プール㉑
重たい扉を開くとそこには異様な風景が広がっていた。
プールの外周にはいくつもの蝋燭が灯され水面に炎の揺らめきを映している。
その明かりに照らされて、水面に漂う物が見える。
目を凝らすと赤い紐で結ばれた桶が五つ浮かんでいるのだとわかった。
桶の中にはやはり蝋燭が立てられており、蝋燭の隣には白い陶器の小皿が置かれていた。白い皿の上にはそれぞれ異なった供物が乗せられていた。その内の二つは、古めかしい小刀と酒瓶が置かれているようだが、それ以外が一体何なのかミサキには見当もつかなかった。
呆気にとられてその様子に目を奪われていると声がした。
「来たか。反町ミサキ。俺の助手はどうした?」
そこには白装束に身を包み不気味な女鬼の面をつけた卜部が立っていた。
「か、彼女は……足にいっぱい化け物が……それで……」
「それであいつを置き去りに逃げた挙げ句、怪異に捕まり、その男がバットで赤ん坊の霊を叩き殺したわけか……」
卜部はミサキの言葉の続きを語り終えると、面の隙間から鋭い視線を二人に投げかけた。
それを聞いた二人は息を飲んだ。卜部が本物であることを本能が告げる。
卜部は丁寧な所作で二人を招き入れると、自身は何やら分からぬ文様で描かれた円の中に正座した。
「あんた達には二つの選択肢がある」
卜部は静かにそう告げた。
「えっ?」
反町ミサキが戸惑ったように漏らした。二人?
しかし卜部はお構いなしに話を続けた。
「一つは今ここに封じている水子の霊どもに償いをする選択だ。それを選ぶなら俺が媒をやってやる。無論、大きな代償を支払うことになるだろうが、なんとかあんた達が死なずに済むように尽力する」
「おいミサキ! こいつ何言ってるんだ? おっさん! お前このプールの会員だろ!? ふざけたこと抜かしてんじゃ……」
「触れるな!!」
卜部は凄まじい声で叫んだ。榛原は心臓を掴まれたような錯覚を感じて伸ばした手を引っ込め押し黙った。
「俺に触れるなよ? 抑えている怪異共がプールから出てきてほしくなければな……」
そう言われて二人がプールを覗き込むと無数の白い粘土のような赤ん坊が水の中で漂っていた。彼らには赤黒い臍の緒が付いており、それが真っ暗なプールの水底に向かって伸びていた。
「二つ目の選択肢はおすすめしないが……こいつらの餌食になってこの幽世の門を閉じるための贄になる選択だ」
「そんな!! 約束が違う!! 私は祓ってくれるって聞いてたのに!!」
反町ミサキは半狂乱で叫んだ。しかし卜部はそれに静かに応える。
「あんた、俺に言ってないことがあるだろ?」
ぎくっと胸の奥が痛んだ。鼓動が早くなるのを感じる。
「な、何の話ですか……」
「プール以前からあんたは霊障に悩まされてたはずだ」
「……」
「七人……違うか?」
卜部は反町ミサキの背後を睨んで静かに言った。
「どうしてそれを……」
ミサキは思わず目を丸くして言葉を漏らした。
その声はプールの闇にたちまち呑まれて、辺りは再び不気味な静寂に包まれる。
そんな纏わりつくような静けさの中だった。
「あんたの後ろにいるからだ」
感情の読み取れない抑揚の無い卜部の声が、夜半のプールにこだました。




