獅子座の約束
粗いです。
ほんとうの神話を書いたものではありません。
イフストーリーでフィクションです。
ライオンが肉を食べる描写があります。
私の狩りの邪魔ばかりする夫が、人間の雄に殺された。
人間の雄は夫の毛皮を剥いで肩に掛け、退治の証だと讃えられている。
夕暮れに夫の肉片を口中で咀嚼しながら唸っていると、婚姻の神聖さを司る天の女主人さまが私の処へ降りてきて、夫の魂を夜空へ上げようか、と仰有った。
「私は貴女から大切なものを奪ってしまいました」
女主人さまは、ひどく落胆なさっていた。
「強いものに敗けて逝くのは良いのです。私たちがしていることと同じです。ですが」
――狩りをしていたのは私です
「どうして、あの雄に私の夫は向かっていったのでしょうか。私には分かりません」
「――護りたかったのですよ、自分の大切なものを」
女主人さまは夫の血肉を悲しそうに見つめる。
「まもる……図体ばかりの雄が、私を……まもる?」
――婚姻とはそういうものです
「……私たちは見せ物としてして連れてこられた、それぞれの母の腹から産まれて……、逃げ出し……弱いものを狩って……、婚姻といっても相手を選ぶこともなく、子供もなく……」
「貴女は愛されていたのです」
わたくしとは違って、とその表情から読み取れそうなほど、弱々しく女主人さまは私に告げた。
愛……、愛を持っていたから……?
「……夫の毛皮を、空に上げるとき、取り戻せますか……?」
倒されるのは、良い。肉を喰われるのも、良い。
けれど、毛皮を剥がれるのは何故なのだろう。それだけが解らず、何故か憤ろしかった。
生命に、いのちで応えないのは、何故なのだろうか。厚みのない夫の姿がいつまでも人間の側に残るのは口惜しかった。
「獅子の本当の魂を夜空にうつせますか……?」
弱虫で情けないところが多かった彼の心を、人間に見せることが出来るのだろうか。
そう聞くと、女主人さまは、ごめんなさい、と顔を伏された。
「――わたくしでも、完全には取り返せません。獲った相手の逸話としてご夫君は残ります。やがて星としてどうしても飾られてしまうでしょう。わたくしは彼を全て、貴女のもとへ返してあげたいのですが……」
人喰いのライオン。
それを狩った英雄。
その証の毛皮。
「――私の姿と代えることも出来ませんか」
人を喰い殺した事があるのは、自分だけだった。美味い弱い生き物をよく連れていたり、囲っていたりするから、狙った。
威嚇したのに逃げずに邪魔だったから殺した。喰いでのある獲物でも、美味くもないものが人間……、なのだが、狩ったからには幾らか喰らってもみたのだ。
夫には私はその肉を勧めなかった。
人間は不味いくせに厄介な群れ方をして、罠を張る。捕らえられた私たちの母のような事がまた起きるかもしれない。だから夫にはその忌々しい味を覚えさせなかった。
「人間は、狩りの本当の得手不得手よりも見映えする証を誇りたがるのです。貴女は勁く美しいです、ですが」
―― 鬣を持たないから ――
「……人間は……それが大事なのですか」
私は自分の睫毛を視界の端に見ながら、呆れ果てた。
夫の鬣が英雄の強さを誇張し謳うのか。
あの弱虫の、緩慢な、滅多に起き上がろうともしない夫の……、役に立たないあんな鬣が。
「……」
では、本来のあり様とはまるで別の物として、夫は強い獅子の凶星と成り人間たちに見上げられるのか。
「今のままでは、です……。けれども、わたくしがあの男とは別に魂を上げれば、誰かは気付くかもしれません。彼が貴女という伴侶をまもったから、わたくしが星座にしたのだということに」
夫は、強くも、賢くも、勇猛でもなかった。
それでも、血塗れの人喰い獅子として英雄と共に天に上げられ、空を彩る動かしがたいさだめを得た。
……では。私は? 私の定めは?
夫を。
伴侶として、どう見せようと決めれば良いのか……。
「どうしますか、わたくしがご夫君を空へ上げても良いでしょうか」
狩るものとしてあらん限り強くみせるのか?
強すぎた、殺しすぎたから、倒された?
英雄譚の一つに数えられて夫はむしろ幸運だったのだろうか?
けれども、彼の姿のほんとうを、少しでも灯したいのならば……。
「――夫を空へ遣ってください、ヘラさま」
「……わたくしの力で。獅子よ、お前は妻を守って闘った尊き生命である! のぼりなさい、駆けなさい!! 空へ!」
女神の命令を聴き、私の口の中に残った肉が、夫の臭いを濃く滾らせる。
地に落ちた血肉は集まり、毛皮はヘラさまの手で着なおされ、立派な雄獅子の体躯が光り輝く。変わった夫が、私の目前に銀色に透けながら立った。
甘え声で、彼は私に鼻を寄せてくる。
そして私の口の周りを舐めると、ヘラさまの膝に身体を擦り付けてから、空へ――英雄と闘った速さで昇って行った。
私の知らない夫。
私を守るために、英雄に立ち向かった勇敢な彼。
雄獅子は妻を愛したから星になるのだ。
「私の夫は素敵な雄だったのですね」
ヘラさまは私に、彼との永遠の正当な婚姻を輝かせて見せてくださった。
――私も彼を愛していたのですね――
私の食べてしまった分の彼が、私の中で赤子のようにグルルルと鳴いた。
これから私たちは、ずっと一緒に生きていかれる。
空にも内にも彼はいる。
天界の女主人の優しさが、私の瞼を撫でるようだった。
「……ありがとうございます、ヘラさま」
寂しがり屋の夫の星へ、私はたまにじゃれて見せよう。
「わたくしはせめて己に出来ることをしただけです。夫婦の絆の素晴らしさを見せてくれて有難う、愛しい獅子ら」
ヘラさまは私の頭を撫でて、また少し悲しそうになさった。
「……、私は私の限り生きます。さようなら、いちばん貴い女神さま」
「――左様なら、美しい貴女」
夫の空が隠れないよう、夜明けを前に、私は走った。
人の気配に見付かる度に、付いておいでと言わんばかりに跳んでは走った。
私たち夫婦は、空でも番おう。
天の女主人さまとのお約束が、空に縫われて光るのだから。
――星の並びが持つ意味を永遠に私はあやし守ろう――
正妻ライオンパンチ。
つおい。




