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第3話 頑張ること!?

「あいつは本当に来るのか?」


開口一番にカズはそう尋ねた。


「さぁね、こればっかりは時間になってみないとわからないからね。」


そう答えたシンヤの顔は、いつも通りの笑顔で、本心かどうか、カズには判断が付かなかった。


―こいつは要注意だ。―


それが、カズのシンヤに対する第一印象だった。高校に入りたての頃、カズとリュウはいつも二人でつるんでいた。そこに、唐突に現れたのが笑顔を切って張り付けたような顔をしたシンヤだった。


「君がリュウゼル=ジア=エステリア君で、そっちの君がカズキ=マキナ君だね。初めまして、シンヤ=ぺディアです。今後ともよろしく。」


彼は変わらぬ笑顔のまま差しのべた。最初、俺はその手を払いのけるつもりでいた。当時は、悪意を持って、リュウに近づく輩が多かったからだ。だが、リュウは俺よりも先に一歩出て、その手を取った。


「あぁ、よろしくな、シンヤ」


特ににこりともしないまま気だるそうに握手をしたリュウに、シンヤは興味深く観察していたのを今でも覚えている。

それからは、いつのまにか馴染んでいたが、カズは第一印象を拭えきれずにいる。その事は、恐らくシンヤ本人も感づいているだろう。


訓練場の観覧席で、シンヤの隣に座ったカズは、警戒心を抱きながら、横目でシンヤを観察していた。その視線を感じ取ったのか、先程の言葉にシンヤは付け加える。


「まぁ、リュウの事は信じているけどね。」


言外に、君の事は信じていないという意を込めている事は明らかだった。だが、シンヤがリュウを信じているというのは本当の事だろう。それを聞けたカズは、少しだけ警戒を緩めた。

そんな二人の嫌悪なやり取りを真横で聞いていた人物がいた。


「あなた達、本当にお友達なのかしら?」


そんなチヤの疑問に、二人は間髪入れずに答えた。


「さぁね」「さぁな」


完全にハモった二人に、呆れたチヤは絶句した。


―まぁ、こういう友情もあるのかしら。―


そんななげやりな思考とともに溜め息をつき、訓練場に顔を戻すと、後ろから声がかかった。


「お隣、空いていますか?」


チヤが振り返ると、そこにいたのは、昨日、リュウが助けた女生徒だった。


「あなた確か…。」


「昨日はありがとうございました。リィナと呼んでください 。」


リィナは明るい笑顔で話しかけた。チヤは良い話相手が見つかったと、すぐに隣の席を譲る。


「どうぞ、座って頂いてかまわないわよ。」


「ありがとうございます。もうどこに行っても人がいっぱいで、見つかった席がここだけだったので助かりました。」


まだ試合の時間まで30分程あるが、すでに、観覧席は埋め尽くされている。実のところ、この席は、多くの男子生徒が狙っていた。皆、チヤ=ミーティアが狙いだったのだ。彼女は、護ってあげたいお姉さんタイプで、スタイルもかなりのものだ。カズ以外の男性とはあまりしゃべる機会もなく、おっとりした性格も相まって、そういう視線には疎い。学年問わず、多くの男子生徒が彼女を狙っている。それを影で牽制しているのがカズだ。男子生徒達は、互いに牽制しあい、カズが油断するタイミングを見計らっていたため、ここが空席として空いていたのである。

チヤは隣のカズが内心ほっとしていることにも気づかず、リィナに相槌を返す。


「そうよね、本当にすごい人の数だもの。」


チヤから見た限りは、座席はほぼ埋まっている。その中には、ランキング上位者や、教官の姿まで見受けられる。


「本当ですよね。今朝、新聞が貼られたばかりなのに、どうしてこんなに人が集まったんでしょうか?」


リィナの疑問は、チヤも感じていたものだ。二人が唸っていると、カズが律儀に答える。


「2年のランキング3位と、あのエステリア(・・・・・・・)の試合だからな。同じ霊専の人間なら、見るだけで勉強になるだろう。それが上級生であってもな。だが…。」


カズはその続きを話す事を躊躇(ためら)った。二人はきょとんとして、話の続きを待っている。見かねたシンヤが続きを引き継ぐ。


「一般の生徒は、リュウがやられるのを(・・・・・・)見に来てるんだよ。」


その一言に、カズは俯き、リィナとチヤは驚きを隠せずにいる。シンヤは二人の様子を確認して、さらに続ける。


「5年前のフラグダム帝国との戦争で、民を見捨てた亡国の王子が、不様にやられる様を、ね。」


シンヤはそれを口にしている間、一度も表情を変えなかったが、組んだ手に爪が食い込んでいた。カズはそれを見逃さなかった。


「確かに、あの戦争は酷かったわよね。エステリアから逃げてくる人達が、絶望に満ちた顔をしていたのを、今でも覚えてるわ。」


「はい、兵士以外の死者も相当なものだと聞いています。」


二人はカズと同じように下を向いた。だが、チヤはすぐに顔を上げて、シンヤに反論する。


「でも、彼は5年前、私達と同じでまだ12歳だったのよ。戦争なんかに参戦できるはずがないわ。」


少し興奮気味なチヤの頭に、カズが手をのせて宥める。

この戦争が始まる前、リュウはカズの家に預けられていた。リュウの父親、エステリア王とマキナ家は公にはできないが、親密な仲であったからだ。

落ち着いたチヤに、シンヤは静かに呟く。


「そう、彼自身は、何も悪いことはしていない。けれど、一般の人達はそうは思わないだろうね。皆がそう思っているわけではないだろうけど。人間ていうのは不思議なものだよ。皆がチヤさんのように考えられれば、リュウもあんなに背負わずにすんだだろうにね。」


亡命してきた民はリュウを怨み、他国の人間の中には、キラのように罵倒を浴びせるものもいる。


「だからでしょうか?リュウさんが霊戦手になろうとしないのは。」


もしリュウが霊戦手を目指せば、回りの人間は何を今さらと思うだろう。民を見捨てるようなものが霊戦手になんてなっても意味がないと。

リィナの疑問に、カズもシンヤを見て、真偽を確かめようとしている。


「うーん、それはちょっと違うんだけどね。」


シンヤはリュウがなぜ霊戦手になりたくないかを、推測している。もし、それが正しければ、リィナに言うのは特にまずいと考えている。そのため、曖昧に言って、話題をそらすことで、この場を切りぬけることにした。


「でも、救いはあるよ。リュウは裏切りの王子ってだけじゃないからね。」


シンヤがいい終えると同時に、重い空気を払拭するかのごとく歓声が鳴り響いた。4人とも観客が見ている方へと、目を向ける。


「さぁ、リュウ。みんなに君の強さを見せつけてやれ。」


シンヤの独り言は、歓声にかき消され、三人に届くことはなかった。


この訓練場に控え室はなく、リュウは更衣室で待機していた。服装も、闘技用のものに着替え、手持ちの武器の確認をしていた。

そんなリュウの耳に歓声が聞こえてきた。


「ここまで聞こえるって、どんだけの人がきてんだよ。」


高鳴る鼓動を鎮めながら、リュウは独り言ちた。緊張や焦りを消す訓練は、カズと共に繰り返しやって来た。

息を一定に保ち、集中していく。

昨日のアルグの時は、非常時だったため、意識せずに切り替えられたが、今はそれを意識的にやっている。

集中が安定したとき、更衣室の扉が開いた。


「ほう、いい集中力だのう。他の奴等にも見習わせたいくらいじゃ。今回の試合で、お前さんが勝ったら、わしと模擬戦をやろうかのう。なぁ、リュウゼル。」


フィアマ教官の話を聞いていないわけではないが、この集中を切らせたくないリュウは、何も答えず扉へと歩いていく。

そんなリュウの佇まいを感じて、フィアマ教官はいっそう感心する。


「やはり、わしの目に狂いはなかったのう。」


そう呟いたフィアマ教官の目は、獲物に狙いをつけた猛獣のようであった。


「さぁ、行ってこい。キラを一発懲らしめてやれ。」


フィアマ教官の発破に、リュウは頷き返し、訓練場へと歩き出した。


キラが出てきた後、もう一方の入り口付近の観覧席に座っていた双子は、リュウが出てくるのを、今かと待ち構えていた。


「お姉ちゃん、リュウって人 、強いの?」


気弱な妹のショコラは、ずっとそわそわしている姉に、落ち着いて欲しくて、声をかけた。だが、姉のエクレは、興奮した闘牛のようになっている。


「強いなんてもんじゃないわよ。あんなの反則よ、反則!相手がキラじゃなかったら、同情してるところよ。」


そう叫ぶ姉に、少し違和感を覚えたショコラは、さらに尋ねる。


「お姉ちゃんはどうして、あの人が強いって知ってるの?あの人、一度も訓練してなかったよね?」


ショコラの問いに、エクレは明らかに同様した。


「あ、そ、その、わ、笑わない?」


しどろもどろになった姉の声に、ショコラは迷わずうなずく。エクレは好きなものや気になる物の前だと、こうした反応を見せる。いつもは、姉のこういうところを、ショコラはとても可愛いと思っている。だが、今のショコラは男に対してこの反応をしている姉を見て、少しモヤモヤした気持ちを感じた。


「あのね、入学したてのころに、私、霊専の上級生に絡まれた事があるの。振り払おうと思えば、出来たと思うけど、後々因縁をつけられたら嫌だなと思って、手を出せずにいたの。そしたら、見かねたリュウが、助けてくれたの。でも、逆ギレした上級生が殴りかかってきたんだけど…。」


「リュウって人がぱぱっと倒しちゃったんだね。」


エクレは頷いて、さらに続ける。


「あの時のリュウは、本当に強かった。上級生が、色んな武器を出して一斉に襲いかかったのに、息ひとつ乱さないまま、誰も傷つけずに倒しちゃうんだもん。それも、素手で。」


話終えた姉は下を向いた。その横顔はとても嬉しそうなのに、それを見たショコラは、モヤモヤが溜まる一方だった。


「負けちゃえばいいのに。」


「え?」


ぼそっと呟いたショコラの言葉を聞き取れず、エクレが聞き返そうとしたとき、再び歓声が鳴り響いた。リュウは自分の知らぬところで、敵が増えた瞬間だった。

そして、二人は話をやめて、これから闘う二人の方を向いた。


エクレとショコラの席から5段程後方に、生徒ではない男がいた。その男はフードを被り、その手には黒い指輪をはめている。そんな怪しげな男を、誰一人として気にしていない。まるで、そこに存在していないかのように。

男は訓練場を見据えながら、どす黒い憎悪を燃やしていた。


―見せてもらうぞ、エステリアの王子。もしも、貴様が危険とわかったその時は、主の命に背いてでも、貴様を地獄に落としてくれる。―


その顔は、醜悪な笑みで染まっていた。


リュウは更衣室から数分歩いて、訓練場に到着した。


―今日のフィールドは荒野か。―


この訓練場は、半径30m程の円状で、精霊の加護を受け、日によって地形が変わる。荒野のフィールドでは、地面が凸凹になり、高い場所と低い場所では5m近くも差がある。

リュウが到着して、すぐにキラが嫌味を放つ。


「よう、逃げずにちゃんと来たのか。偉いじゃねぇか。」


「そうよ、偉いじゃない。」


「えぇ、偉いじゃない。」


リュウは着て早々後悔する、ということにはならなかった。意識を高め、闘う事だけに集中しているリュウにとって、キラズの言葉など聞こえていないに等しい。


(だんま)りか、まぁいい。これでようやくどちらが格上かハッキリさせられるんだからな。」


キラがそう言った瞬間、一人の女性が短剣をもって現れた。女性は一礼すると小型のマイクを通して、ルール説明を始める。


「私が審判を務めます。これから、ここにいる四人に霊戦器による加護を与えます。この加護は、加護を受けた者のダメージを肩代わりします。その為、ダメージを受けるても怪我を負う事はありませんが、ダメージに相応の量の加護が無くなっていきます。勝敗は、加護が完全に無くなるか、自ら負けを認めるかで決められます。尚、残っている加護を越えるダメージを受けたとしても、怪我を負う事はありませんので安心しなさい。それでは、四人とも、こちらへ来なさい。」


四人は一斉に前に出て、静かに並んだ。


「右手を前へ」


一様に右手を出すと、女性は手の甲に、短剣を突き刺していく。


「きゃっ」


キラの取り巻きが、短く悲鳴をあげる。


「安心しなさい。痛みは無いわ。」


そう言って、最後にリュウを刺した。

確かに痛みは無く、むしろ、体に何かが流れ込んでくるのを感じた。

加護を受けた後、四人はそれぞれ入場してきた入り口付近まで下がった。


「では、霊戦器を武装後、試合を始めます。」


女性の言葉を聞いて、キラズが行動に移った。

キラが取り巻きと手を繋ぎ、取り巻きが精霊解放の儀式である《霊放の儀》を行う。


「我が身に宿りし疾風を司りし精霊よ。我が身をもって、移の力を顕現させたまえ。」


「我が身に宿りし金剛を司りし精霊よ。我が身をもって、護の力を顕現させたまえ。」


それぞれが異なる言葉を、同時に口にした。

三人は光に包まれ、その影が形を変えていく。

観客から、驚きの声が漏れていた。通常、霊戦器を複数扱う霊戦手でも、同時に武装する事は困難であるからだ。それは、異なる属性が反発しあうからだと言われている。反発しあう属性を調和するのは、霊戦手にとっての高等技術だ。キラはそれをやってのけたのだ。


―まんざらでもないってことか―


研ぎ澄ました意識の中で、リュウは素直に称賛した。

光が途切れ、姿を現したのは、金色の鎧と三叉の槍をもったキラだった。


「いいか、金剛を身に纏っているからって、動きが遅いとか思ってんじゃねぇぞ。」


キラが不適な顔で、忠告した。

リュウはその忠告に反応せず、腰につけていた二本の短剣を取りだし、キラに向かって構える。

両者の武装が完了したのを見て、女性が手を上げた。


「それでは、これより公式対抗試合を開始します。双方とも、準備はいいですね。」


女性が交互にリュウとキラを見た。

一瞬の静寂の後に、女性が手を下げる。


「始め!!」


開始と同時に動き出したのは、重い鎧を着たキラだった。普通に走っても動きにくいはずの荒れ地を、器用に滑らかな所を選んで走っている。その動きは、とても金剛を着ているとは思えない。


―風の加護か―


リュウは、その動きを一目で看破した。

キラのもっている槍は、風の精霊を宿したもので、身の回りの気流を操る。その範囲の最大値は、宿す精霊の位の高さによって変わるが、実際扱える範囲は、霊戦器と霊戦手との相性次第だ。

リュウの目から見て、二人の相性はかなりのものだ。


―さすが、いつもべったりと引っ付いているだけの事はある。―


心の中だけで苦笑し、意識はキラの動向に集中している。二人の距離が10mを切った瞬間、リュウが右に飛んだ。飛んだ先にある、盛り上がった地面を蹴って、方向を変えつつ加速した。


「おらぁぁぁあああ!」


キラが叫びながら、槍を突き込む。

その動作を見て、リュウは回避に移ろうとした。だが、動こうとした方向から、突風が吹き、スピードが殺される。


「ちっ」


リュウは思わず舌打ちする。今から動いたのでは三叉を躱せない。そう判断したリュウは、短剣を交差させ、重ねた部分で槍の先端を受け止めた。両者が激突した瞬間、リュウの体が後方へと下げられた。


―折られる。―


直感でそう判断し、自ら後方へと飛ぶ。


「逃がすかよっ!」


今度は、後方から突風が吹き荒れる。逃げ場が無くなり、リュウは腰を落とす。

次の瞬間、短剣を槍に滑らせながら、風に体を預けて、前進する。


「ちっ」


短剣の間合いに入られ、今度はキラが舌打ちをした。

鎧の隙間を目掛けて迫ってくる短剣に対して、両腕を顔の前で交差させて後ろに下がった。

カキンという甲高い音と共に、キラの首筋に薄い切れ目が入った。だが、リュウもそれ以上の追撃ができず、両者共に距離をあけて下がった。

二人が息を整えるために間を空けた瞬間、観客の驚嘆の声が響き渡った。


開始から、教官達ですら、息を飲む攻防に生徒達はしびれていた。そこかしこから称賛の声が聞こえてくる。

だが、そんな大歓声の中、沸き上がる憎悪と不満で拳を震わせている男がいた。


―主はの判断は甘い。霊戦器を武装した相手に互角の戦い。やはり、やつは危険過ぎる。―


そう直感した男は、主の命に背き、行動に出ることを決意した。その手にはめていた指輪を握りながら。


リュウ達の攻防を目の当たりにしたリィナは 、一言しか言えなくなっていた。


「すごい」


隣に座っていたチヤは、その気持ちもわからないでもないと考えていた。

だが、男子二人は違った。


遅い(・・)。何をやってるんだ、あの馬鹿は。」


カズがそう呟き、それを聞きながら、シンヤも心の中で不満を漏らしていた。


―しっかりしてくれよ、リュウ―


そんな男どもの表情に、女の子二人は目を丸くしていた。


「あれでも、駄目なんですか?」


思わずリィナが問いかけた。

カズはリュウを睨みながら答える。


「動きも反応も判断も、全てにおいて遅すぎる(・・・・)。1年前のあいつはあんなもんじゃなかった。訓練をサボるからだ、あの馬鹿め。」


隠そうとしないカズの物言いに、リィナは苦笑した。


「でも、本当にすごいですね。あれでまだ、100%じゃないなんて。」


リィナの素直な感想に、チヤも同意する。


「ええ。ここからどうやって逆転するか(・・・・・)、本当に楽しみね。」


「え?」


チヤの言葉に、リィナは驚いた。


「あ、あの、逆転ってどういう…。」


リィナの目から見て、二人は互角だった。それどころか、最後に一太刀を加えている分、リュウの方が優勢だとも思っている。

そんなリィナの問いに答えず、チヤは試合を見るよう促す。


「ふふふ、見ていればわかるわよ。」


それだけ言って、チヤは黙ってしまった。

リィナは仕方なく、闘っている二人の方を見た。


リュウはこの期に及んで、まだキラを侮っていた事を、激しく後悔していた。

なぜなら、先程の攻防で、目を潰されてしまったからだ。


「気流に鎧から作り出した砂金を乗せるとはな、恐れ入ったぜ。」


ここに着て、初めてリュウが喋りかけた。その事に、キラは満足気に喋り出す。


「ははっ、いつも人様を見下してっからそういうことになるんだよ。いい勉強になっただろ、王子様。ぎゃははははは。」


キラの下品な笑いは、歓声の中に溶けていく。

槍を構え直し、リュウを仕留めようと、殺気を放つ。


「お情けだ。これで、すぐに、終わりにしてやるよっ!」


そう口にした瞬間、キラはリュウに向かって駆け出した。


―あぁ、確かに俺は、お前を侮っていた。―


心の中で、キラの言葉を噛み締める。絶体絶命な状況下にありながら、リュウはお昼の事を思い出していた。


“今日の試合、頑張ってください。”


―キラ、俺は頑張らなきゃいけないらしい。―


そして、キラを本当の敵(・・・・)だと認識した。その刹那、本能的な恐怖を感じたキラは全力で後退(・・)した。

そんなキラに向かって、リュウが再度話しかける。


「ああ。今のがわかるのか。やっぱりお前凄いよ。」


リュウがキラに向かって、称賛の言葉をかけるのは、これが初めてだ。そして、次の瞬間、勝敗が決した。


「悪いな、俺の勝ちだ。」


ほんの数秒前まで、目の前から聞こえていたリュウの声が、突如、真後ろ(・・・)から聞こえた。キラは即座に振り返るが、すでに手遅れだった。


「うわぁああああああ!」


恐怖のあまり絶叫し、持っていた槍を渾身の力で振るうが、すでにそこには誰もいなかった。

槍は(くう)を切り、無惨にもそのまま崩れ落ちた。

そして、勝者の名が高らかに呼ばれた。


「キラ=モンクの加護が切れたため、勝者、リュウゼル=ジア=エステリア!!」


あまりに一瞬の出来事に、観客は訳がわからず、静まり返っている。そこに一番初めに鳴り響いたのは、リィナの拍手だった。リュウは目の見えていないまま、その方向を向く。リュウはその拍手が誰のものだか、すぐにわかった。理由はリュウにもわからない。だが、それは確かにリィナのものだと直感した。

リュウはリィナに向かって、目を閉じたまま拳を突き上げる。

そして、訓練場は喝采に包まれた。


(にっく)きエステリアよ、ここで地獄に落ちろ。」


場内でただ一人、その熱に染まっていないものが、身につけていた指輪を砕いた。


「さぁ、ここからが本当の勝負だ。賞品は貴様の命だ。リュウゼル=ジア=エステリア!!」


そして、訓練場は黒い霧に覆われた。

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