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8.騎士レオンハルト囮に抜擢される

「私がですか?」

 私は思わず聞き返した。

「キミは身体強化《フィジカルドライブ≫が常時発動しているようなものでしょ? 全力で走れば、馬よりも速く、持久力もある。渓谷まで逃げ切れるわ」

「いや、しかし……」

「それに、キミは実戦での機転が利く。予想外の事態にも対応できる。囮に最適よ」

(……やれやれ) 私はため息をついた。


「囮をつとめるとして、具体的な手順はどうするんですか?」

「まず、デロティア草を準備する。マルタ、準備はしてある?」

「はい。昨夜のうちに小分けにして準備させました。魔力遮断袋に入れてあります」

 マルタが小さな革袋を取り出す。


「よろしい。これを商隊に持たせるわ。渓谷の近くで魔力遮断袋から普通の袋に入れ替える。ヒポグリフが商隊を襲うために現れたら。レオンくんが奪って逃げるのよ」

 シャルロッテが地図に線を引く。


「街道からこのルートで渓谷へ向かう。距離はおよそ15キロ。レオンくんの全力疾走なら15分程度ね」

「15分か・・・身体強化魔法のギリギリの効果時間ですね」

 カスパーが呻くように言った。

「だから、レオンくんなのよ。キミなら効果時間は関係ないし、できるでしょう?」

 シャルロッテが当然のように言う。

(……できるかどうかは、やってみないとわからないんだが……)


「渓谷に到着したら、どうしますか?」

「渓谷の中に入る。ヒポグリフは翼を広げられないから、地上を走って追ってくるわ。簡単に抜け出せない様にある程度深くまで引きずり込んでそこで……」

 シャルロッテが自信満々に胸を張る。

「わたしが待ち伏せして仕留めるわ」

「・・・会長も渓谷に?」

「当然よ。キミだけに美味しいところを持っていかせるわけにはいかないでしょう?」

 シャルロッテが当然のことのように言った。

 イルゼとマルタ、アンナ、そして廊下から覗いていたらしいレオニーが、微妙な目でシャルロッテを見る。

(……何だ、あの視線は?)


「渓谷での作戦は、わたしとレオンくんの二人で行うわ。他の者は街道で待機。万が一作戦が失敗した場合に備えて、退路を確保しておいて」

「承知しました。では、護衛部隊も同行させましょう」

 オットーが頷きながら言う。

「ええ。カスパー、頼むわよ」

「お任せください」

「イルゼ、ヒポグリフの最新の目撃情報を集めて。できるだけ正確な出没パターンを把握したいわ」

「承知しました」

「ヨアヒム、冒険者ギルドに連絡して。大型魔獣討伐の事前申請をしておいて。ギルドからの報酬は期待しないけど、邪魔が入らない様にしとかないとね。」

「わかりました」

「アンナ、装備品のリストを作成して。レオンくんが走りやすいように軽量の鎧もね。」

「はい」

「マルタ、デロティア草の準備と、治療用のポーションの用意をお願い。一応念のためよ」

「承知しました」

 シャルロッテが立ち上がる。

「それでは、準備に取りかかるわよ。出発は7日後の早朝。6日後までに全て整えること」

「「「はい」」」

 幹部たちが一斉に返事をする。


「レオンくん、キミはわたしと一緒に来なさい。渓谷の地形を確認しておく必要があるわ」

「・・・わかりました」

 私はシャルロッテに従って会議室を出た。

 廊下で、イルゼがすれ違いざまに小声で囁いた。

「・・・頑張ってくださいね、レオンハルトさん」

「? ええ、まあ……」

 何を頑張れと言われているのか分からないが、とりあえず頷いた。


 商館の3階にある地図室へと向かった。

 壁一面に帝都周辺の詳細な地図が掛けられている。

 商会の交易路を把握するための部屋だ。


「レオンくん、この地図を見て」

 シャルロッテが帝都北部の詳細地図を広げる。

「渓谷は3つある。このうち、どれが最適だと思う?」

 私は地図を注意深く見た。

「……この渓谷ですね」

 私が指差したのは、街道から北西に13キロほどの場所にある渓谷だった。


「理由は?」

「まず、街道からの距離が適切です。近すぎず、遠すぎず。全力疾走で到達可能な範囲です」

「次に、渓谷の幅。ここは最も狭い。翼を広げられる余地がほとんどない」

「最後に、渓谷の出口。人なら通り抜けることができますが、ヒポグリフの巨体だとおそらく通り抜けが難しいことが予想されるため、奴を空へ逃がさない条件と、万が一の退路確保が両立できます」

 シャルロッテが満足そうに頷く。

「さすがレオンくん、期待した通りの答えね。」

 彼女が地図に印をつける。


「では、ルートを確認するわよ。街道のこの地点でヒポグリフをおびき寄せる。ここは森が開けていて、空から視認しやすい」

「ヒポグリフが薬草を奪いに来た瞬間、キミは北西へ走る。このルートよ」

 シャルロッテの指が地図上を滑る。

「最初の1キロは平地。全力疾走で1分」

「次の2キロは緩やかな上り坂。ここでペースを落とさないこと。2分」

「その先の1キロは森の中。木々の間を縫って走る。1分」

「最後の1キロは下り坂。渓谷への入口まで1分」

「渓谷に入ってから渓谷出口付近まで8キロを8分合計13分。ヒポグリフは空から追ってくるから、渓谷に入るまでは直線距離でもっと速く追いかけてくる。でも、キミが地形を利用して走れば、渓谷まで逃げ切れる。できそう?」


 私は地図を睨みながら、

「・・・なかなか厳しいですね。」

 と答えた。空からの襲撃をかわしながらの撤退戦と考えるとかなりの難題だ。

「レオンくんが無理なら、わたしがやるしかないけど・・・」

 護衛対象に最も危険な役割をさせるわけいかない・・・

「私がやりますよ・・・とりあえず襲撃予想地点から実際に走ってみる必要がありますね。」

 ぶっつけ本番で行うほど私は自信家ではない。


「その時間も考慮しての7日後に出発よ。本番当日に疲れを残すわけにはいかないから、練習は明日ね。」

「わかりました。明日、実際に走ってみます」

「最終の誘導場所についてらデロティア草を捨ててちょうだい。ヒポグリフがデロディア草に気をひかれている隙に仕留めるから。」

 シャルロッテの紫色の瞳が鋭く光る。

「会長一人で大丈夫ですか? 私も戦闘に加わった方が」

「・・・そうね。キミは誘導後は疲労で戦えない可能性があるでしょう?足手まといよ。」

(まあ、確かにその通りだが・・・)


「キミの役割は、ヒポグリフを渓谷まで誘導すること。それだけで十分よ。あとはわたしに任せなさい」

 シャルロッテが自信満々に言う。

「わかりました。」

(やれやれ、相変わらず自信満々だが・・・大丈夫か?)


 シャルロッテが地図を巻き取る。

「では、午後から現地の下見に行くわよ。実際に渓谷を確認して、待ち伏せ位置を決める」

「今日中にですか?」

「当然でしょう。明日は実際に走る練習、その後準備期間。準備ができる時はしっかりしとかないとね。」

(相変わらずフットワークが軽いな)

「わかりました。午後の予定を空けておきます」

「よろしい。では、昼食後に出発するわよ。レオンくん、キミも一緒に食事しなさい」

「……は? 私もですか?」

「当然でしょう。明日は予行練習なのよ。しっかり栄養を取っておかないと」

 (断るとまた怒り出すだろうな・・・)


「では、ご一緒いたします」

「わたしの家の食堂でね。遅れたらまたカフェでおごってもらうからね」

「・・・わかりました」

 私はため息をついた。


拙い文章、読んでいただきありがとうございます。


多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。

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