げると、すでに星が出ていた。
「やっと終わった。」
その言葉と共に、リュウは倒れ、意識を失った。それと同時に、リィナも元の姿でリュウの横に倒れた。こちらも意識はない。だが、その手はしっかりと繋がれたままだった。
▼▽▼▽▼
リュウが怪物を倒す少し前、倒れていたシンヤの前に、人影が現れた。
「ふ、不様よのう。この私が自ら作り上げたというのに。これは失敗だったな。だが、予想通り、あの男はエステリアを測る良い物差しとなってくれた。それどころか、紛い物とはいえ、かの聖剣まで目にすることができるとは。あの男に免じて、今一度、お前にチャンスを与えよう。」
そして、男はシンヤを踏みつけ、何事かを口にする。
「うわぁぁぁぁあああああ!」
シンヤから激痛による悲鳴が上がった。
そんなものはまるで聞こえていないかのように、男は頭を押さえ続ける。
「お前は所詮、作り物だ。物は持ち主の思う通りに動かなければならない。良いな。」
シンヤが頷いたのを確認し、男は足を退ける。激痛が治まり、シンヤは気を失った。そして、男がその場を動こうとしたとき、別の人物が現れた。
「あなた達、ここで何をしているのですか?」
その声は、先程まで訓練場で封印の儀を行っていた女性だった。手には、霊戦器の短剣が握られている。
女性の問いに男は、笑いを噛み殺しながら答えた。
「先程の封印の儀を行っていたのは君だね。まだ、お若いのに大したものだ。」
声は優しい響きをもっているが、目はまるでゴミを見るかのように冷たい。女性はそれを見逃さなかった。得たいの知れない気味の悪さに、女性は男に対して短剣を構えた。
「観察力も鋭い。だが、判断力はまだのようだね。」
男の発する冷たさがよりいっそう濃くなった。
女性は自分でも気づかぬうちに、ジリジリと後退している。それを見て、男はつまらなさそうに、溜め息をつく。
「少しは期待できるやも知れぬと思ったが、私の早合点だったか。無駄な時間を使ってしまった。私はこれで失礼させていただこう。」
そう口にすると、男は出口へと歩き始める。
女性は声をかけようとしたが、それは叶わなかった。
「そうそう、君に1つだけ言わせておくれ。」
男は頭だけで振り返り、女性へ言葉を投げ掛ける。
「向こう(・・・)では、どうかお幸せに。」
男がそう口にした時、すでに女性は息絶えていた。そして、崩れ落ちた女性に目もくれず、男は去っていった。
▼▽▼▽▼
「……ここは、病院か?」
目が覚めたリュウは、体を起こす。
「……っ。痛っつ。」
だが、全身に痛みが走り、あえなく断念した。
「全身の筋肉が断裂仕掛けているそうだ。全く、訓練をサボり続けていたツケだ。自業自得だな。」
病室のドアを開け、カズが荷物を持って入ってきた。
「起き抜けに嫌味を言われると、頭が痛くなりそうだ。勘弁してくれ。」
そう言って、リュウは溜め息をついた。首を動かし、辺りを見渡すと、自分の上に何かが被さっていた。
「なっ!痛って!」
それを見たリュウは慌てて起き上がり、また痛みを受ける。
「騒ぐな。静かに寝かせてやれ。彼女、お前が眠りっぱなしの三日間、ずっと側にいたんだぞ。」
リュウの上で可愛い寝息をたてていたのは、制服姿のリィナだった。
「三日間も寝てたのか。で、何で、この子が?」
リュウは小声で問いかけると、カズは真剣な顔で言う。
「心当たりあるだろう。惚れているのだろう。」
「なっ…!痛っ!」
「冗談だ。落ち着け。」
「冗談かよ。お前の冗談は分かりにくいんだって。で、本当は?」
リュウはもう一度聞く。カズは少しだけ渋ったが、その訳を説明する。
「その子は、お前がそこまでのダメージを負ったのが、自分のせいだと思っている。事実、半分はそうだろう。この子に宿っている精霊は少し特殊なようだ。この子自身も。」
この話を聞き、リュウは少しだけ後悔した。
この子と契約をした事をではなく、半端な気持ちで契約をしたことを。リィナは契約者に負担がかかる事を知らなかったということはないだろう。リィナがリュウと契約したのは、恐らく、リュウを信じたからだろう。リュウなら、自身の霊戦器に耐えうると。
だが、リュウはリィナを信頼してはいなかった。あの場では、あれ以外の選択肢がなかったからそうしただけだった。でなければ、夢の中のあの子を裏切るような真似はしなかった。リュウは信頼ではなく、打算で動いていた。それをリュウは後悔したのだ。
リュウはそっとリィナの頭を撫でた。そして、カズの耳に届かない声で呟く。
「ごめんな。」
カズはそれに気づいていただろうが、何も言わなかった。
「他の奴はどうなった?」
リュウはリィナから手を放し、カズへと問いかける。カズは荷物を棚の上に置くと、空いている椅子に腰を下ろして、説明を始めた。
「今回の事で学校は一週間の休校になった。教官方は後始末に終われている。負傷者が多数出たからな。」
「……死んだ奴は?」
カズは、目を閉じ、少しだけ迷った素振りをしたあと、口を開いた。
「これは一般生徒には公開されていないが、お前とキラの試合の審判をしていた教官が亡くなられていた。死因は不明。まるで、精神だけを殺されたみたいだと、医者は言っていた。その場にはシンヤも倒れていた。」
リュウは大きく目を見開いた。
「シンヤは、シンヤは無事なのか!?…痛っ!」
リュウは体を起こしかけた所で、激痛が走り、ベッドに倒れる。
「だから、騒ぐなと言ってるだろ。」
リュウはリィナの方を向いて、未だ起きていないのを確認し、ほっと息をはいた。
「あいつは無事だ。何があったか尋ねたが、意識を失っていて、何も見ていないと言っていた。」
その瞬間、カズの目付きが少しだけ厳しいものになったのを、リュウは見逃さなかった。
「あいつを疑ってるのか?」
病室を気まずい沈黙が漂う。それをリュウが嫌った。
「あいつは大丈夫だよ。お前があいつを信じられないのもわかる。だから、俺を信じろ。」
リュウの言葉を聞いて、カズは驚きの顔を見せた。そして―
「ふっ、その様で信じろと言われてもな。」
カズは笑った。実のところ、カズはあまり笑わない。この男に限っては以外でも何でもない。本当にお堅い男なのだ。だが、そんなカズもリュウの前では自然と笑顔をこぼす。慣れていないため、とても不恰好なものではあるが。
「悪かったよ。ほんの少しだけ後悔してる。」
リュウが素直に謝ると、カズは立ち上がった。
「俺はそろそろ行く。お前の着替えはそれだ。」
カズは持ってきた荷物を指して、扉を開けた。リュウはカズの背中に向けて、礼を言う。
「持ってきたくれたのか。ありがとな。」
リュウが礼を言った直後、カズは扉の前で立ち止まり、何かを呟いた。
「え?」
「いや、何でもない。」
カズはそのまま病室を出ていった。
リュウは1つの寝息をBGMにして、窓から夕日を見る。
「ちゃんと聞こえたよ、バカ野郎。」
カズの言葉は、リュウに温かさをくれた。それは、今のリュウにはないはずの、家族の温もり。
―お前の事など、とうの昔から信じている。この大馬鹿。―
リュウは自分が笑っている事に、気づいていなかった。
▼▽▼▽▼
学校の教官室で、クヤザは一人、煙草をふかしながら、物思いに耽っていた。
―リュウゼルはこれからどうするのかのう。あれに立ち向かうのか、それとも、平穏に身をおくのか。どちらも、きついだろうのう。―
それは、一人の生徒の身を案じるものであった。煙草の灰を落とし、口にくわえる。そこへ来客がきた。
「煙草は生徒に嫌われますよ。フィアマ先輩。おっと、今はフィアマ教官だったか。」
それは、白スーツの男と、メイドであった。
クヤザは振り返らず、その男の名前を口にする。
「なんや、お前さんか、ライゼル。あの利かん坊なら病院で寝とるぞ。」
クヤザは素っ気なくそう言い放った。
ライゼルは苦笑し、ティアは溜め息をついている。
「別件です、フィアマ様。今日は訓練場での件について、お伺いしたいと思い、参上致しました。」
ライゼルの代わりに、ティアが要件を伝えた。
クヤザは煙草を灰皿へおき、二人の前へ立つ。
「お前さんらが知りたがっとるのは、これやろ。」
クヤザは一部の書類を手渡す。
「さすが教官殿、話が早くて助かります。」
ライゼルは笑顔でそれを受け取った。クヤザは鼻を鳴らして、ライゼルを睨む。
「お前さん、あの利かん坊には、本当に何も話さんでええのか?」
ライゼルは帽子のつばを引きながら答える。
「今のあいつに言っても、足手まといにしかなりませんから。フィアマ教官だって、本当はわかっていらっしゃるんでしょう?」
ライゼルの顔は笑顔だった。だが、その目は、決して笑っていない。この男は誰よりもリュウを大切に思っている。たった一人の家族として。
「教官、俺はあいつが戦いから逃げるなら、それで言いと思っています。あいつは優しいですから。ですが、もし、あいつが自分から戦うと言った時は、教官、貴方の手であいつを鍛えてやってください。」
ライゼルの言葉には、どこか陰りを感じる。だが、クヤザはライゼルにそれ以上何も言うことができなかった。
「では、俺達はこれで失礼します。先輩もお身体に気をつけて。」
そう言って、ライゼル達は行ってしまった。クヤザは新しい煙草を取りだし、口にくわえる。それに火をつけようとした所で、その手を止めた。そして、口から下ろし、静かに呟く。
「死ぬなよ、ライゼル。」
その言葉は、誰に届くことなく、虚空へと消えていった。
▼▽▼▽▼
夜の病院で、リィナは目を覚ました。
「あれ、ここ…は……?」
寝ぼけた顔で辺りを見渡すリィナに、リュウは声をかける。
「お早う、リィナ。と言っても、夜だけどな。」
リィナはぼうっとリュウの顔を見つめる。そして、自分のおかれた状況を理解するにつれて顔が赤く染まっていった。
「す、すみません、私、いつのまにか眠って…。」
頭を下げてくるリィナにリュウは苦笑する。
「いいよ。ずっと俺の看病してくれてたんだろ?ありがとな。」
「い、いいえ、滅相もありません。」
手を顔の前で振り、慌てて否定した。
やがて落ち着くと、リィナはぽつりと言う。
「私の…せいですから…。」
リィナは自分のせいだと思っている。カズもそう言っていた。だが、リュウは全くそうは思っていない。
「リィナのせいじゃないぜ。俺の鍛え方が足りなかっただけだ。」
「だけど!」
声を荒げたリィナを、リュウは手で制止する。
「リィナがいてくれなかったら、もっとやばかった。だから、謝らないでくれ。」
リュウは笑顔でそう言い、リィナの頭を撫でた。リィナは少しの間、下を向いて涙を流した。
落ち着いたリィナは、恥ずかしさに縮こまっている。
「お見苦しい所をお見せしました。」
そう溢したリィナの顔は赤かった。そんなリィナの姿を見て、リュウは少しだけ鼓動を速めていた。だが、努めて何でもない風を装う。
「そんな気にしなくていいよ。とりあえず、この件に関しては、これで終わりな。」
この話題をあまり引きずらせないよう、リュウは強引に話を終わらせた。
夜の病室で、二人の間に静寂が訪れた。それを破ったのは、顔を下へ向けていたリィナだった。
「あの…、リュウさんは、本当に霊戦手にはならないのですか?」
リュウは目を閉じて、少しだけ黙考した後、静かに答えた。
「ああ、俺は霊戦手になる気はない。」
その答えを聞いたリィナは、肩を落とした。
「私、凄く身勝手なんです。私のせいでリュウさんが傷ついたのがわかっているんです。それなのに、もしも、リュウさんがよければ、これからもリュウさんの霊戦器でいたいと思ってしまいました。私、本当に身勝手です。」
リィナはそう言って、立ち上がった。そして、病室のドアへと歩いていく。ドアの目の前で立ちで止まり、背を向けたままリュウに声をかけた。
「私、リュウさんは、誰よりも強いと思います。だから、リュウさんが自分から霊戦手になりたいと思う日が来るのを、待ってますね。」
そして、振り返り、今まで一番きれいな笑顔でリュウに挨拶をした。
「お休みなさい、リュウさん。」
その笑顔は月明かりに照らされ、とても幻想的な美しさを出していた。
「あぁ、お休み、リィナ。」
リィナが病室を出るまでずっと、リュウはずっとその姿を見続けていた。
リィナが病室を出た後、リュウは月を見ながら物思いに耽る。
リィナの事、夢の中の少女の事、霊戦手になりたくない理由。それら全てが、リュウの中で渦巻いていた。そして、もう1つ。
「あの怪物、あれはいったい何だったんだ?」
リュウはあれを見たとき、恐怖とは別の何かを感じた。その何かは意思をもってリュウの中で蠢いていたと思う。
「クヤザのおっさんにでも聞いてみるか。その前に体を治すのが先か。」
そう言って、リュウは眠りについた。一人の少女が住まう、あの夢を見るために。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。7月27日21時に第7話を掲載予定です。活動報告の方でも書きましたが、この場をお借りしてもう一度謝罪の方申し上げます。この度は、読者の皆様にご不快な思いをさせてしまった事、誠に申し訳ありませんでした。今後、このような事がないようにいたしますので、よろしくお願いいたします。