22 誰が彼女を殺したか
アレンは全員の顔を見まわしてから声を絞りだした。
「ルーナ……第二夫人であるルーナを介して報告は受けていましたが、長期遠征中でしたので手紙でですが」
「医者を呼んで欲しいという要望は書かれていませんでしたか?」
「ありません」
「そうですか……そうなるとルーナ夫人の幇助容疑は確定ですね」
「どういうことですか?」
「メイド長も二人のメイドも数回に渡り、ルーナ夫人に医者を要請されているという事を伝えたと言っています。今は他家で働いているランドリーメイドからも証言を取りましたが、その娘は、医者を呼ぶことと食事を改善することを直接ルーナ夫人に伝えています。しかし夫人はそのすべてを無視した」
「無視?」
「ええ、あなた自身が証言したでしょう? 医者の要望は聞いていないと」
「私に報告しなかっただけで、呼んでいるかも知れないじゃないですか」
「あなた、それ本気で言ってます?当主にも執事にも知られないように医者を呼ぶ?」
「あっ……」
「それともう一つ。ルーナ夫人はメイド達と共謀してマリア夫人に割り当てられていた予算を横領しています」
「そんな……まさか」
「執事に確認しましたが、マリア夫人は自分の予算のほとんどを使っていたそうですね」
「ええ、私も少しおかしいと思い、帰ってすぐに確認を……」
「領収証は揃っていましたか?」
「ええ、ほとんどが宝飾類やドレスなどで、家具などの購入もありました。食費は確かに高いなとは思いましたが……」
「マリア夫人が着飾って出掛けることは?」
「私の知る限り……ありません」
「そうでしょうね。私も彼女の部屋を確認しましたが、何も持っていなかった。持っているはずの物さえ無かった。あなたも見ましたよね?」
「ええ……見ました」
「ではどこに消えたのか。今ウラを取っているところですが、証言が一致しているのでおそらく間違ってはいないでしょう。ある特定の商会を通じて偽の領収証を提出しています。その商会への謝礼は横領した金額の1割です。メイド達は現金で着服していますが、メイド長は家まで購入しています。そしてルーナ夫人は、豪華な宝飾類やドレスを購入し、請求先をマリア夫人にしていました」
アレンはルーナがつけていた豪華なブルーダイヤのネックレスを思い浮かべて俯いた。
「ルーナ……」
「マリア夫人の四半期予算は、相当な額だと聞きましたが? それがほとんど無いことに疑問は感じませんでしたか?」
「もちろんおかしいと思いました。つい数日前もルーナを呼んで……その時彼女がつけていたネックレスが……」
「お心当たりはあるようですね。確認するまでも無いですが、マリア夫人の予算を出したのは第二王子殿下です。ということは本件の被害者は第二王子殿下となり、王族への詐欺行為となるのです」
「王族への詐欺……ちょっと待ってくれ!」
「本来なら即日公開処刑ですが、もちろん待ちますよ。というより謎が多すぎる」
「すぐに返金できるように準備します」
「返金は当然ですが、金を返したから罪が消えるなんて思ってないですよね?」
「……勿論です」
宰相が口を挟む。
「金のことは後回しでよい。結局犯人は誰なんだ?」
「今までの状況を鑑みるに、実行犯と呼べるのは四人ですが、その全員が直接的に関与したわけでは無いので『未必の殺意』ということになりますね。しかしその相手が替え玉だったのですから、複雑すぎますよ」
「なるほど、しかしそこは少し置いておこう。要するに被害者を直接殺してはいないが、死ぬだろうと分かっていて止めなかったということだな」
「はい、その通りです」
アレンは膝をついて頭を抱えた。
「そういうことなら僕も犯人ですね……全く関わろうとしなかった」
「どこで切り分けるかは難しいところですが、あなたが抱えている罪悪感は当然だと思いますよ。個人的な感想ですが。それにしても不思議なのは足の怪我です。結婚式の後で屋敷に戻った時から怪我をしていたという証言があるのです」
アレンが顔を上げた。
「初日から?」
「ええ、屋敷に到着した直後には気づいていたと言っていますね。しかし本人から医者を要請されたのは、数日後だったようです」
「……わかりません……まったく気づかなかった」
そしてアレンは結婚式での事を全て告白した。
祭壇に昇るのさえ手を貸さなかったことや、誓いの言葉もキスも無く、ベールさえ上げずに一人で退場させたことなどだ。
馬車に乗る際に、見に来ていた誰かから生卵を投げつけられ、取り落としたブーケを蹴られた上に踏みつぶされたという話の時には、医者が口を押さえてアレンを睨みつけた。
最後まで黙って聞いていた近衛騎士長がポツリと言った。
「私が父親なら……その場であなたを切り捨てていますよ」
「はい、そうされても仕方がないほどの屈辱を彼女に与えたという自覚はあります。あの日はずっと泣いているルーナのことが気になって……絶対に気遣うところを見せてはいけないとそればかりでした。公妾の夫という覚悟が全くできていなかった……」
ロナルド公爵が声を出した。
「マリア嬢の父親であるエヴァンスは、心に余裕が無かったのでしょう。なんせ花嫁として替え玉を送り込んだんだ。私も同じですがバレずに終わってくれとばかり祈っていましたからね。後は妊娠の有無がはっきりする三か月の間にローラを見つけ出す事だけに集中しました。だから替え玉として頑張っているマリア嬢がどんな仕打ちを受けているのかなど、気にも止めなかったんだ。一度でも面会していれば……私も共犯だ」
宰相が公爵に言った。
「共犯かぁ……それを言うなら際限なく広がりそうだ。結局マリア嬢を殺した凶器は『無関心』と『保身』と『隠避』だな。そこにいろいろな欲が絡んだんだ。まるで人間が隠し持つ汚さや狂気の塊だね」
誰も言葉を発しなかった。
再び宰相が口を開く。
「国王には私から報告して判断を仰ぐが、落としどころは私の考えと同じだと思う。マリア嬢は結婚後に父親であるエヴァンスと一緒に出掛けていて事故に遭い死亡した。これが一番おさまりがいいだろう。マリア嬢の死と詐欺事件は切り離す。詐欺事件は表沙汰にはしないが、きっちり責任は取ってもらうことになるよ? それでどうだね?」
やはり誰も何も言わない。
宰相は一つ咳払いをして立ち上がった。
「後は任せてくれたまえ。君たちの最重要任務は守秘義務の徹底だ。頼むよ本当に。ロナルド公爵は私と一緒に国王のところへ行ってもらいます。アレンは第二王子殿下に『マリアが事故で死んだ』とだけ伝えてくれ」
全員が立ち上がり、それぞれの仕事へ散っていった。




