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残機  作者: 萩原巧佳
1/3

鏡付き扉

 今日、私は扉を開けることにした。しかし手を動かそうとしても何がなんだか嫌な気持ちになった。多分頭では行きたくない、そう思っているのだということに。

 今日から別の学校にいかなければならないということに嫌な気持ちが走った。携帯のアラームが鳴って目が覚めた。同時に寝てしまいと思って布団に戻ろうとしても時間は待ってくれない。ただ単純に生きた心地がしないというか夢見心地のある家にずっといたかった。制服に着替えてご飯を食べ学校に向かう。

 初めての街、電車に乗っていく学生や社会人この人たちはどこに向かいたいのだろうか。社会に行けと言われ向かっているのに足は重く心ここにあらずという状況。学校なんていかなくていいのなら行きたくないのに。

 最寄り駅に到着し学校へ向かう道の途中に思った。ここにいる人たちは皆が敵でもあり味方にもなる。オセロみたいだなと。転校してきたから何が何だか分からない。

 到着すると職員室に向かい先生方へ挨拶を済ませる。

「本日からお世話になります、幸坂一と申します」

「一緒に頑張っていきましょう。よろしくお願いします」

 そういった後、すぐに教室に連れてかれた。

「扉の前で待っいてください」

 そう言われ独りで待つことにした。扉の向こうではなんだか賑やかな雰囲気だった。

「今日から転校生が来ますので皆なかよくするように」

 ガラガラと音を立てる教室に入り挨拶をする。

「今日からよろしくお願いします、幸坂一です」

 さっきまで賑やかだった教室が一気に静かな雰囲気に変貌する。真新しい人が来たら誰しも緊張するのが本音だと思い自分を押し殺すようにした。

「では、ホームルームは終了。授業までゆっくり休憩してください」

 なぜだろうか。それを担任が言った後静けさだけが残った。一人本を読もうとする私に声をかけてくる青年と少女がいた。

 「どうして、この時期に転校してきたの」

 「特に理由はないですよ」

「なるほどね、今日からよろしくお願いね。私、伊崎由香っていうから」

「俺は椎名仁っていう」

「何かあったらなんでも聞いてね」

「はい、ありがとうございます」

 そういうとさっきまでここに来ていた二人は離れていき手を繋ぎながら歩いっていった。授業が始まるまでの少し寝て過ごすことにしようと思った。

 授業が始まり少し賑やかになった。なぜだろうか。さっきまでの休み時間のほうが賑やかだった。このように盛り上がる授業は初めてだった。嬉しさを覚えた。こんなに明るい時間を過ごせるとは思えなかったからだ。

 今日は新学期のため授業がすぐに終わった。これが盛り上がっていた理由なのだという事に気が付いた。帰りのホームルームが終わり一人で帰ろうとしたが、その前に学校でも散策しようかと思った。

 校舎は以外にも広く、すぐに道に迷ってしまった。困っていた時、後ろから声が聞こえてきた。

 「大丈夫ですか」

 そう言われ後ろを振り返ると、少し背丈の高く綺麗な女性が目の前に立っていた。

「道に迷ってしまって」

 「案内しますね、どこに行きたいんですか」

 「校舎から出たいです」

「分かりました」

 そう言って彼女は私を校舎外まで連れて行ってくれるよう案内してくれた。どこかで見たことあるような雰囲気を兼ね備えていた。

「もしかして一君」

「はい、そうです」

「やっぱり、大きくなったね。久しぶりじゃん」

 この人は、年上の幼馴染の斎藤奈美だった。幼いころ、よく一緒に遊んでいたがここ最近は会っていなかった。

「お久しぶりです」

「懐かしいな、えっと最近見かけなかったから心配していたんだよ。どこに行ってたの」

「ちょっと引っ越していたので」

「そうなんだ、けどまた会えて嬉しい。久しぶりに私の家来る」

「行ってもいいんですか」

「うん、いいよ」

「分かりました」

 そう言われ、一緒の電車に乗り彼女の家に向かった。引っ越してしまっていたから地元の雰囲気などを感じることがなかったため新鮮な気持ちになっていた。幼いころ、姉ちゃんって呼んでいたのが懐かしくもあった。家に着く前、自販機で水を買って飲みながら歩いた。道中に咲いている花や匂いが思い出を運んでくれた。

 家に入ることとなり、斎藤奈美さんのご家族にも会った。親御さんは久しぶりと笑顔で話しかけてくれた。久しぶりに私の顔を見たからなのだろうか、最初は誰だか分かっていなかった。私自身もなんとなくでしか覚えていなかった顔だが声を聞いて思い出すことができた。

「あの、姉さん」

「いいよ、奈美で」

「さすがに申し訳ないですよ」

「同じ学校なんだから、そっちの方が呼びやすいでしょ」

「分かりました、さすがにさん付けでもいいですか」

「いいよ、それで」

 そう言いながら部屋に案内された。幼いころ、遊びに来てはいたがなぜだろう。全然懐かしくない。懐かしいというより寂しい気持ちが残った。本棚に収納されている本、微かに香る柔軟剤の匂い、懐かしいと体で感じているはずなのに。

 他愛もない雑談をすることになり、昔のことを話すようになった。

「どうして、引っ越したの」

「家族の仲が悪くて自分だけ家を出ることになったんです」

「親同士は中悪かったの」

「仲が悪かったというより、仲がなかったんです。ずっと一人でしたから、中学を卒業したあたりからは働いていました」

「でも、どうして学校にくることができたの」

「勉強は得意だったので特待生という名目で。学費が免除されるらしいので勉強だけは頑張っていました」

「なるほどね、頑張ったんだね。偉いよ」

 そういうと奈美さんは私の頭を撫で始めた。飼い猫のように。

「やめてください、恥ずかしいです」

「恥ずかしがらなくていいの、昔みたいに遊ばせて」

 昔もこのようなことをしていると思い出した。急に体に恥ずかしさが走った。もう子供ではないと言いたくても、結局年下のままだから。弟みたいに扱われてしまっているのだということに。さっきまで思い雰囲気だったのに、子供心というのを思い出した瞬間なのだと。

 夕方のチャイムがなり、そろそろ帰らなければならない時間になった。

「では、そろそろ私は帰ります」

「せっかくなら、ご飯家で食べていかない」

「申し訳ないですよ」

「いいよ、食べていきなって」

 静かに部屋を出て、リビングに向かった。そこには普段家で食べているようなものではなく、温かな家族像というのが広がっていた。いつも食べているご飯なんてカップラーメンや出来合いのものばかり。手作りなんていつぶりだろうか。親もいつもお金だけ置いていき、ご飯を買うことが多かったから。なぜだろう、心の中に卑しい何かが生まれた。ご飯というのはここまで温かく食べていいのだということに違和感が生まれたから。

「久しぶりに一君が来るっていうから頑張りました」

「ありがとうございます」

「一君は今どこで暮らしているのかい」

「今は寮です。学生寮」

「あそこに住んでるのか、大変だね」

「特に気にはしていないです」

 こういうのを家族団らんというのだろうか。私には分からない景色だ。隣、前にも私のことを見てくれる方がいる。そして、そういう人たちとご飯を食べている。違和感というより、これが本来の正しい家族というものなのだろう。私はいつも夢見ていた家族像。多分私が今まで経験していた家族というのは家族ではなくただの赤の他人だったのか。そう思いがっかりしていた。その反面この景色にほっとしていた。

「一君、頭がいいのなら生徒会に入ればいいのに」

「確かに、一君どうかな」

「生徒会に入る気持ちはありません」

「せっかくなら入ればいいのにね」

「明日、勧誘のチラシ持ってくるからそれ見て判断してよ」

「分かりました」

 夕食を食べ終え片づけを始めた。洗い物のやり方が全く分からず困っていた。親御さんに教えてもらいなんとか手伝うことができた。

 寮に帰る時間となり、帰る支度をしていた。

「では、また来ます」

「また来てね」

 そういった後、玄関の扉を閉め家をでた。懐かしいと思いたくても、記憶がない。懐かしいというタイトルが。悲しいと思っていてもそれすら思い出せない。とりあえず帰宅し明日学校の準備をすることにした。


「一君、親離婚しているんだって」

「そうなの、大変だったんだね」

「頑張っているらしいよ、いろいろと」

「昔のように明るさがないんだよな。どこか心ここにあらずみたいな」

「明日また話してみるよ」

「奈美なんて、昔一君と結婚するって言っていたのにね」

「それ、絶対本人の前で言わないでよね」

「じゃあ明日も早いんだから寝なさいね」

 私は部屋に戻り過去のアルバムを漁った。そこには昔一緒に遊んだ一君と私が二人で撮影した写真があった。昔みたいに遊びたいと思っていてももう戻れないんだということに心で悲しんだ。手が届きそうなのに、そこまで手を伸ばすことは出来ない。怖くて。しかし、その手を伸ばさないほうが怖いということを知っているのに。布団に入り天井へ手を向けた。

「また手を繋ぎたいな」

 そう思い高鳴る鼓動を抑えながら静かに目を閉じた。

 

 


 


 

 

 

 

 

 


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