第一話
「君の願いをなんでも一つ、叶えてあげる」
私が掴んだ真っ白な綿は唐突にそんなことを言い出した。
「何このケセラセラ…じゃねえわ、ケセランパサランみたいなん。すげぇ怪しい」
「そんな警戒しないでくれよ」
「そう言われたって…ねえ?」
「喋るわたなんて見たら…ねー?」
西良ちゃんと顔を見合わせてそう言うと、綿は呆れたように
「喋るわたって…僕はホプスネス。魔法少女になってくれる少女を探しているんだ」
と自己紹介を始めた。
非常に現実味はないが、冬の冷たい風のおかげでさっきから手が痛いのできっと夢ではないのだろう。
「ふーん…で、なんで車轢かれそうになってたの?」
「……風が強かったんだよ、轢かれそうになってて悪かったね」
拗ねたような声色でそう言うホプスネス。まあ確かにこの綿、とても軽い。それに今日はいつにも増して強風だ。飛ばされてしまったと言うのも事実なのだろう。
(風に飛ばされたまではいいとして……なんだろう未確認生物かな。そういえば今なんでも一つ願いを叶えてくれるって…。)
いかにも怪しいことはわかっている。普通に無視して、今まで通りの生活を送った方がいいと、頭ではわかっている。
だが、私には……あと数日以内にどうにかせねばならないことがある。
私……蝶野梓には、友達とカラオケに行くお金がないのだ。
貯金は日頃の買い食いで底をついているし、母親とはつい昨日大喧嘩をした故支援は望めない。私は中学生だから、アルバイトもできない。
だがカラオケにはどうしても行きたい。歌いたい曲もあるし、友達と話したいこともある。何よりドタキャンなんて印象が悪い。
(……お願いで、今すぐ…いや定期的にお金がもらえるようにすれば……好きな本も服もいつでも買えるし、金欠とはおさらばできる……)
やってしまえよ。頭の中で悪魔が囁く。危ないとわかっている。それでも、欲に逆らうのは簡単ではない。
(ろ、労働条件……労働条件だけ、聞いてみよう……怪しかったら蹴って……そのまま……)
「……ちなみに、魔法少女ってなにするの?」
「ベロニカって言う悪者と戦って欲しいんだ」
「ベロニカ?マカロニみたいやな」
「ま、まかろに……んぐっ……」
ホプスネスから視線を移すと、西良ちゃんがフルフルと肩を震わせ笑いを堪えているのが視界に映った。
一体何が面白かったのだろう。
「んー、なんでも一つか…」
「なってもいいよねー、ぶっちゃけ。面白そうだし。蝶野さんどうすんの?」
「ん〜〜……なろっかなー、今ちょうど金欠だし」
「お、魔法少女爆誕かー?」
「西良ちゃんはどうすんの?なるの?」
「あー…もうちょっと考えよっかな。欲しいものとか、叶えたい願いとか!一生に一度のチャンスだし!」
(なんか魔法少女になるとか…夢みたいだなぁ。まるで小説か漫画の中みたい。願い事だけ薄汚いけど)
そんなことをぼんやりと思いながらホプスネスを撫でる。ふわふわとしていて気持ちいい。
「すご、ふわふわ」
「マジで!?触らしてー!」
「いいよー!」
「ちょ、僕の意見h」
「すごいふわふわー!癒されるぅー!」
「そこまで?確かに気持ちいいけど」
頬を緩めてホプスネスを撫でる西良ちゃん。一方本人はと言うと、撫でられて満更でもないらしい。
やめたまえ、とか言ってるけどぶっちゃけ見えないお花がとんでいるように感じられる。
(まあうちのクラスの女子は顔面偏差値三十億だからね、私以外)
「あ!てかホプスネス!私の願いごと叶えてよ!」
「そもそも聞いてないんだけど…」
「あ、確かに……。ごほん、これから毎月5万欲しい!」
「……守銭奴…」
「うっせ、今どきJCは金欠なんだよ」
「え、逆に蝶野さんそれだけでいいの?」
「西良ちゃんあまい!たくさんもらったらその分親に怪しまれるでしょ?」
「なるほど…!だからあえて5万くらいで」
「これで金欠とはおさらばだー!ふはははは!」
他の生徒からの白い視線が刺さるが、今最高レベルで気分が上がっている私は特に気にも留めない。ホプスネスが呆れている気もするが、あとで〆ればいい。
「じゃあ契約するよ?」
「おん」
チカチカッと目の前が点滅し、気づくと手の上にスマホが置いてあった。ただし、画面は真っ暗。
「なにこれ?」
「それが君のステッキさ。それでベロニカに攻撃するんだ。」
「へー、どうやって?電源つかないけど」
「ベロニカと交戦するときだけ電源がつくんだ」
「そのベロニカってのはどうやって探すの?」
「付近にいれば自動的にステッキが起動するから、その中にあるマップを見るといい」
「すごい本当に魔法少女っぽい…!あ、てか服は!?」
「自分が着てみたい服を思い浮かべればできるよ。ただ一回決めたらもう変えられないからそこは注意して」
「んー、今日早速ベロニカ狩り試してみようっと」
「マジ?ついていっていい?」
「いいよー!」
そんなことを話しつつ、私たちは柳咲駅に向かった。
「ちょっとさりげなく僕をポッケに詰め込まないでくれないかな」
ホプスネスのそんな声は無視して。
「あ、ついた。」
柳咲駅のひと駅前、昼ヶ台駅から出た瞬間、スマホの画面が明るくなった。
上にスワイプすると自動的にマップが開かれ、現在地を表すマークと、目的地らしいバッテンマークが表示された。
「ははーん。ここに向えってことね!」
「怪我しないようにねー?」
「大丈夫大丈夫!こっちっぽい!」
「あ、ちょっと待って!?」
ついたところはあまり人気のない場所だった。ザ、ザザザと砂嵐のような音を出しながらウヨウヨと何かが動いている。なんだか気持ち悪い。
(とりあえず西良ちゃんに危害が行く前に変身してパパッと終わらせよう。)
思い浮かべた衣装は、セーラー服っぽいピンクのワンピース。ちなみにフリル付き。あたりが光に包まれて、目を開けるともう変身できていた。
「おおー!魔法少女っぽい!」
「よーし、早いとこ倒しちゃおう!」
そう思いスマホをベロニカに向ける。すると、[フォト]と言うアプリ?が点滅した。おそらくこれを押せってことなのだろうと思いアプリをタップする。すると、ごくごく普通のカメラ機能が開かれた。今度はシャッターボタンが点滅している。
「え、こんなときに写メとんの?」
「蝶野さん……ホプスネス、ポケットの中にいるし聞いたら?」
「もういいや出すのめんどくさい」
パシャリ、と軽快なシャッター音が響く。ベロニカも気づいたようで、こっちに振り返った。単眼なのか、目はひとつしかなく全体的にドロドロとした感じがする。口らしきところに咥えられているのは__手、だった。
「ひっ」
「ぅ…」
ボリボリ。
ゴリッ。
唯一残っていた手は、私たちが硬直している間にベロニカに一つ残らず食べ尽くされてしまった。
アスファルトの上を伝って、赤黒い血が、私の足元まで流れて、その赤が靴を染める。
「……あ、あ……ち、蝶野さん……に、逃げよう?今日は、もう……」
西良ちゃんが少しずつ後退しながらそう促した。
そうだ、早く逃げなくては。ベロニカはまだ気づいていない、今ならまだ間に合う。まだ、逃げ帰れる。
そうわかっているのに、私の足はその場に縫い付けられたように動かなかった。
そうしている間にも、どんどんと鮮血は靴を赤く染めていく。まるで、禁忌に立ち入った私を取り込もうとしているかのように。
グラグラ、視界が揺れる。胃の中から、ありとあらゆるものが逆流するような不快感を覚える。
ベロニカはまだ私たちに気づいていない。逃げるなら今のうちだ。
早く逃げなくては。頭は必死に警鐘を鳴らすが、やはり体はその場からちっとも動いてはくれなかった。
一歩も動かない私を見て、西良ちゃんは震える声を張り上げた。
「…ッ、蝶野さん!!こんなの危ないって!!私たち二人とも、無傷じゃ済まないんだよ!!ねえ、帰ろうよ!!ねえ!!」
西良ちゃんが私の腕を掴み後ろへ引っ張る。ぐらり、重心が傾いた体が傾いて、咄嗟に右足を前に出した。
ぱきり。
「…あっ?」
「…え?」
右足を、そっと退ける。その下には、ポッキリと折れた枝があった。
声のような得体の知れない音が奥からする。ゆっくり、ゆっくり、その方向に目を向ければ。
ベロニカのギョロリとした悍ましい目が、わたしたちを捉えていた。
「ひぃ……っ!!」
「…ッ蝶野さん!!」
恐怖が頭を埋め尽くす。なりふり構わず、ステッキで攻撃しようと試みる。
チカチカと画面が光り、編集画面のような場所に移動する。
【写真をトリミングして、こうげきしてね!!】
そう呑気に告げるファンシーな案内役のキャラクター。
全くをもって空気を読まないその仕様に、どうしようもない怒りを覚え破壊衝動に走りそうになるが、なんとか堪えて案内に従う。
トリミングする範囲を決める白い線を、ベロニカの真ん中あたりにまで引っ張ると。
ズシャッ!
案内通り、トリミングした写真のようにベロニカが真っ二つに切断された。
(これで、これで殺せる……もっと、もっとやらなきゃ。確実に、確実に仕留めるんだ!!)
ズシャ!ズシャ!ズシャ!
なりふり構わず、ただひたすらに攻撃を続ける。
反撃されるわけにはいかない。されれば、間違いなく怪我を負う。
怪我を負えば、必然的に動きは鈍くなる。そのまま二人もろとも食われて終わり。
反撃されたらいけない、反撃されたらいけない、反撃されたら……。
そんな私の意に反して。
ぴくり、と残骸が動いた。
「動い…ッ!?」
とてつもないスピードで、すぐに顔の近くにまで接近してきたベロニカ。
「…ひ、うああああ!!」
悲鳴を上げながら西良ちゃんを突き飛ばし、一緒にアスファルトをごろごろと転げ、なんとかベロニカを避ける。
上がった息を整え、擦りむいた膝の痛みに顔を歪めながらなんとか立ち上がる。
全身から伝わる痛み。擦りむいた膝。血が滲む手。
(……あ、これ死ぬやつだ。気抜いたら、死ぬやつだ。じゃあ殺さなきゃ。私が死ぬ前に。殺さなきゃ)
ひどく冷静になった頭でそう唱えながら、アスファルトの上に放り出されたステッキを拾う。
またしても飛びかかってきたベロニカをなんとか躱し、一撃反撃する。
「蝶野さん右!!」
西良ちゃんが指を刺した方向を向くと、視界がベロニカで埋め尽くされた。
ぐわ、と開いた口の中には。無数の牙がてらてらと赤黒く光っている。
「うああああ!!くるなくるなくるなぁっ!!」
ベロニカを右手で殴り飛ばし距離を取り、何度も何度も攻撃を繰り返す。
「死ね!死ねっ、死ね、死ねぇっ!!」
叫びながら最後の一撃を喰らわせると、ベロニカは灰になってアスファルトに染み込むように溶けていった。
「はっ、はぁっ、はぁっ、はっ、は…、は…っ」
ひどく息が上がって苦しい。安心からか疲労からか、足の力が抜けてその場にへたり込む。
「…蝶野さん、怪我ない?」
「あ……うん、なんとか。突き飛ばしちゃってごめん」
「大丈夫だよ。……何もできなくてごめんね、守ってくれてありがとう」
「西良ちゃんこそ、ベロニカの位置教えてくれてありがとう。」
立てる?と心配そうに眉を下げ手を差し出す西良ちゃん。
西良ちゃんの手を借り、なんとか立ち上がる。
この場に残ったのは、赤黒い血だけだった。手のひらに滲んでいた血はもう止まったらしい。膝の痛みもだいぶ和らいだ。
(い、生きてる……火事場の馬鹿力すげえ……)
西良ちゃんは、ティッシュで私の血を拭いながら
「……今日はもう帰ろう?」
と諭すように言った。
「……うん、そうだね」
「じゃあ、また」
「うん、また明日」
駅前で別れてエスカレーターに乗る。先ほど見たちぎれた手と鮮血が、油汚れのようにこびりついて離れない。
「…もしかしたら、今度は生首とか頭からぱっくり喰われてるのとか見ることになるかも……うぇ…。月20万くらい請求すれば良かったか……?5万じゃ足りないって」
そんなことをぐったりしながら呟いていると、制服のポッケに入っていたホプスネスがモゾモゾと動いてポッケから顔?を出した。
「安心してくれたまえ、いずれ慣れるさ。」
「ガチキチ案件じゃんそれ。慣れちゃいけない奴でしょ」
ポッケからホプスネスを取り出して撫でる。ふわふわの毛並みを撫でるとなんだか少し先ほどまでのぐるぐるとした気持ち悪さが薄れているような気もした。
(これがアニマルセラピー…いや、UMAセラピーか)
「てかお前顔あんの?」
「あるさ。んむ、君が撫でてるから毛に埋もれて見えてないだけ」
「かき分けてみよ」
左右に毛を分けてみると黒いクリクリした目が二つ。
「かわいー」
「ん、んふ」
丸い目を細めて笑うホプスネス。すごく可愛い。ホプスネスをまたポッケに無慈悲にも突っ込み、帰りの電車を待つのだった。
「僕の扱いひどくないかい?」
と言うホプスネスの声はイヤホンをしていたので聞こえなかった。
「おはよー」
立て付けがものすごく悪い教室のドアを無理やり開けて中に入る。
「おはよー、蝶野さん」
「あ、西良ちゃん。昨日あのあとなんもなかった?」
「なんもなくはなかったかも…実を言うとあのあと勧誘受けたんだよね、別のホプスネスから。」
「え、マジで?」
(あれ見てよく魔法少女になろうと思えたな……)
机にリュックをおろしながらそう返す。確かに胸ポケットに白い物が見えると思ったらあれはホプスネスだったらしい。
「この子ね、なんか羽生えてるの」
「お、見分けつくじゃん。相互認識あんのかな?」
「合わせてみ…ってうわ!?勝手に出てくんなよ!!」
「あともう少しで窒息死するとこだったんだけど」
「知るかよ」
「気狂いめ」
急に胸ポケットから飛び出してきたホプスネスを手に乗せる。西良ちゃんも羽つきホプスネスを胸ポケットから取り出して手に乗せる。
「んん?あー、後輩クンじゃない。契約の方はどう?」
「二つ返事で契約してくれたよ。」
「こっちはねー、変なお願い叶えさせられたわよ。好きな時に即死させて欲しいとか言う。」
「即死……?え、即死??長生きじゃなくて??」
「ええ、老後楽に死にたいんですって」
「……えっ、自殺志願者だったのかい?」
「ちがいますぅー老後の話ですー」
相互認識はあったようで、なんなら先輩後輩の関係だったらしい。
楽しそうに話すホプスネスたち。そろそろHRが始まるのでまた無慈悲にも胸ポケットに突っ込んで席に着く。
なんだか呆れられたような目を向けられたような気もするけどそんなのは気にしない。そして今日もだるい授業が始まった。




