37 マリアの計画
手早くマリアが用意したランチのテーブルを囲みながら、アレンは先ほどマリアが口にした計画について幾つか質問をした。
「施設は新たに建設するの?」
「そうですね、それが良いとは思っていますが、事務局はこの家にしようと思うので、この屋敷の近隣の土地を取得してからですね」
「一人もしくは夫婦で住みたいという人たちの家は?」
「ここを中心にして一つのタウンを作りたいのです。ここにスタッフが常駐して、すぐに駆けつけられる体制をとりつつも、必要以上に手は出さない。これをモットーに自立を支援するのです。広さはいろいろあって良いと思います。庭で花や野菜を育てたい人もいれば、管理が面倒だと思う人もいるでしょうし」
「なるほどね。個々人の希望に添うわけだ。病院は?」
「提携してもらえる病院と契約しつつ、常駐医も欲しいですね。スタッフに看護教育を受けさせるのは必須ですが、薬師とか……例えば適度な運動の指導員とか」
「至れり尽くせりの体制だ。そうなると費用も嵩むね。お金持ちしか入れなくなってしまわない?」
「入会金は広さや場所によって変えますが、毎月の支払いは最低限に抑えて、使った分だけ請求するのはどうでしょう。それとは別に補助金申請制度も作りたいと思っています。人が人として暮らすための補助金です。それと同時に施設内で仕事をあっせんしてお金を稼げるようにするとか、収穫物を食材として買い取るとか?」
「ふんふん、いろいろやりようはあるってことか。しかしマリアさんは面白いことを考えつくねぇ。いつの間にそんなことを考えたの?」
「ここに来るまで数年ほどとても暇だった時間がありまして。甘やかされるのが仕事みたいな毎日だったのですが、その時にアース様と一緒に考えました」
「アース様? どなたかな?」
「アース様は……」
マリアは困ってマーガレットを見た。
マーガレットが代わりに応える。
「神のように偉大な方よ」
アレンは不思議そうな顔をしたが、それ以上追求しなかった。
マリアがちょっとだけ舌を出して肩を竦めた。
その時ふわっと暖かい何かがマリアの頬をかすめた。
『アース様が側にいて下さっているわ』
マリアはすぐにそう思った。
「幸いこの屋敷の南側は、放棄された牧草地でしょう? そこを取得できればなんとかなりそうだと思うのです。アレンさん、何とかしてください」
「おっ……直球だねぇ。うん、そうだよね、僕が領主となった意義はそこにあるのかもしれないね。それにちょっと汚い手も使うかな?」
「汚い手?」
「大人の話だよ。それより医師とか看護師の当てはあるの?」
「無いです。そういった専門学校に依頼するのもアリですよね? そのうちには専門学校作ったりして?」
「そりゃまた……でも、それは良い考えかもしれない。この施設で働くなら学費を無償にするという手もあるしね」
「おおお~! さすがです」
「早速持ちかえって検討しよう。すぐに動けるように、施設のイメージだけでも描いておいてね」
マーガレットは二人のやり取りをニコニコしながら見ていた。
ふと目を上げると、サラサラの銀髪をなびかせた美丈夫が空中に漂っているのが見えた。
マーガレットと目が合ったその男は、ちょっとだけびっくりした顔をしたが、ニコッと微笑んで見せた。
マーガレットも微笑み返す。
『聞こえるかい?マーガレット。心の中で返事をしてごらん』
『聞こえますわ。あなた様がマリアの言うアース様でしょうか?孫のマリアを救って下さったこと、心より感謝いたします』
『うん、私がアースだよ。過保護といわれるかもしれないけれど、私はマリアが心配で仕方が無いんだ。だって可愛いでしょ?』
『ええ、私の孫娘はとても可愛らしいいい子です』
『激しく同意するよ。だから見守らせて欲しいんだ。それにしても君の魂は……かなり上級に上り詰めてるね。次は聖女か天使辺りの器を用意しようかな』
『あらあら、光栄ですわ。でも私があなた様を見ることができるのは、きっともうすぐそちらに行くからなのでしょう?』
『それは否定しないけど、すぐでもないよ? あと300回はマリアの作ったごはんを食べることができる』
『そんなに? それは光栄だわ。アース様にも食べさせてあげたいくらい』
『残念だけれど、お気持ちだけいただいておこう。それにしてもマリアの夫は随分立ち直ったねぇ。萎んでいた魂が球体に戻っている。君が協力したのだろう?ご苦労だったね』
『あのまま悲しさや後悔の念だけで潰れたなんて許せませんからね。しっかり働いてもらいますよ? ほほほ』
『なるほど。ははは! さすが私の愛し子のおばあ様だね』
マーガレットは優しく微笑みながら空中を凝視していた。
そんなマーガレットに気づかず、二人は白熱した議論を展開している。
「マーガレットさん? どうしました?」
アレンがマーガレットの方を向いて言った。
「ああ、ごめんなさいね。ちょっと人と会っていたものだから」
アレンが眉間にしわを寄せてマーガレットを凝視した。
そんなアレンの横でマリアが声を上げた。
「もしかしておばあ様、アース様?」
「さあ、どうかしら?ほほほ」
マーガレットはとぼけて見せた。
マリアはニヤッと笑っている。
アレンが言った。
「どうもお二人の会話についていけない時があるような気がするのだが?」
「そう? だとしたら修行が足りないのよ」
マーガレットの言葉にアレンが笑った。
「そういうことですか? 滝にでも打たれてこようかな」
三人は楽しそうに笑いあった。
ランチはマリアが作ったので、アレンが夕食を作ると言い出した。
足りない材料があるので買い物に出るというアレンを送り出し、マリアがマーガレットに話しかけた。
「おばあ様はアース様にお会いになったのね? 羨ましいわ。私もアース様にお会いしたいのに」
「そうね、とても素敵な方だったわ。マリアをいつも見守って下さっているそうよ」
「うん、時々アース様の存在を感じることがあるわ」
「それにしてもマリア、あなたはあんな目に遭ったのにアレンを許しているのね、それに加害者だった人たちのことも全く話さないし」
「アレンさんは弱かっただけで、悪かったとは思えないのよ。他のみんなもそうだけど。でもそれは全部アース様のおかげなの。あの方が私の魂を救ってくださったの。悲しかったことも辛かったこともなぜか全部忘れてしまったの。不思議でしょう?」
「その方がいいわ。人を怨んで暮らすも一生なら、楽しく暮らすのも一生だもの」
「そうね、私もそう思うの。私、頑張るからね」
「ええ、思うようにやってみなさい」
二人は静かに窓の外を見た。
青い空に浮かんだ雲の合間から、明るい日差しが幾筋も見える。まるで天界の住人が人々に祝福を与えているように見えた。




