被害者の会
「今、とても幸せ」
目の前にいる姉がそうつぶやいた。日頃地味な姉が、今日は綺麗な翡翠のネックレスをして華やいだ顔をしている。
「そう、よかったね」
私はまったく感情を込めずに、これ以上ないくらい、白々しく答えた。
三年前に結婚し、昨年、新居として郊外にマンションを買った私は、姉の一人住まいの家に以前より近くなったことから、月に二、三回のペースで会っている。一ヶ月前、姉は同じシチュエーションで「死にたい」と言っていた。死にたい理由はオーソドックスに「失恋」だった。一方的に捨てられたのだ。
だが、今の彼女は新しい恋に出会って舞い上がっているわけではない。
「教子も一度来てみたら、絶対人生変わる!」
姉のしつこい誘いに根負けし、そしてこの言葉に多くの疑念と少しの期待をもって私は門をくぐってしまった。
都心から電車で一時間ほど、お寺と聞いていた私は駅前の繁華街を抜けると突如現れた近代的な建物に圧倒された。敷地内に入ると、沢山の信者と思われる人たちが黄色い袈裟のようなものを肩から掛け、皆一様に笑顔で挨拶しあっていた。姉も知り合いの一人の女性を見付け、笑顔で挨拶をかわすと「妹の教子です」と私を紹介した。
五十代と思われる朝倉さんと紹介されたその女性は、感じのいい雰囲気を持っていたが、笑顔が顔に張り付いている感があってなぜか私を緊張させた。
「教子、ここに名前と住所と年齢を書いて。治樹くんの分も書いたら?」
「え? 治樹も?」
「夫婦一緒に悩みを解決したほうがいいでしょ。お金は私が出しておく」
今思えば、なんでこの時、断らなかったのだろうかと自分に腹が立つ。お寺でお坊さんが悩みを聞いてくれる。そう聞いて私はやってきたのだが治樹はまったく知らないのだ。そもそも夫婦としての悩みなんかない。あるとしたらまだ子供が出来ないということだが、結婚して三年。そんなに焦ってはいない。
受付のようなものを終えると姉から黄色い袈裟と数珠を渡された。
「これは私のだけど後で購入できるから」
靴を脱いで講堂に入ると、先ほどまで笑顔でにこにこ雑談していた信者は無言になった。巾着袋のようなものから数珠を出して手の中で摺り合わせる音のみ響いていた。その音も次第に止み、堂内がしんと静まり返った時、急に講堂の電気が消えた。私だけが「な、何?」と動揺しているだけで、誰も騒がず身動きひとつしない。
正面にスクリーンが映し出された。お坊さんの格好をした、歳の頃五十から六十くらいの人物がスクリーンの画面にアップで現れ、私にはまったく解せないお経のようなものを唱えはじめた。すると私以外の全員がそのお経を繰り返したのだ。スクリーン上のお坊さんが言った言葉をそのままここにいる一同が反復する。隣にいる姉も空で唱えている。なんだか怖くなった。そこで我に返った。
「なにをやってるんだ、自分……」
その日釈然としない気分で家に帰り、これはなんだろうとネットで検索した。
驚いた。薄々はわかっていたが謙翔会という新興宗教だった。が、驚いたのはそこではない。その謙翔会に対する誹謗中傷だった。
私はネットの世界の怖さというものはそれなりに知っているつもりだったので、こういうものを真に受けないようにしているつもりだったが、被害にあったという書き込みを読んでいると、自分と同じ手順で連れていかれ、名前を書かされたことで入信してしまったということだった。
私は頭に血が上って姉に怒りに震えながら電話をかけた。
「有里ちゃん! 私入信したの? あの名前書いたことで!……だったら治樹も!」
「入信っていう言葉はここでは使わないの」
「そんなことどうでもいい! 信者になったわけ? 私も治樹も!」私は怒りが頂点に達して悔しさに変わり、涙が出てきた。
「………」
姉の無言が肯定とわかると私は泣きわめきながら
「早く退会させて! 元に戻して、私も治樹も! じゃないと縁を切る! 今すぐ! サイテーーー!」
私は電話を切った後もまだ怒りに震えていて、居ても立っても居られず、その勢いでこの悔しさを謙翔会被害者の会と銘打つサイトに書き込んだ。同情の返答が返ってくるかと思いきや、非常に冷たい反応が返ってきた。
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また、この手の書き込み。ウンザリ。過去ログよめ
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どうやら同じような経験をした人が何人かいて、その度に同様の返答があることから、ここではこのくらいのことでは書き込むなということらしい。
泣きっ面に蜂。私は心が寒くなった。
もうこのページを見るのはやめようと思った時、新しい書き込みがあった。
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そんな言い方しなくても。387さん。
私はこのサイトの管理人です。ポテコさん※(※私のハンドルネーム)今すぐお姉さんに退会の手続きをしてもらって、退会証明をもらってください。
出来ればその時払ったお金も返してもらうことです。あなたの書き込みからすると神奈川東支部ですね。私もその日行きましたよ。
他に何か聞きたいことがあれば、ここではなくて(この場はもう少し発展的な議論をする場所になっていますのでごめんなさい)私宛に直接メールください。
アドレス******************
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ネットの良心に私は泣きそうになった。
早速、お礼といくつかの質問を送った。
・入信したことは何かの記録に残るのか
(姉はあの後すぐに、退会の手続きをとってくれた)
・姉の目を覚まさせることができるか
・このまま姉をほっておくと起き得る事態とは何か
管理人さんからは意外な答えが返ってきた。
「あなたのお姉さんは幸せそうですか?」
「あなたに今回のこと以外で実害はありますか?」
被害者の会のサイト管理人がまるで容認しているかのような答えに面食らった。
この管理人さんに会ってもっとじっくりと話がしたい。私はその気持ちを素直にメールで伝えた。その二週間後、私たちは会って食事をする約束をした。
「つぐみちゃんによろしくね」
「うん、じゃ、悪いけど夕飯適当に食べてね」
治樹に嘘を言って家を出た途端、なんだか自分が浮気でもしているかのような感覚になった。そう言えば結婚してから治樹以外の男性と二人きりで食事するなんてこと一度もしていない。
本来なら治樹に包み隠さず話すのだが、今回は出来なかった。治樹は姉がどうも苦手なようで、一度、姉が宗教みたいなものにハマっているらしいとあいまいな表現で言ったら、非常に分かりやすい嫌悪感を示した。治樹は元々宗教云々という話を胡散くさく感じる人で、そういうものにハマっている人を毛嫌いしているくらいだった。
まさか自分が一瞬でもある宗教に入信したと知ったら――。とてもじゃないが治樹には話せない。つぐみに話合わせておかなきゃ……。
春の息吹を感じる穏やかな冬晴れの午後、駅に向かいながら心が躍っている自分に気づいた。
私の家と管理人さんの家の最寄り駅が同じ沿線上でしかも十分しか離れていないと知った時は驚いたが、歳も近いらしく、なんだかこの出逢いに勝手に運命的なものを感じている自分がいた。しかし、私にとっては姉が謙翔会に入信しただけで、今はそれ以上に困ってはいないが、彼は被害者の会のサイトを立ち上げるくらいだから、何か大変な思いをしたに違いないらしく、きっと深刻なのだ。こんなことを感じていられる自分が急に申し訳なくなった。――とは言え、いったいなんなんだろ、さっきからのこの気分は。治樹に嘘を言って出てきたことに罪悪感はあったが、それ以上に高揚感が大きかった。結婚して三年、付き合っていた期間も入れたら六年にもなる。もちろん治樹のことは好きだがときめくような感覚は疾うに忘れていた。
治樹以外の男性と二人きりで会う、むこうの男性にとっては何のこともないことでも、三十過ぎの既婚女性にしてみたら日常にはないことなのだ。
待ち合わせのレストランの窓際席にその管理人さんはいた。紺のセーターを着て行くと言っていたのですぐにわかった。
「すみません。お待たせしました」
「いいえ、全然待ってませんよ。時間どおりだし」管理人さんはぎこちない笑顔で言った。
この時の気持ちを最も的確に表す言葉が「失望」だった。歳は私とたいして離れていないはずだったが、四十近いように見える。座っているので正確にはわからないが背もあまり高くないようで、小太り体型なのが見て取れた。何よりも気になったのが髪だった。それほど薄いというわけではなかったが分け目から地肌が見え、これが実際の年齢より老けてみせていたのかもしれない。
「……あ、はじめまして。藤枝と言います」
「盛崎です……。はじめまして」声のトーンが低くなる自分の正直さに遣る瀬無い思いがした。
イタリアンのコースを頼み、当たり障りのない会話を二、三交わした後は、本来の目的に意識を集中させようと私は藤枝さんに矢継ぎ早に質問した。
「藤枝さんはなぜ、被害者の会のサイトを立ち上げたんですか? どんな被害にあったんですか?」
私は質問した後シマッタ……と思った。そんなことサイトを一通り読めば絶対書いてあったはずだ。しかし、藤枝さんは丁寧に答えてくれた。
「私の場合は母親が入信したのです。私は一人息子でいまだ独身ですが、父を早くに亡くしてから母親と二人で暮らしていました。私は親不孝者で一つの会社に長く勤めていられず、転職を繰り返しているような息子でしたから、母は不安だったんでしょうね。体を壊してからは病院で知り合ったという友人に勧められて謙翔会に入信しました。その友人は入信してから病気が治ったと母に言ったみたいです。最初は私に対して入信を勧めるのに熱心なくらいだったのですが、実際数カ月入信してしまいましたけど、そのうち通っていた病院の患者さんに手当りしだい入信を勧めるようになってしまって、病院からはもう来ないでくれと言われる有り様で……」
「お母様はその謙翔会に通うようになって病気は治ったのですか?」
「それが不思議なのですが、母は肝臓を悪くしていたのですが、入信してから症状がよくなったのです。もちろん完全に治ったわけではないので通院していましたが、その度に患者さんに自分の病気の回復の話をして入信を勧めていたようです」
「不思議……ですね」私は完全に話に引き込まれていた。
「今ではこう解釈してます。病は気から。つまり、元々母は極度の心配性で、私のことを含めいろいろと気に病んでいたことから体を壊したと考えれば、入信したことで何かが解き放たれて気持ちが楽になったんでしょうね。たとえ思い込みでも。思い込みこそ母には効果があったんです」
「でもそれだったら謙翔会には被害どころか感謝……ですよね」
「そう、ここまではよかった。その後、母はどっぷり謙翔会に嵌って、誰彼となく勧誘するようになりました。私は数カ月入信してましたし、退会した後もいろいろと調べて、謙翔会の内情に今ではかなり精通してます。自分が紹介者となり、これを『親』って言うんですけどね、十人入信させると位が上がるのです。位が上がるというのは教祖様の教えに沿った尊い行いをしたことの表れなので、入信したからには皆高い位を目指します。母は熱心な信者となり、親戚、友人、道行く人まで勧誘するようになり、友人は離れていき、親戚は母を忌み嫌って、爪弾き状態です」
ここでメインのメカジキのグリルが来たので話は一旦途絶えた。メカジキは美味しかったが、私の興味は藤枝さんの次の話に向いていた。
だが、その前に確認したいことがあった。
「私の姉もそうですけど、どうして相手が嫌がっていることを平気で出来るんですか? 気づかないんですか?」
藤枝さんはにっこり笑って言った。
「そうすることが相手にとっても自分にとっても絶対的に正しいと思ってるからね」
そしてメカジキを頬張り「美味しいね」と言った。私は藤枝さんに好感を持った。
「母の勧誘攻勢はまだ耐えられたんです。問題はこの後で、いろいろなものを買うようになったんです。最初は数珠から始まり、本、仏像、よくわからない置物等、どんどん増えていき、母の貯蓄はあっという間に尽きてしまいました。母はいくらで買ったとは言いませんでしたが、破格の値段であることはわかります。今まで父の残した保険金にはなるべく手を付けずに細々とやってきたのに、それがもう無くなっていたんです」
私は胸が詰まった。母一人子一人で慎ましく暮らしてきた現実があってのこの変化は彼には相当なショックだったろう。
「そういうものを買うという行為はどういう意味があるんですか?」
「謙翔会の発展のための金銭での寄与という意味合いとその品物の持つ霊的な恩恵に与るという、両方かな」
私はそのうち姉もいろいろ買うようになるのかと思うと、いくら生計は別とはいえ、心配になってきた。
「最初の質問の答えになるけど、この時点で私は謙翔会を訴える気構えでいました。しかし、現実的に考えて行くと無理なんです。母の意志で買っていることは間違いないし、母はそれに満足しているわけだから、騙されたということにはならない。第三者が何を言っても無意味なんです。しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかったから、ネット上で同じような状況にある人たちを見つけ、団結すれば何かできるかもしれないと思いサイトを立ち上げたんです」
ここで彼は小声になり、「実は、今日これからもう一人被害者の会で知り合った人と会う予定になってるんですが、盛崎さんも一緒にどうですか?」と聞いた。
約束していたのは私だけじゃなかったのか。何かガックリきた。藤枝さんは第一印象より大分好感度が上がっていた分、急に遠い人に感じられた。
五分ほど歩いて、ここが入り口? と疑うほど判り難い造りの小さなショットバーに入ると、そのもう一人の被害者の会の人物であろう男がカウンターの隅にいた。小さな店内に対して意外と客は入っていた。
彼は私たちを見るなり「誰?」と言った。
藤枝さんが空かさず私を紹介すると「ああ!」と言った後、「よろしく」と手を出してきた。なかなか日本人で初対面の挨拶に握手をするケースはないと思いながら手を出したが、彼の手が私の手を握った瞬間、私の体の中で何かがキーンと音をたてた。
「宮永さん。彼とはサイト立ち上げ当初からの知り合いでお互い相談に乗ったり乗られたりの関係」
藤枝さんがそう紹介する間、彼はウェイターとこそこそ何か喋っていた。かと思うと、急に私に振り向き「なに飲む?」と聞いた。
「あ……、お酒はやめておきます。なにか、ノンアルコールのものを……」そう言うと「シャーリーテンプルは?」と言うので、よく分からなかった私は、
「何でもいいです。じゃあ、それで」と答えた。
すると彼、宮永さんはウェイターに向き直り、
「それと、ジンジャーエール」とつまらなそうに言った。
飲み物が出されると藤枝さんはジンジャーエールを手に取り「では、今日という出逢いに乾杯!」と私たちにグラスを向けた。私は「どうも」とグラスを軽く差し出したが、宮永さんは「この出逢いはない方がよかったんじゃない」とギクリとさせることを言って退けた。
藤枝さんは「彼はちょっとひねくれもんだから気にしないで」と私に対してフォローしてくれたが、私は彼の発言に完全に捕われていた。
シャーリーテンプルは甘すぎた。
「ひねくれもんとは聞き捨てならないな」
「だってそうだろう。言わないでおこうと思ったけど……」と私に向かって藤枝さんが言った。
「盛崎さんの書き込みの後のあの書き込み、彼だよ」
私は自分が書き込んだ後のあの冷たいコメントを思い出し、ゾクッとし、固まってしまった。
「あ、やっぱり言わないほうがよかった。ごめんね」
「いいえ、そんな」と言いつつ、私は動揺していた。
「なんで藤枝が謝るっ……ていうか、ひねくれもん以上に完全に俺に対して引いてるじゃん」
「あの、ごめんなさい。私ああいうの慣れてないもんで……」
「慣れてるのは困るでしょ。それより話題変えていい? このままだと俺極悪人だからさ」
そう言って彼は、自分がなぜ被害者の会に入ることになったかの経緯を語るかと思いきや、
「お姉さんは謙翔会っていうものをきちんと理解して信者になったの?」と言った。
私は驚いた。私の書き込みを覚えている。
「たぶん、きちんとは理解してないと思う。元々姉は真面目すぎるくらい真面目な性格で、人を信じやすくて、そしてよく傷付いていました」
「典型的なパターン。そして一番いいカモだ」
宮永さんの発言はいちいち私の胸に刺さる。
「あの……」
私はここで宮永さんのケースを聞きたくて恐る恐る質問した。案の定「あとで藤枝に聞いて。君らと対して変わらないよ」との答えが返ってきた。
ふと、時計を見ると十時近くになっていた。私はあまり遅くなると主人が心配するからと、失礼させてもらう旨を告げると、宮永さんは初めて私に興味を持ったかのように、「え? 人妻なの?」と言った。
藤枝さんが気を利かせて私を駅まで送ってくれた。
「お酒も入ってないし、土地カンもあるからよかったのに」と言うと、
「お酒はほんとは飲めるんでしょ?」と空かさず聞いてきた。
「え? まあ、そんなに強くはないですけど」
「よかった。僕がお酒飲めないから、宮永はつまんないみたいで。後で一緒に飲んでやってよ」
ここで私は先ほどの質問を藤枝さんにした。藤枝さんは自分のことを語る以上に重い口で語った。
宮永さんの場合、入信したのは奥さんだった。そう聞いた時、奥さんがいることに軽いショックを受けた自分と安心した自分がいた。
二年前に入信して、今はずいぶん上の位にいるという。勧誘を頑張ったというよりは幹部に気に入られたかららしかった。彼が悩んでいるのは、藤枝さん同様、お金を注ぎ込むことともうひとつあった。幹部の愛人になっているのではないかという疑いだった。私は胸がぎゅっと締め付けられ、体が震えた。奥さんはなぜ入信したの? という私の問いに、「それは宮永も教えてくれない、あまり語りたくないみたいだ」と言った。
私はこんな暗い気持ちで藤枝さんと別れるのはいやだったから、表面だけでも努めて明るく振舞った。
「また、会ってもらえますか?」
「もちろん。今日のあのバーにはだいたい週末にはいます。家も近いことだしまた三人で飲みましょう」
藤枝さんと別れて家までの道中、私はずっと宮永さんのことを考えていた。外見だけ言わせてもらえば全てにおいてタイプだった。藤枝さんに会う前に藤枝さんに対して抱いていたある種の妄想以上だった。しかし……、しかしだ……、あの性格はきつい――。
私はここで思考停止をさせ、家の玄関を開けた。
「がははははは!」
家の中から治樹の大きな笑い声が聞こえてきた。
「ただいま」
「あー、おかえり!」
「テレビでかいよ。なんでどんぶり二つあるの?」
「カツ丼とチャーシューメン頼んだ」
「両方食べたの? ブタになるよ~」
「がははははははは!」
私はバラエティ番組を見て笑い転げている夫に一瞥をくれ、お風呂にむかった。
治樹とは社員として勤めていた情報システム会社で出逢った。陽気な性格な彼とは付き合いはじめた頃から開けっ広げで、恋人同士というよりは、減らず口を叩き合う同僚という感じであった。だからなのか、治樹に対してドキドキ感というものは果して一度でもあったかなと思ってしまうほどだ。
これはもしかして不幸なこと? 湯船に浸かりながらぼんやり考えていると、今日の出逢いに意識がいってしまった。宮永さんを思い浮かべるだけで、自分の中の“女”が顔をもたげる。股間に疼きを感じながら「この出逢いはない方がよかったんじゃない」と言った彼の言葉を思い出した。