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山下邦夫の話②

 山下邦夫は(すが)るような表情で卜部を見つめている。そんなことは全く意に介さない様子で、卜部はくしゃくしゃの整わない髪を右の手でかき上げ、後頭部をゆっくりと掻きむしっている。それが卜部の癖だということをかなめは知っている。何かを考え込んでいる時はいつだってそうする。しかしそのことを本人には言わない。怒るに決まっているから。


「なあ。あんた離婚したほうがいい。そんな女さっさと別れたほうがいい。離婚調停でもすれば慰謝料だって馬鹿みたいにふんだくられることはないだろう」


 しばらくの沈黙を破って卜部はそう言い放った。


 山下は呆然と聞いている。いや。卜部の吐き出した言葉の意味がよく分からないといった様子だった。


 それを見たかなめは、卜部に抗議する。


「ちょっと! 先生! そんなの無茶苦茶ですよ! 呪いの悪夢に困って相談に来られたのに、離婚だなんて」


「黙ってろ。それで悪夢も解決する。だいたいこのまま嫁さんと縁を繋いだままでいるほうがよっぽど悪いことになると言ってるんだ」


「でも……」かなめは言葉に詰まってしまった。卜部の言う『よっぽど悪いこと』は大抵の場合、本当によっぽど悪いのだ。

 

 かなめは山下の方に目をやった。彼はまるで電気椅子に縛り付けらた囚人のように微動だにしなかった。目はカッと開かれており、虚空を見つめている。かけるべき言葉が思いつかずかなめはうつむく。同情というよりも自分の無力が口惜しかった。

 

 卜部はうつむくかなめと固まる依頼人を見て、ハァとため息を漏らしこう続けた。


「最終的に決めるのは依頼人のあんただ」

 

 五分ほど経っただろうか。本当はもっと短い時間だったのかもしれない。重苦しい沈黙の後、山下は「妻と娘を失いたくありません」そう絞り出すように呟いた。


「いいだろう。ここに書いてある金額を現金で持ってこい。先払いだ」


 卜部は殴り書きの請求書を山下の前に放ってよこした。


「はい。明日の朝一で持ってきます」


 山下は金額の書かれた紙切れを大事な物でもしまうかのように丁寧に革のビジネスバッグの中にしまった。


「それと、廃ビルってのはT県境にある線路と川に挟まれたあそこのことか?」卜部は静かに問いかけた。


「どうしてそれを? そのとおりです……」


 山下の顔は青ざめていた。無理もない。助手のかなめでさえ驚きを隠せなかったのだから。

 

 山下は何度も頭を下げながら帰っていった。山下の足音が階段を下りきったことを確かめると、かなめはすぐさま卜部に質問する。


「なんで分かったんですか? 廃ビルの場所」


「さあな。俺にも後ろ暗い経験があるからじゃないか」


「真面目に答えてください!」


 かなめがすかさず言う。


 卜部は少し驚いた様子で「逆になんでそうじゃないと思うんだ?」と聞き返す。


「そんなの当たり前です。先生が売春なんてしたらストレスで胃に穴が空いて入院しちゃうに決まってます。」


「行くぞ。亀。廃ビルを調べる」卜部はあからさまに不機嫌な顔をしてそう言った。


「かめじゃありません! かなめです」


 そう言ってかなめは卜部を追って事務所のドアを出た。

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