27 森羅万象を司る者
毎日が退屈で仕方がなかった。
いろいろなものを作り出している時は楽しくて充実していたのに、いざ軌道にのって人間の手に委ねたら、もう何もすることがない。
というか、できない。
急激な変化は良い結果を生まないということは、何度も経験してきたので知っている。
ずっと昔に引退した先代の創造主から言われた言葉を思い出す。
『任せきる勇気』
これがなかなか難しい。
特に指先一つ動かすだけで、何でも作れてしまう私にとって、稚拙で回りくどく、わざわざ成功率の低い方法しか思いつかない奴らを相手に、任せきるのは辛い作業だった。
そんな忍耐と退屈の中で楽しみにしていることが一つだけある。
魂の浄化。
生きとし生けるものは必ずその体内に魂を宿している。
魂は永久不滅であり、浄化さえ完了すれば何度でも甦る。
いわゆる天寿と言われるものは存在しない。
死んだ時が天寿を全うした時なのだ。
死に方も年齢も関係ない。
惨い死にざまでも、安らかでも結果は同じ。
『死』はすべからく単なる事象だと認識するべきだ。
そもそも『死』という概念も人間が作ったもので、私に言わせればちょっと違う。
人間はその肉体が動かなくなった事を『死』という。
しかし私に言わせると、それは単なる魂の器の消費期限が来ただけなのだ。
魂は体という器を使って活動する。
そのように私のずっとずっと前に存在した創造主が、そう作ったのだから間違いない。
活動を停止した器に、いつまで拘っていても仕方がないので、魂は抜けて私の世界である『空間』に戻ってくる。
そして浄化を受けて、次の器が誕生する順番を待つのだ。
その浄化という作業を分かり易く説明するなら『冬眠』だ。
冬眠している間に、受けた傷を癒す。
その過程で魂が持っている記憶も全て消えるのだ。
そして無垢の魂となり、再び器に入って行く。
そして私の小さな楽しみは、魂が最後まで持っている記憶を観察することだ。
それは魂によって全然違う。
とても楽しい記憶を最後まで留めているものもあれば、恨みや悲しみを忘れがたいものとして残しているものもある。
ざっくりとしたイメージだが半々というところだろうか。
それがつい最近、とても面白い魂が二つ帰ってきたのだ。
私の日課である浄化作業観察の過程で気づいたのだが、その二つの魂は全く同じ人物に対して全く同じ記憶を有しており、何よりも最後までそれを手放さないつもりのようだった。
興味を覚えた私は、その二つの魂の浄化作業を中断し、仮の器を作って入れてみた。
仮であろうと器さえあれば、魂は活動を開始する。
私はこの二つの魂に名を与えることにした。
私が名を与えるということには意味がある。
名を与えられたその魂は、その名を私が呼ぶ間は私と会話ができるのだ。
一つは『ファイヤ』、もう一つは『ブロウ』と名付けた。
話せるようになったその魂によると、この二つは父娘だったらしい。
器の消費期限が切れたのは、娘の方が随分早かったらしいが、ずっと滅びた肉体から離れずに、留まっていたそうだ。
魂はできるだけ早急に私の世界に戻ってこないとダメージを受ける。
それでも留まっていたということは、相当な思いがあったのだろう。
父親の魂が器から抜けたとき、まだ『空間』に戻っていない自分の娘だった魂に気づき、一緒に連れてきたらしい。
そういう事情だったので、娘の方の浄化はかなりの時間が必要だろう。
私は『ファイア』に聞いた。
「お前の記憶の中で、一番大切なものは何か?」
すると『ファイア』は迷うことなく応えた。
「孫娘マリアとの記憶です」
そして『ブロウ』にも同じ質問をする。
「娘マリアとの記憶です」
魂は器が無いと活動できないが、この『空間』で便宜的に作った器では、人間のところには行けない。
だから私が行ってみた。
一番最初に私が行ったとき、そのマリアという娘は楽しそうに笑って『ファイア』の伴侶らしき老婦と一緒に、花に囲まれた庭で茶を飲んでいた。
「ああ、この中にあの二人も入っていたのだろうな。きっと楽しかったのだろう」
私はそんな感じで、微笑ましく見ていた。
何度か行ったが、特に変化もないし、一緒に茶が飲めるわけでもないので、そのまま忘れていた。
それから暫くして、また退屈しのぎに行ってみると、今度は旅支度で馬を駆っていた。
一人屋敷に残って泣いている老婦の器は、そろそろ限界が近いように見えたが、それはそれで仕方がないことだ。
だから私はマリアの肩に乗って一緒に移動した。
「お前は明日結婚する」
マリアの父親だろう男が叫ぶように言っている。
まあ浄化過程の魂の記憶を覗くと、たまにあるセリフだ。
そう思った私は、マリアの横で震えている『お姉様』と呼ばれている女の膝を枕に、そのまま聞いていた。
マリアの魂の器は全く問題なく機能していたし、明日結婚するにしても本人が受け入れているのだからと、その日は早々に帰り、『ファイア』と『ブロウ』にその話をすると、とても驚いていたが、同時に受け入れてもいた。
「あの子はもう戻らせないと考えていたはずなのに、まさかこんなに早く結婚させるとは」
「田舎育ちとはいえ、貴族の娘だ。いつかはこういう日が来るさ」
そんなものか? とも思ったが、二つの魂がそれほど執着する娘の行く末が、なぜか気になって仕方がない。
私は本当に暇なので、思いついたときに覗きに行くことにした。
次に行った時、マリアの器は酷く傷んでいた。
特に足と膵臓のダメージが凄まじい。
急にどうしたのかとも思ったが、器は所詮だたの入れ物だ。
じっと観察すると、この器の使用限度はあと半年というところだろう。
そう見極めた私は、マリアの魂が『空間』に戻る前に『ファイア』と『ブロウ』の名を取り上げようと思った。
「ここまでズタズタの魂を見たら悲しむだろう? せっかくきれいに浄化したのにさぁ」
私は独り言を言いながら『空間』に戻った。
戻ったのは良いが、気になって仕方がない。
それから私は日課のようにマリアのところに通った。
私物なんて持ってはいない状態だったが、暮らすのに必要最低限なものまで奪われる。
食事もここ三日ほどは摂れていない。
まあ、今までも食事というにはあまりにも粗末だったが。
おいおい! 今日は食事を運んでも来ないのか?
食べられないにしても、それはやり過ぎだろう。
しかし私は手を出せない。
私は魂ではないので、器を用意しても機能することは無い。
私のことを敢えて表現するなら『概念』だろうか。
本当なら、あの食事を運んで口にいれてやりたいし、それより先にあの酷い怪我を直してやりたい。
ここが『空間』ならこの手に抱き寄せて、頭を撫でながら傷を瞬時に直してやれるのに。
しかし実体のない私には何もできない。
どれほど悩み苦しんでいる人間が目の前にいても、何もしてやれないのだ。
正直、辛い。
だから極力関わらないようにしてきたのに、あの二つの魂に興味を持ったのが運の尽き。
私はとても久しぶりに禁忌の力を使おうかと考えていた。
あの器はもう危ないが、魂の傷も気になる。
あれほど傷ついた魂を見るのは何百年ぶりだろう。
私は傷の原因を探ることにした。
なんだ? マリアは怒ってはいるが誰も怨んではいないだと?
私が知っているだけでも10人やそこらはいるだろうに。
どれほどお前の魂が甚振られたと思っているんだ!
しかしマリアのそれは、ほとんどが自責の念だった。
もともと感情の隆起が少ない私が、ここまで興味を持つ原因はこれかもしれない。
もう迷うことは無い。
私は時を止め、私は関係者のもとに行くことにした。
まずは父親。
ああ、もう器が無いじゃないか。
もう浄化作業の方に回っているのかもしれない。
そのうち輪廻の順番が来たら虫か蛙にしてやろうか。
どちらにしても人間にはしないでおこう。
そして姉。
ふぅ~ん、ちゃんと生きてはいるんだ。
でもこの娘の魂も相当傷んでるようだが、器は何の問題も無い。
この娘は、器が動かなくなるまで後悔し続ける人生を送るのだろう。
それはそれでかなり辛い時間だな。
うん、ゆっくり反省したまえ。
夫はどうだ?
この男のどこにもマリアは存在していない。
なるほど……こいつはマリアを本当に知らないのか。
自分の妻という人間の存在さえ知らないってどういうこと?
私はマリアに肩入れし過ぎているのかもしれない。
マリアの夫に己の罪を思い知らせてやりたくて仕方がない。
だから私はマリアの魂を、器が完全にダメになる前に引き上げることにした。
この夫の目の前で。
そう決めた私は再び時を動かした。




