山下邦夫の話⑥
卜部はかなめをマンションに送り届けたあと事務所に帰っていった。
かなめは部屋につくと、まず全ての部屋の明かりを点ける。それがかなめの儀式だった。部屋の中に闇が詰まっているのが怖いのだ。その闇を追い払うようにかなめは全ての部屋の明かりを点けていった。
明かりを点け終わると、かなめはスーツをハンガーにかけてソファに倒れ込んだ。今日一日で色々なことがあった。かなめは一瞬あの踏切のことを思い出しそうになったが顔をぶんぶんと振って恐ろしい記憶を振り払った。むくりと起き上がってバスルームへと向かう。群青色のシュシュを外し髪をおろし、スカートとシャツと下着を洗濯かごに放り込んだ。シュシュだけは洗面所のシュシュ置き場にそっと置いた。
「現場から帰ったらすぐに風呂に入れ」
以前卜部に言われた言葉だった。
「なんでですか?」
「清めに決まってるだろ」
卜部は呆れたように言うのだった。
「お風呂なんかで清められるんですか?」かなめは訝しげに尋ねた。
「現場のホコリや塵を身体に付けて帰るとそいつが縁になって奴らに居場所がバレるんだよ」
かなめはなるほどと頷いた。
「ただし霊に憑かれていたら風呂程度では当然払えない……」
そんな会話を思い出しながらかなめは入念にシャンプーをした。
しっかり塵を落とさないと……
かなめはシャンプーをするのが怖かった。後ろに何者かが立っていて自分を見下ろしているように感じるから。それに昔見た映画でシャンプーする手に何者かの手が触れるシーンがあった。そんな不吉な映像が脳裏に焼き付いていてかなめの不安を引き立てた。
不安とは裏腹に、何事も起きることなくかなめはバスルームを後にした。
洗面所のシュシュ置き場からシュシュを取ろうと手を伸ばした時、かなめは違和感を感じて鳥肌が立った。
シュシュ置き場からシュシュが落ちている。
窓は開いていない。当然風も無い。いつもこのシュシュだけは大切にしまうようにしている。
そのシュシュが流し台の上に落ちている。急いでシュシュを拾い上げ手首に付けた。
バスタオルを巻いて着替えを取りに部屋に向かうが、
何かがおかしい。
部屋の隅に落ちた影が妙に暗い気がした。リモコンの位置はあんな場所だっただろうか?
かなめはテレビやラジオを付けたい衝動に駆られた。なんとか恐怖を紛らわせたかったし、孤独を誤魔化したかった。
「いいか。何かおかしいとおもったら絶対にテレビやラジオを点けるんじゃないぞ」
卜部の言葉が蘇る。
「なんでですか?」
「電波は霊が共鳴するのに都合のいい媒体だ。人工の電波や電磁波は無機質で死んでる」
卜部はそう言うと一息ついてこう続けた。
「死は死と引き合うんだよ」