25 ルーナの後悔
殺人には直接関与していないとはいえ、未必殺意と横領という罪に問われた罪人であるルーナは、貴族牢に入れられていた。
簡素なベッドがあるが、窓は小さく薄暗い部屋。
鉄格子越しに声を掛けると、ルーナの目に大粒の涙が浮かんだ。
あれほど愛した女の窶れ果てた姿に、アレンの心は引き裂かれる。
「ルーナ、来るのが遅くなってしまったね。すまなかった」
「アレン……アレン……もう会えないと思っていたわ」
「ルーナ……聞いた?」
「ええ、修道院に行くと言われたわ。私はてっきりあなたに会えないまま処刑されるのだと思っていたのに」
「本当ならそうだった。でもね、君を裁く理由は公表できないんだよ」
「そういうことなのね。私はマリア様を殺してしまったのに。それもあれほど惨い死に方をさせたというのに。修道院へ行ったらどんなに辛くても毎日マリア様にお祈りをするわ。心を込めてお詫びをし続ける。そうするしか方法は無いもの」
「そうだね。頑張るしかないんだ。僕はね、マリア嬢の愛した土地の発展のために王都を離れることにしたんだ。僕も一生償い続けるよ」
「そうね、私も命の限り祈り続けるわ。でも本当に取り返しのつかないことを……」
そう言って泣き崩れるルーナに手を伸ばしたくても鉄格子に阻まれる。
これが現実なんだとアレンは痛いほど感じた。
「もう会えないけれど、私はあなたを愛していたわ。それだけは信じてね」
「もちろんだ。僕も愛していたよ」
「あなたの輝かしい未来を奪ってごめんなさい」
「謝るのは僕の方だ。君を幸せにすると誓ったのに……」
「私は幸せだったわ。自分で壊したの。私がこの手で壊したのよ」
「いや、僕の覚悟が足りなかったんだ。本当にすまなかった」
「ねえアレン、一つお願いがあるの」
「できることなら何でもするよ」
「私のことを忘れないで。他の誰かに恋をしても……忘れないでいて欲しいのよ」
「忘れるものか!」
「ありがとう。私は神の御許で償いの日々を送るわ。そう思ったらなんだかとても穏やかな気持ちが戻ってきたの。そう、病院に勤めてあなたが来るのを待っていたあの日々よ」
「うん、あの頃は楽しかったね。貧しかったけど毎日が輝いていた」
「そうね、でもマリア様にもきっと輝いた未来があったはずよね。それを奪ったのだもの。あんな宝石なんかに目がくらんだなんて恥ずかしくて堪らないわ。それに万が一ご懐妊されていたとしたら、何回地獄に落とされても文句は言えない」
「妊娠は……していなかったそうだ。それから、あの宝石は換金したよ。返済して余った金はルーナが行く修道院に寄付される。宰相の指示だ。本当は屋敷を売った金で寄付金を出したかったけど、そちらは横領した金の補填に全額回されることになったんだ」
妊娠どころかマリアは処女だったとは言えないアレンは唇を強く引き結んだ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。アレン、本当に……」
看守が面会時間の終わりを告げた。
「アレン、最後に会えて嬉しかった」
「ルーナ……さようなら」
「ええ、さようならアレン、どうかお元気で」
アレンは唇を嚙みしめてルーナに背を向けた。
振り返って駆け寄りたい衝動を抑えるだけでも必死だ。
アレンは心の中でルーナの名を何度も呼び続けていた。
アレンが去ったあと、しばらく泣き続けたルーナは、今までの人生を思い出した。
子爵家に生まれたとはいえ、名ばかりの貴族で貧しい暮らしが当たり前。
何とか学校には入れてもらえたが、平民も通う学校で、勉強といっても職業訓練のような授業が多かった。
看護の道を選んだのは、就職した後の給料に惹かれたから。
とにかく早く稼いで、華やかなドレスやアクセサリーが欲しいというささやかな乙女心で頑張っていた。
卒業後はそこそこ大きな病院に就職できたが、できる仕事は少なく洗濯ばかりだった。
何度か見かけた騎士服の男性に淡い恋心を抱き、その男性が来院する時間を狙って、わざわざ洗濯物の回収に歩いた。
その男性こそアレン・ワンド。
来る度に話しかけ、やっとデートにこぎつけた。
何回目かのデートの後で、アレンの口から聞かされた借金の話。
お金持ちの貴族と結婚する夢は破れたが、それを理由に別れるなんて考えられないほど、ルーナはアレンを好きになっていた。
給与の半分は家に入れ、無駄遣いをせず慎ましく暮らす日々の中、アレンとの逢瀬だけが生きる希望だった。
早くアレンと暮らしたいと焦っていたのかもしれない。
それはアレンも同じだったのだろうか、それとも終わりの見えない借金地獄から抜け出したかっただけなのか。
今となってはわからない。
とにかく私もアレンも間違えたのだ。
アレンは一気に問題を解決しようとし、私は心の中に封じ込めた物欲を抱えたまま、愛人という境遇を受け入れた。
きれいごとでごまかすのはやめよう。
私はアレンの愛を利用したのだ。
もう働かなくても食べることに困らない生活が欲しかった。
少しは贅沢がしたかった。
ワンピースではなく、ドレスを着て暮らしたかった。
それをくれるのがアレン以外の人だったら、私はどうしただろうか。
結局、私は堕ちてしまった。
悪魔の差し出した手をとったのだ。
文字通り宝石に目が眩んでしまった。
その宝石をつけるたびに、目くるめくような高揚感と罪悪感が交互に訪れた。
アレンにウソまで言って宝石に執着したのは、無理やり封じ込めていた私の醜い物欲だ。
他人の命と引き換えにするほどの価値が、それにあったのだろうか。
そしてその宝石を売ったお金は、これから先の罪人としての暮らしの助けになるらしい。
寄付金が多いほど修道院での扱いは良くなると聞く。
アレンはきっと少しでも私の苦労を減らそうとして寄付を望んだのだろう。
できればその金はマリア様のために遣ってほしかったが、それは唯の自己満足だ。
欺瞞に満ちた最低の考えだ。
宰相はそのことを見抜いていたのだろう。
奪った金で生きていく屈辱……。
しかし、罰は罰として粛々と受けるしかない。
それ以外に私に償える方法は無いのだから。
アレン、私の愛した人。
利用してごめんね。
でも愛していたのは本当なの。
あなたのこれからが、少しでも多くの幸せに包まれますように。
さようなら、アレン。
私を許さなくていいから、忘れないでいて。
ルーナは小さな窓に向かって手を合わせて祈った。




