26 メイド達の末路
同じころ、地下の平民牢に繋がれていたメイドのもとに、近衛騎士長が訪れた。
「なんだ、普通に元気じゃないか。逞しいものだな」
近衛騎士長の蔑んだ声に顔を上げたメイドは下卑た顔で声を出した。
「そろそろ出してくださいよ。そりゃ盗んだのは悪かったけど、十分反省してますから」
「何言ってるんだ? お前は誰から盗みを働いたかわかってないのか?」
「誰って、あの女でしょう? ご主人様に任されたメイド長の指示通りに動いていただけですよ? 私だけが悪いんじゃないです」
「まあ、もういいさ。お前の処遇は決まったんだ。本来なら処刑だが、弁済すれば減刑ということになったよ。良かったな」
「はぁぁぁ? 弁済ですか。まあ大した額じゃないし。私の分はお料理のお金とカーテンくらいですかね。それならすぐにでも払いますから、早く出してくださいよ」
「いやいや、それだけじゃないだろう?第二王子殿下の公妾の命を奪ったんだ。その弁済額がいくらになると思ってるんだ? 一生かけても払えるものじゃないだろうぜ?」
「そんな! 私は殺してないです。勝手に死んだんだ。食事だって……そりゃ粗末だったかも知れないけれど、ちゃんと毎日持って行った。私のせいじゃない。私は悪くないです」
「そうか、反省なしか。お前は労働刑30年。場所は北部鉱山の娼館だ。お前を売った金だけではとても足りん。だから一生タダ働きだな。雇い主に先払いしてもらって弁済に当てたからすぐに死ぬなよ? ちなみに食事は……まあ、楽しみにしておけよ。大丈夫なんだってお前が言ったんだ。粗末でも毎日食えりゃって。ははは、毎日食えりゃあ良いなぁ」
鉄格子を叩いて喚き散らす女を置き去りに、近衛騎士長は別の牢の前に立った。
同じような会話をした後、もう一人のメイドに対して言った。
「お前も反省してないのか。まあもういい。お前も労働刑30年だ。場所は東部砂漠地帯の娼館だよ。お前を売った金だけではとても足りん。だから一生タダ働きだ。雇い主に先払いしてもらって弁済に当てたから、すぐに死ぬなよ? その顔は……心配するだけ損だな」
最初のメイドと同じような事を口走りながら、床を踏み鳴らす女を見ながら近衛騎士長は思った。
『なんでこんなのを雇ってたんだ? アレン』
そして最後は最下層の牢だ。
ここにはメイド長が繋がれているが、牢番からは不穏な報告が頻繫に上がる場所だ。
自分の靴音が響き、慣れているはずの近衛騎士長でさえ暗い気分になる。
「おい、顔を上げろ」
メイド長だった女が、酷い顔で見上げた。
「眠れないみたいだな」
女は何も答えない。
「出るんだって?」
女の肩がビクッと震えた。
「そりゃ怨みたくもなるだろうぜ? お前も分かっているんだろ?」
女があからさまに震えだした。
「ん? どうした?」
女が近衛騎士長の後ろを指さして、ずるずると後ずさる。
流石の近衛騎士長も背筋に寒さを覚えたが、平静を装って言った。
「なるほど確かにここは気味が悪いなぁ。さっさと退散した方が良さそうだ。ああ、お前はこのままここで終身刑だから。家を売った金で弁済したが、到底足りない。まあお前の雇い主が屋敷を売って足りない分は出すことになっているがな」
そう言って踵を返したとたん、何かにぶつかったようによろける近衛騎士長。
その姿を見た女は気が狂ったように絶叫し始めた。
何かにぶつかった肩が痛かったわけでは無いが、得体のしれない気持ち悪さを感じた近衛騎士長は、振り返りざまに言った。
「ホントだ。確かにいるなぁ。でもお前が想像している誰かとは限らんぜ?」
その声は叫び続ける女には届かなかった。
こうなるとネズミが走っても、靴音がしても怖いだろう。
数多くの戦場を経験している近衛騎士長は知っている。
恐怖は自分の心が作り出すものだということを。
メイド二人はやせ細ったマリア嬢の姿をまともには見ていないのだろう。
だからあんな横柄な態度が取れたんだ。
もし知っていて放置していたのなら、それこそ悪魔の所業だ。
「それにしても……人間とは浅ましい生き物だな」




