18.シャルロッテ流、社交会での戦い方
グスタフが更に下品な侮蔑の言葉を続けようとしたその時、鈍い音とともにしゃがみこんだ。
「レオンくん、お待たせ。行くわよ」
シャルロッテがグスタフの後ろに立っていた。
どうやら無言でグスタフの臀部を蹴り上げたようだ。
「くっ、ヴ、ヴェルザー伯爵令嬢……無礼な!」
グスタフが苦悶の表情で言った。
「ジャマだから蹴っただけよ。わたしの進行方向に立たない方がいいわよ」
「な、何を・・・」
「わたしは成り上がりでも伯爵令嬢、あんたはヴァルモーデン侯爵の一門とはいえたかが男爵、あんたが大好きな貴族の序列でいえばどちらが上になるのかしら?」
グスタフが目に見えてひるむのが分かった。
「・・・ヴェルザー伯爵令嬢、言葉が過ぎるのでは?」
「あんたがケンカを売ってきてるんでしょう?だから、買ってやるって言ってるのよ」
シャルロッテが一歩前に出る。
周囲の貴族たちが、固唾を飲んで見守っている。
「グスタフ男爵、あんたは騎士としての実力は中途半端だったわよね。確か、研修で参加してた時、模擬戦でわたしに勝ったことないでしょう?」
「そ、それは・・・」
「事実でしょう?くやしかったら実力をしめしてごらんなさい。」
グスタフが言葉に詰まり、顔を真っ赤にして立ち上がろうとした。
その瞬間――ドンッ!鈍い音とともに、グスタフの体が後ろに吹っ飛んだ。
「グエッ!!」
グスタフがおかしなうめき声をあげて数メートル先まで転がり、大理石の床に倒れ込む。
「……!?」
周囲が騒然となる。
シャルロッテは変わらず立っていた。
私の眼には普通の人には見えなスピードで蹴りが放たれたように見えたが、きっと錯覚に違いない。
「あら、そんなところで寝ると体に悪いわよ。」
シャルロッテが涼しい顔で言う。
(おそろしい・・・)
ヴォルフラムがグスタフに肩を貸し立たせる。
「ぐ・・・ヴェルザー伯爵令嬢、貴女は!」
「何かしら?まだ何か言いたいことでも?」
周囲の貴族たちが、ざわざわと囁き合っている。
「グスタフ男爵は急に吹っ飛んだように見えたが……」
「ヴェルザー伯爵令嬢がなにかしたのか?……」
「いやいや、第一騎士団の団員が女性に後れを取ることなど……」
やはり、周りの貴族には何が起こったか分からなかったようだ。
騎士である私でさえ、かろうじて見えただけなのだから当然だろう。
グスタフは怒りと屈辱で震えていた。
だが、侯爵家に連なるとはいえ、彼自身は男爵位しか持っていない。
一方、シャルロッテは伯爵令嬢だ。
貴族の序列で言えば、シャルロッテの方が上なのだ。
さらに、ヴェルザー伯爵家が運営するシルバーヴェーク護衛隊は、騎士団を退団した騎士たちの再就職先として重宝されている。
退団後にシルバーヴェーク護商隊に雇われることを期待している騎士も多い。
そのため、騎士団の幹部もヴェルザー伯爵家には頭が上がらない。
表立ってシャルロッテと揉めると、騎士団内での立場が悪くなるのをグスタフは理解している。
「・・・失礼する」
グスタフが悔しそうに呟き、足早に立ち去った。
ヴォルフラムも、慌ててグスタフの後を追う。
「レオンくん、変なのに絡まれるなって言ったでしょ」
「すいません・・・お手数をおかけしました」
私は素直に謝罪した・・・彼女の手をわずらわせたことは確かだ。
(やれやれ、派手にやったな・・・)
歩きながら、シャルロッテが小声で言った。
「グスタフは、侯爵家の後ろ盾がなければ何もできないつまらない奴よ。騎士の実力も中途半端、人望もない。ただ派閥を作って威張ってるだけ。ああいう連中は、地位を失えば何も残らないただの小物よ。相手にする価値もないわ」
相変わらず、ああいった手合いには情け容赦ないな。
「それよりも、キミさっき私の足見たでしょう。」
シャルロッテが改めて私を見ながら声を落として言った。
どうやらグスタフを蹴った時のことを言ってるようだ。
(ドレスで蹴りを放てば多少見えてしまうのはしょうがないじゃないか・・・)
「いえ、見てませんよ。あんな速い蹴り・・・」
「見えてるじゃないの。わたしの美しい足を覗き見た罪は重いわ」
「人聞きが悪いですよ。見ようと思って見たわけじゃありませんよ。見えただけです。」
「乙女の素足を見た罪は海より深いのよ・・・1つ貸しね」
シャルロッテが私を睨みながら言った。
ドレスで蹴りを放つ方が悪いと思うが・・・私が悪いのだろうか?
その時、後ろから別の声がかかった。
「おや、ヴェルザー家のご令嬢、お久しぶりですな」
振り返ると、中年の貴族が立っていた。
侯爵家の当主、ハインリヒ・フォン・リヒテンシュタイン侯爵だ。
「あら、リヒテンシュタイン侯爵、ご無沙汰しておりますわ」
「相変わらずお美しい。しかし、新興の家の令嬢が、このような格式高い舞踏会に出席されるとは・・・世の中変わりましたな」
リヒテンシュタイン侯爵が嘲笑する。
「招待されたので参加しただけですが、何か?」
「いやいや、別に構いませんよ。ただ、貴族の社交場には、それなりの礼儀というものがありましてね」
リヒテンシュタイン侯爵がわざとらしく言う。
「礼儀? 私は十分に礼儀を守っていますが」
「そうですかな?先ほどなにやら騒動を起こしておいでの様でしたが・・・成り上がりの家の者は、どうしても品が……」
その時、別の声が割り込んできた。
「おや、ヴェルザー伯爵令嬢!!こんなところで会えるとは」
振り返ると、50代後半の立派な風体の男性貴族が立っていた。
「ラ、ライヒェンバッハ公爵……」
リヒテンシュタイン侯爵が慌てて一礼する。
「伯爵令嬢は、舞踏会などお好きでないと思っておったよ」
ライヒェンバッハ公爵が穏やかに微笑む。
「公爵、ご機嫌麗しゅう」
シャルロッテが公爵に一礼する。
「先日ご用意してもらった品、本当に素晴らしかった」
ライヒェンバッハ公爵が目を輝かせながら、感激した様子で言った。
「お気に召していただけて何よりです」
「もう最高だった。あの美しい翼、均整の取れた体躯・・・まさに芸術品だ」
「・・・・」
リヒテンシュタイン侯爵が黙り込む。
ライヒェンバッハ公爵は帝国でも屈指の名門で、皇帝陛下の信任も厚い重鎮だ。
その公爵が、シャルロッテに礼を言っているのだ、嫌味を言っていた手前居心地が悪いに違いない。
「それにしても、ヴェルザー伯爵令嬢の手腕には感服した。あのような希少なものを、しかもあれほど美しい状態で手に入れるとは」
「ありがとうございます。また何か手に入りましたら、お声がけいたします」
「ぜひよろしく頼む。君ならいつ来てもらっても歓迎するよ」
ライヒェンバッハ公爵が満面の笑みで言う。
「お二人とも申し訳ないが、失礼します」
リヒテンシュタイン侯爵が足早に立ち去る。
「やれやれ、リヒテンシュタイン侯爵は相変わらずですな。帝国建国期からの家柄なのに、どうも器が小さい」
ライヒェンバッハ公爵が呆れたように言う。
「公爵、お手数をおかけしました」
「なぁに、これでも私は令嬢のことを気に入っているんだよ。困ったことがあったら相談しなさい」
「ありがとうございます。公爵閣下のご厚意、感謝いたします」
シャルロッテが微笑みながら言う。
「楽しみにしてるよ。では、舞踏会を楽しんでくれたまえ」
ライヒェンバッハ公爵も微笑みながら去っていった。
「公爵閣下あいかわらずね・・・でもさすがだわ」
珍しくシャルロッテが素直に褒める。
「さすがに皇帝陛下の懐刀と呼ばれる方ですね。」
「ええ、変人だけどさすがの貫禄ね。リヒテンシュタイン侯爵とは格が違うわ」
(あの切れ者の公爵閣下を変人呼ばわりとは・・・確かに魔獣の剥製を収集するのに情熱を燃やす変わった方ではあるが失礼な言いようだ)
私は内心で苦笑した。
拙い文章、読んでいただきありがとうございます。
多少なりとも楽しんでいただけたのなら幸いです。




