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山下邦夫の話④

 タクシーは思いの(ほか)早くやってきた。運転手は黒々した髪にべっとりと整髪料をつけた小太りの男だった。卜部たちが後部座席に座ったのを確認すると、満面の笑みで「どちらまで?」と振り返る。


「この辺に美味い蕎麦屋はないか?」卜部が少し身を乗り出して尋ねる。


「蕎麦ですか? 昼間ならいい店が何軒かあるんですがねぇ。この時間だったら、うん、あそこが良いな! 〝ひらり〟って店なんですがね、爺婆(じじばば)が二人で切り盛りしてる昔っからある蕎麦屋ですよ! 夜でもあそこなら美味い蕎麦が食えますよ!」


運転手はひとりでうなずきながら笑顔で話している。こちらの応答は待たずに車はすでに〝ひらり〟に向かって走り出していた。

 

 幸いなことに踏切とは逆方向に車は走っていく。廃ビルは後方の闇の中に消えていく。しかしそれらは目に見えなくなっただけで、あの踏切も廃ビルも今もあの場所に確かに存在するのだ。


 ただただ自分が認識していないだけで、この世界には恐ろしいことや邪悪なものがいたるところに存在しているのかもしれない。自分の視野のほんのわずかに外側で、目を覆いたくなるような残虐な光景が繰り広げられていたとしても、我々はそれを見知ることはできないのだから。

 

 かなめがそんなことをぼんやりと考えていると、運転手の好機の目とルームミラー越しに目があった。


「お二人はあんな廃ビルにいったい何の御用だったんです?」


 運転手は好奇心を抑えられないと言った様子で眼を輝かせている。その輝きの中には確かな下心と助平心が見て取れる。


 かなめは、はっ……として「違いますよ。私達は心霊現象の専門家です」と出来るだけ冷静に、そしてにっこりと微笑みながらルームミラーに向かって返答した。


「あ〜霊媒師さんか何かですか? それは失礼しました! いや〜てっきり愛を育みに来たカップルの方かと思いましてね! 今はそれほどでもないですけど夏なんて特に多いんですよ」


そんな運転手に卜部は「余計な話はいいから飛ばせ」と話を遮った。


 運転手は悪びれた様子もなく、やはり一人で楽しそうに笑いながら頷いている。


 多種多様な他人と「移動する狭い密室」という特殊な空間を共有することを生業とする彼にとって、この無邪気さと無神経さは自分を守るためのある種の結界として機能しているのかもしれない。


「それにあそこは嫌な事件もありましたしね……」

 

「え?」とかなめが聞き返そうと思った時、車は〝ひらり〟と書かれたのれんの前に停車した。


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