気づいたら手遅れだった母親
「奥様! どうか、落ち着いてください!」
「いいえ。 今すぐ帰ります!」
「そんなことを言われも、貴方が今抜けると大変なことになります。 ⋯⋯ここは、私にお任せください。 私が行きます」
「⋯⋯美月? 貴方が行くの?」
「ええ。 ですから、奥様は仕事を片付けてから来てください」
「⋯⋯わかったわ」
「その間のことは⋯⋯貴方達! 任せたわよ!」
『はい』
そう、声を出したのは、失踪していた櫻井美羽とーー今川幸子。
「働きます。 奥様のために」
「幸子。 よろしくお願いね」
「私も働きます」
「櫻井さんもよろしくね」
「⋯⋯何も出来ない私を拾っていただきましたから、当然です」
「⋯⋯そんなことないわ。 貴方にもきっと何かあるはずよ!」
「私にですか。 ⋯⋯奥様ありがとうございます」
今川幸子から連絡があり、協議した結果、家で二人を預かることに。
彼女の父親の櫻井和馬は今頃、海外にいることでしょう。
川端雫は焦る気持ちを抱えたまま、目の前の仕事をこなします。
数日が経ち、仕事を片付け、実家に向かおうとする川端雫にかかって来た連絡は娘ーー川端ことねが行方不明になったと言う連絡でした。
「⋯⋯そんな⋯⋯」
「⋯⋯奥様。 気持ちをたしかにしてください」
「⋯⋯私、何やってるんだろ⋯⋯母親として、失格よ⋯⋯」
「川端ことねの学校での様子は最悪でした。 奥様たちの権力をあたかも自分の力のように振るう姿、私も説得はしましたが⋯⋯」
「私が悪いのよ。 あの子を⋯⋯ことねを一人にしたから⋯⋯」
「私は、ことね様のことを知りません。 ですが、奥様のことは知っています。 ⋯⋯それに行方不明です。 また、会えるかもしれません」
「そんなこと言っても⋯⋯ことね!」
川端雫はその場に泣き崩れることしか出来ませんでした。
「ふう。 久しぶりの実家!」
「奥様。 おかえりなさいませ」
「湊くん! まったくもう、立派になって!」
「奥様は相変わらずの美人ですね」
「あら! そうかしら⋯⋯。 ふふ、私もこれからよね」
「お母さん。 湊は私のだから。 渡さないよ」
「あれ? ことね? ⋯⋯なんだか最近別人みたい」
「うん。 『私』が居なくなったからね」
「ことねの中にもう一人のことねが?」
ことねの発言に驚く雫。 ふと、彼女は昔のことを思い出します。
「もしもし、お母さん!」
「おはよう、ことね」
「おはようじゃないよ! ⋯⋯もう昼過ぎだよ! 今まで寝てたの?」
「うん、残業でね。 休みの日はやっぱり寝てしまうわ」
「もう! お母さんは働き過ぎ! ⋯⋯ご飯はちゃんと食べてる?」
「えっと⋯⋯カップ麺かな?」
「どうしてそうなるの! 高坂のおじさんとおばさんに言ってご飯を作ってもらいます!」
「や、あの。 いいって、二人に迷惑がかかるし⋯⋯」
「湊! 今すぐおばさんに電話して!」
「お願い! 恥ずかしいからやめて!」
ーーあの電話の後、本当に奥さんが来てご飯を作ってもらったな。 あれ? なんで、そんなこと思い出したの?
「『私』はいつもお母さんのことを気にしてたんだ。 いつも『会えないなら電話して! それだけでも、いつも一緒にいる気分になるよ!』って心の中で叫ぶの。 『私』がいなかったら、お母さんに電話をしなかったな⋯⋯」
「そうだったの⋯⋯気づかなかったわ。 たしかに、私もことねに電話を自分からかけるつもりなかったから。 ⋯⋯私達、似た者同士ね」
ことねと雫はお互いに笑い合いました。
「だったら、その『私』にお礼しなくちゃ⋯⋯あ。 ⋯⋯そうか、居なくなったんだよねその子。 ⋯⋯しまった、手遅れかな」
「そうだね。 でも、『私』が聴いていたら喜んだと思うよ」
二人は空を見上げます。 寒空の中、日差しが二人を包むのでした。
「⋯⋯二人とも? どうしたんだ? 寒いから家で暖まりましょう。 美羽が『ご馳走様ですわ』とか言うから、早くしないとご飯がなくなりますよ」
「え! 櫻井さん? 私、今日を楽しみにしていたのよ? 負けられないわ!」
「ご馳走様でした! あ、雫さん。 おかわりですわ!」
「おかわりじゃないわよ! 貴方!」
「にぎやかだね、湊」
「そうだなぁ。 ⋯⋯はい、奥様落ち着いて。 ご飯はまだまだありますから」
「嬉しいですわ! ドンドン食べますわよ!」
「櫻井さん? 貴方、少しは加減するべきですよ、貴方のお父さんも泣いてます」
「雫さん。 大丈夫ですわ。 私、大食い大会で優勝しましたので賞金が⋯⋯」
「⋯⋯ゴホン。 お嬢様、いつまでも我が家にいてください! ええ!」




