とある、昔の話
朝の住宅街の中を颯爽とジョギングする女性がいました。 すれ違う散歩する人たちにニコニコ挨拶を返す元気な女性ーー川端ことねです。 彼女は日課のジョギングをしているところでした。
「おはようございます!」
「おはよう、ことねちゃんはいつも朝から元気だね~」
「ありがとうございます!」
道行く人たちに声をかけることね。 毎日同じ時間に外に出ているので会う人は覚えています。
しかし、ふと道端を見ると蹲っている女性がいました。 ことねは声をかけます。
「どうかしましたか? ⋯⋯すごい顔色悪いですね。 大丈夫ですか!」
「助けて⋯⋯誰か⋯⋯」
耳を澄ませば彼女の声が微かに聞こえますーーどうやら疲れているようです。
「初心者さんかな? あんまり無理しないで! 最初はマイペースが一番なんだから!」
「⋯⋯え?」
「? だから、運動を始める時は無理したら駄目だよ~、ほらここで蹲っていたら、危ないから! そこの公園のベンチに行こ!」
ことねは、呆然とこちらを眺める女性を、ベンチに誘導しました。 彼女は意識が虚のようで、口がぱくぱくしていました。
「どうしらいいのかな? 病院とか⋯⋯」
「駄目! 病院なんて! 誰も私のことなんて信じない!」
「うん? そうなの、大変だね⋯⋯」
「⋯⋯そうだわ、誰も私のことなんて! それより、早く! 忘れる前に! 何か書く物があれば⋯⋯書かないと⋯⋯」
彼女は持っていたカバンをぶち撒けました。 そして、ノートと鉛筆を持って文字を書き殴り始めました。
ことねはその様子に驚きながらも、彼女が落とした荷物を拾いました。
「⋯⋯落ちてる物は全部、拾ったかな? あの、ごめんね。 名前と住所見ちゃった⋯⋯彩乃ちゃん」
「⋯⋯私は⋯⋯⋯⋯⋯この⋯⋯⋯⋯を⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯聞こえてないみたいだね。 なにがあったかよくわからないけど⋯⋯大丈夫だよ! だって私たち生きてるもん。 生きていたら、きっといいことあるから!」
「⋯⋯いいこと?」
「あ! 反応してくれた! シカトされるから寂しかったんだよー」
ことねは安心した、とばかりに表情を緩ませます。 その彼女は相変わらず文章を書いていますが、心なしか先程までの焦燥感は薄れていました。
「それにしても、彩乃ちゃん文字が綺麗だね! いいなぁ~、私もこんなに綺麗な文字書けたらいいのに⋯⋯? あれ? 寝ちゃた?」
やがて力尽きたのか、彩乃は寝てしまいました。 ことねは、彩乃をおんぶします。
「ふふ⋯⋯さすが私、力持ち! えっと⋯⋯彼女家は、すぐそこ!」
そして彩乃の家のインターホンを鳴らしました。 出て来たのは、彼女にそっくりな妹でした。
「お姉ちゃん! 朝起きたらいない、から心配してたんだよ!」
妹さんの話しによると彼女は今、妹と二人暮らしで生活しているらしい。 ⋯⋯あまり人の家庭には首をツッコンんでしまうのはよくないが、心配になることねであった。
「昨日の晩にお姉ちゃんがノートを買いに行くからって、一人でいっちゃたの! その後、目が覚めたら朝で、お姉ちゃんにおはようって言うつもりだったの。 だけど居なくて⋯⋯」
「⋯⋯そうだったんだ。 ⋯⋯それはごめんね舞香ちゃん。 私が彩乃と一緒に寝ようって言ったの」
姉が一晩中、路地の隅で蹲っていたと言う事実を言う訳には行かないーーことねは嘘をつく。
「⋯⋯もう、そう言うことなら許します! いつも私を心配させるんだから⋯⋯」
何かを察した舞香は、深くツッコまず、安心したそぶりを見せる。 その後、ことねは彩乃を布団まで運んだ。
「すごいね、お姉ちゃん! そんなに私と年は離れてないのに」
「ふふ、鍛え方が違いますから! ⋯⋯よしそろそろ失礼するね」
「ありがとう、親切なお姉ちゃん」
「私の名前は、川端ことねだよ! またね!」
家を出て彼女は空を見上げます。 今日もいい一日になりそうです。
「⋯⋯あれ? ここ家?」
「お姉ちゃん! 起きたの? お寝坊さんですね~。 ⋯⋯夢でも見ていました?」
「おはよう、舞香。 これはノート! ⋯⋯夢じゃなかったんだ」
「お姉ちゃん?」
「あ、なんでもない! ⋯⋯それよりも朝ご飯にしようか!」
「⋯⋯うん! お姉ちゃん、私もうお腹空いちゃたよ」




