柳田健太の回想
柳田健太、この土地の名門一家の生まれだ。
父である柳田秀五郎から、厳しい教育を受けて生きてきた彼は、自信を失っていた。 罵倒されるたびに、自分の弱さを恨む日々だった。
母は物事ついた頃には、居なく、家事は日替わりのお手伝いが担当して、すぐに人が入れ替わる。
学業でも、周りが自分の家のことで敬遠され、柳田健太は常に孤独だった。
高校に入っても友達が出来ず、寂しい思いをしていた。
しかし皮肉にも、その孤独の日々のおかげで、あの日からの学校での境遇に対して、精神的にダメージを負わなかった。
柳田健太は、周りの生徒たちの様子を伺う。
彼は、いくら今の環境が過酷だろうと、僅か数日で高校生が疲労を覚えていることに、違和感を覚えた。
ーーまるで、この学校に生気を奪われているような感覚、今ここにいる全員に理解できない事態が発生しているーー
しかし、いくら現状を不思議に思っても、非力な自分にはどうすることも出来なかった。
自分も生徒たちに紛れて、おとなしく生活するしかないーーそう思って過ごしていた、ある日のことだった。
朝の校門、今は関所の前に、見知らぬ女性がいた。 同じ学校の制服を着ているのに、関所の存在に驚いているようだった。 俺は彼女に話しかけた。
「⋯⋯おい、あまり関所をうろつくな、捕まるぞ。 こっちにこい」
「おはようございます⋯⋯あの、なんですかあれ?」
「あれは、王女様の理想の国の入り口だ」
「王女様? 理想?」
俺は、無知な彼女にここ最近の経緯を教えてた。
すると、彼女ーー桐原彩乃は、驚きの表情を浮かべていた。
「そんな環境の中、湊くんは毎日面会に来てくれていたのですね⋯⋯」
「おそらく、そいつはもう⋯⋯」
「そんな! 湊くんは生きてます! きっと⋯⋯」
彼女はまるで、僅かな希望に縋るように、視線を塀の向こうを見つめていた。
それから、彼女と俺は、学校内で時々、情報交換を行う仲になったのだった。
気がつけば、夏の暑さがなくなり、季節はすっかり秋になっていた。
もちろんこの間に、何もせず、過ごした訳ではない。 色々とわかったことがあった。 深夜、俺と桐原彩乃は、いつもの密会場所にいた。
「よかった! 湊くん、無事だったんだ!」
「しかし、数ヶ月の間、軟禁状態が続いている⋯⋯しかも見張りがいる」
「黒装束の集団ですよね?」
「あれは、親父の駒だ!」
この学校の独立の裏に、父が絡んでいると知り、愕然とする。
こんな、ふざけた行為に関わっているとは、俺は父に失望していた。
その時桐原彩乃が、俺の目を真っ直ぐ見つめた。 その目の中に、怯えた自分の姿を見た俺は、彼女から離れようとする。
「駄目だ、君が考えていることはわかる!」
「お願いします! 力を貸してください!」
「無理なんだ⋯⋯俺じゃあ、力になれない⋯⋯」
「健太さん⋯⋯私! 一人でも行きますから!」
そう言うと、桐原彩乃は俺を放って、先を急ぐーーまさか、本当に一人で説得に行くつもりか? それほど、彼女にとって、高坂湊は大切な存在なのかーー
「待て! 早まるな!」
「止めないでください! 私は湊くんを助けます!」
「抜け道がある。 ついて来い!」
「! ありがとうございます! 健太さん!」
まったく、負けたなーー高坂湊か。 勝負をする前から負けてしまったなーー
こんなに彼女に、愛されているんだ、腑抜けた奴だったら、俺が彼女をもらうからな! 寒くなってきた夜なのに、体が熱くなるのを感じる健太だった。
「ここは! 密会場所!」
「なんだ? 密会場所? 俺の営業オフィスなんだけど⋯⋯」
俺と桐原彩乃は下山後、事務所にやって来ていた。 とりあえず、彼女の体は泥だらけだったので、お風呂に入ってもらうつもりだ。
「詳しい話しは後だ、体を洗え」
「どうも⋯⋯」
自分が汚れていることを、自覚しているのか、彼女はおとなしく指示に従い風呂場に向かった。
しかし、桐原彩乃ーーあの女、何者だ? 何故あの祠の存在を知っている?
状況によっては対策を考えるべきだなーー
柳田健太は、頭の中でいくつもの可能性を考える。 これは、数々の企画を成功させた、彼の特技であった。
アイツに相談するべきだなーー
柳田健太は、ポケットからスマホを取り出しDMを送るのであった。




