第49話 みじめな生活:弟リトート視点
「はあ、はあ、はあ……」
なんとか、家まで戻ってこられた。
家までの道が遠い。それだけじゃない。場所も悪い。
ケガをした状態で戻ってくるようなところじゃない。
「クソッ! これも全部アイツのせいだ! アアッ!」
「リトート!? どうしたのそのケガ。まさか」
「そのまさかですよ母様。やられた。兄だからって優しくしてやってたらこのザマです」
「弟のことを大事にできない兄なんて……。わかってはいたけど、そんなろくでなしだったなんてね。じっとしてなさい。今、私が治してあげるわ」
「ありがとうございます。母様」
まだ痛む。でも、母様ならこれくらいの傷、すぐに直してくれる。
母様の回復魔法が一流なおかげで俺も助かる。
剣聖の跡取りは俺しかいないからな。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。
あんなやつの相手をしてやる時間だって、本当はないんだ。
それなのに……。
「父様、戻りました」
「……ああ。…………」
「リトートが家を出てからも、ずっとあの様子のままよ」
「そう、ですか……」
父様はあの野郎にやられてから、ずっと放心状態。
まるで抜け殻になってしまったかのように、一日中虚空を見つめてぼーっとしている。
前のように稽古をつけてくれることもなく、数日に一度だけ飯を食べて、またぼーっとする。
寝ているのかすら怪しい状態で、ただ毎日岩のように動かない。
俺は、これも許せない。父様をこんな状態にした、あの野郎が……。
「リトート。手が」
「えっ」
怒りのあまり手を強く握りしめていたのか、気づくと手から血がしたたっていた。
「気持ちはわかるわ」
「母様……」
そうだ。そうだ。
「あの野郎はどうせ、父様と戦う時も卑怯な手を使ったに違いありません。あの野郎が、父様に勝つなんて信じられませんから」
「そうよ。そうに決まっているわ。それに、今の状態だって不当極まりものじゃない。私たちは何も悪くないわ。こんな不当な扱いを受ける理由なんて、決してない」
「そうです。その通り。父様もそう思いませんか?」
「…………ああ」
「父様……」
今までになく弱々しい父様を見ていると、心が苦しくなる。
どうして俺たちがこんなみじめな思いをしなくちゃならない。
どうして俺たちがこんなクソみたいな生活をしなくちゃならない。
使用人たちは全員雇えなくなり、生活に必要なことは全部自分たちでしなくちゃならなくなった。
家だって、全員が同じ場所で寝るような小さな小屋だ。こんなの、あのリストーマの野郎が寝起きしていた場所と、ほとんど変わらないじゃないか。
「本来なら、今だってアイツのことを笑いものにして、飯を美味しく食べられていたはずなのに……。どうして……?」
「そうね。申し訳ないわ。食べ物も、今までのようには手に入れられなくなってしまったものね」
「母様は悪くありません。すべての元凶はアイツだとわかっているのですから」
「そうね。そうよね……」
でも、俺がなんと言っても母様は自分のことを責めるだろう。
今の環境が悪いのは全部アイツのせいだというのに。母様は俺の怪我も治してくれるような優しい方だから……。
手に入るのは、今まであの野郎に食わせていたようなもの。調理道具すらオンボロで、まともな飯を食えていない。
これじゃ、アイツのことを笑えたとしても、全部全部台無しだ。
「少し、剣を振ってきます」
「まだあまり体を動かしてはいけないわ。傷が開くかもしれないわよ」
「……。そうですね。では、風を浴びてきます」
「それくらいなら……」
外の景色も変わってしまった。
平民の様子を笑うことのできる屋敷はもうない。
何を言っても黙って言うことを聞くような、面白いヤツらもいない。
三人ぽっちの、どこだかわからない場所での生活。近くに人すらいない。
剣聖の力を恐れて、動物すらほとんど寄り付かない。
今まで楽しかったことすら、まったく楽しくない。
「はあ……。どうして俺は負けた? アイツに負ける要素なんてなかったはず……」
許せない、許せない許せない許せない。
「アイツはずっと手を抜いていたのか? それとも、俺たちのことをだましていたのか?」
心の中で俺たちのことを笑っていたのは、むしろアイツの方だってのか?
虫唾が走る。
「そんなわけないだろ! 俺が、俺がアイツに劣っている要素は何一つないんだっ! ……え」
手近にあった石を投げたら、黒い影がむくりと動き出した。
岩だと思ったそれは、赤い目を光らせ俺の方を向くと、俺に向かってまっすぐ走ってくる。
「お、おい。待て、違うんだ。やめ、やめてっうああああ! 痛い痛、痛い!」
やばいやばいやばい。死ぬ。死ぬ。今、何も持ってない。
「死」
突然、魔獣は動かなくなった。
こてん、と横に倒れて動かなくなった。
「……静かにしてくれ。今は、静かに……」
「父、様……」
父様が俺を守ってくれた。
だけど、昔の父様じゃない。
剣を持っていない。剣を振った様子がない。
「リトート。またケガしたの!?」
「すみません。母様」
「いいのよ。近くでよかったわ」
家は母様が整えてくださるおかげで片付いてはいる、けど……。
もう治ったというのに胸が痛む。
俺の生活はどうしてこんなことになってしまったんだ。
「私に任せておきなさい」
「母様……?」
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