表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
28/43

27 森羅万象を司る者

 毎日が退屈で仕方がなかった。

 いろいろなものを作り出している時は楽しくて充実していたのに、いざ軌道にのって人間の手に委ねたら、もう何もすることがない。

 というか、できない。

 急激な変化は良い結果を生まないということは、何度も経験してきたので知っている。

 ずっと昔に引退した先代の創造主から言われた言葉を思い出す。


『任せきる勇気』


 これがなかなか難しい。

 特に指先一つ動かすだけで、何でも作れてしまう私にとって、稚拙で回りくどく、わざわざ成功率の低い方法しか思いつかない奴らを相手に、任せきるのは辛い作業だった。

 そんな忍耐と退屈の中で楽しみにしていることが一つだけある。


 魂の浄化。


 生きとし生けるものは必ずその体内に魂を宿している。

 魂は永久不滅であり、浄化さえ完了すれば何度でも甦る。

 いわゆる天寿と言われるものは存在しない。

 死んだ時が天寿を全うした時なのだ。

 死に方も年齢も関係ない。


 惨い死にざまでも、安らかでも結果は同じ。

『死』はすべからく単なる事象だと認識するべきだ。

 そもそも『死』という概念も人間が作ったもので、私に言わせればちょっと違う。

 人間はその肉体が動かなくなった事を『死』という。

 しかし私に言わせると、それは単なる魂の器の消費期限が来ただけなのだ。


 魂は体という器を使って活動する。

 そのように私のずっとずっと前に存在した創造主が、そう作ったのだから間違いない。

 活動を停止した器に、いつまで拘っていても仕方がないので、魂は抜けて私の世界である『空間』に戻ってくる。

 そして浄化を受けて、次の器が誕生する順番を待つのだ。


 その浄化という作業を分かり易く説明するなら『冬眠』だ。

 冬眠している間に、受けた傷を癒す。

 その過程で魂が持っている記憶も全て消えるのだ。

 そして無垢の魂となり、再び器に入って行く。


 そして私の小さな楽しみは、魂が最後まで持っている記憶を観察することだ。

 それは魂によって全然違う。

 とても楽しい記憶を最後まで留めているものもあれば、恨みや悲しみを忘れがたいものとして残しているものもある。


 ざっくりとしたイメージだが半々というところだろうか。

 それがつい最近、とても面白い魂が二つ帰ってきたのだ。

 私の日課である浄化作業観察の過程で気づいたのだが、その二つの魂は全く同じ人物に対して全く同じ記憶を有しており、何よりも最後までそれを手放さないつもりのようだった。


 興味を覚えた私は、その二つの魂の浄化作業を中断し、仮の器を作って入れてみた。

 仮であろうと器さえあれば、魂は活動を開始する。

 私はこの二つの魂に名を与えることにした。

 私が名を与えるということには意味がある。

 名を与えられたその魂は、その名を私が呼ぶ間は私と会話ができるのだ。


 一つは『ファイヤ』、もう一つは『ブロウ』と名付けた。

 話せるようになったその魂によると、この二つは父娘だったらしい。

 器の消費期限が切れたのは、娘の方が随分早かったらしいが、ずっと滅びた肉体から離れずに、留まっていたそうだ。

 

 魂はできるだけ早急に私の世界に戻ってこないとダメージを受ける。

 それでも留まっていたということは、相当な思いがあったのだろう。

 父親の魂が器から抜けたとき、まだ『空間』に戻っていない自分の娘だった魂に気づき、一緒に連れてきたらしい。

 そういう事情だったので、娘の方の浄化はかなりの時間が必要だろう。


 私は『ファイア』に聞いた。


「お前の記憶の中で、一番大切なものは何か?」


 すると『ファイア』は迷うことなく応えた。


「孫娘マリアとの記憶です」


 そして『ブロウ』にも同じ質問をする。


「娘マリアとの記憶です」


 魂は器が無いと活動できないが、この『空間』で便宜的に作った器では、人間のところには行けない。

 だから私が行ってみた。

 一番最初に私が行ったとき、そのマリアという娘は楽しそうに笑って『ファイア』の伴侶らしき老婦と一緒に、花に囲まれた庭で茶を飲んでいた。


「ああ、この中にあの二人も入っていたのだろうな。きっと楽しかったのだろう」


 私はそんな感じで、微笑ましく見ていた。 

 何度か行ったが、特に変化もないし、一緒に茶が飲めるわけでもないので、そのまま忘れていた。

 それから暫くして、また退屈しのぎに行ってみると、今度は旅支度で馬を駆っていた。

 一人屋敷に残って泣いている老婦の器は、そろそろ限界が近いように見えたが、それはそれで仕方がないことだ。

 だから私はマリアの肩に乗って一緒に移動した。


「お前は明日結婚する」


 マリアの父親だろう男が叫ぶように言っている。

 まあ浄化過程の魂の記憶を覗くと、たまにあるセリフだ。

 そう思った私は、マリアの横で震えている『お姉様』と呼ばれている女の膝を枕に、そのまま聞いていた。

 マリアの魂の器は全く問題なく機能していたし、明日結婚するにしても本人が受け入れているのだからと、その日は早々に帰り、『ファイア』と『ブロウ』にその話をすると、とても驚いていたが、同時に受け入れてもいた。


「あの子はもう戻らせないと考えていたはずなのに、まさかこんなに早く結婚させるとは」


「田舎育ちとはいえ、貴族の娘だ。いつかはこういう日が来るさ」


 そんなものか? とも思ったが、二つの魂がそれほど執着する娘の行く末が、なぜか気になって仕方がない。

 私は本当に暇なので、思いついたときに覗きに行くことにした。

 次に行った時、マリアの器は酷く傷んでいた。

 特に足と膵臓のダメージが凄まじい。

 急にどうしたのかとも思ったが、器は所詮だたの入れ物だ。

 じっと観察すると、この器の使用限度はあと半年というところだろう。

 そう見極めた私は、マリアの魂が『空間』に戻る前に『ファイア』と『ブロウ』の名を取り上げようと思った。


「ここまでズタズタの魂を見たら悲しむだろう? せっかくきれいに浄化したのにさぁ」


 私は独り言を言いながら『空間』に戻った。

 戻ったのは良いが、気になって仕方がない。

 それから私は日課のようにマリアのところに通った。


 私物なんて持ってはいない状態だったが、暮らすのに必要最低限なものまで奪われる。

 食事もここ三日ほどは摂れていない。

 まあ、今までも食事というにはあまりにも粗末だったが。

 おいおい! 今日は食事を運んでも来ないのか?

 食べられないにしても、それはやり過ぎだろう。


 しかし私は手を出せない。

 私は魂ではないので、器を用意しても機能することは無い。

 私のことを敢えて表現するなら『概念』だろうか。

 本当なら、あの食事を運んで口にいれてやりたいし、それより先にあの酷い怪我を直してやりたい。

 ここが『空間』ならこの手に抱き寄せて、頭を撫でながら傷を瞬時に直してやれるのに。


 しかし実体のない私には何もできない。

 どれほど悩み苦しんでいる人間が目の前にいても、何もしてやれないのだ。

 正直、辛い。

 だから極力関わらないようにしてきたのに、あの二つの魂に興味を持ったのが運の尽き。

 私はとても久しぶりに禁忌の力を使おうかと考えていた。

 あの器はもう危ないが、魂の傷も気になる。

 あれほど傷ついた魂を見るのは何百年ぶりだろう。

 私は傷の原因を探ることにした。


 なんだ? マリアは怒ってはいるが誰も怨んではいないだと?

 私が知っているだけでも10人やそこらはいるだろうに。

 どれほどお前の魂が甚振られたと思っているんだ!

 しかしマリアのそれは、ほとんどが自責の念だった。

 もともと感情の隆起が少ない私が、ここまで興味を持つ原因はこれかもしれない。

 もう迷うことは無い。

 私は時を止め、私は関係者のもとに行くことにした。


 まずは父親。

 ああ、もう器が無いじゃないか。

 もう浄化作業の方に回っているのかもしれない。

 そのうち輪廻の順番が来たら虫か蛙にしてやろうか。

 どちらにしても人間にはしないでおこう。

 

 そして姉。

 ふぅ~ん、ちゃんと生きてはいるんだ。

 でもこの娘の魂も相当傷んでるようだが、器は何の問題も無い。

 この娘は、器が動かなくなるまで後悔し続ける人生を送るのだろう。

 それはそれでかなり辛い時間だな。

 うん、ゆっくり反省したまえ。


 夫はどうだ?

 この男のどこにもマリアは存在していない。

 なるほど……こいつはマリアを本当に知らないのか。

 自分の妻という人間の存在さえ知らないってどういうこと?


 私はマリアに肩入れし過ぎているのかもしれない。

 マリアの夫に己の罪を思い知らせてやりたくて仕方がない。

 だから私はマリアの魂を、器が完全にダメになる前に引き上げることにした。

 この夫の目の前で。


 そう決めた私は再び時を動かした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ