表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
17/43

16 ブロウ侯爵邸

 無言のまま屋敷についたアレンは、さっさと馬車を降りて屋敷に向かって歩いた。

 馭者が出してくれた踏み台が、ドレスの裾に隠れて見えなかったマリアは踏み外した。

 変な角度に捻った足首に強い痛みがあったが、声が出ないために誰も気づかない。

 いや、気づいたとしても誰も手を差し伸べないだろう。

 そう思ったマリアは、激痛に耐えて足を引き摺るようにして屋敷に向かった。


 まだマリアが玄関に到着する前に、もう一台馬車が到着した。

 振り返る間もなく、後ろから走ってきた人物にわざと突き飛ばされた。

 足を痛めているマリアは踏ん張ることができず、肩から石畳に突っ込んだ。


「アレン!」


 マリアを突き飛ばしたのは、先ほど教会で泣いていた女性だった。


「ルーナ! ああルーナ。可哀想に泣いていたね。胸が締め付けられたよ」


「私もよ、分かっていてもやっぱり辛かった」


 新婦の前で抱き合う新郎と女性の姿を、温かい目で見守る使用人たち。

 マリアは何の茶番に付き合わされているのかと腹が立ってきた。

 文句の一つも言いたいし、痛めた足の治療もして欲しい。

 でも誰もマリアを気にも留めていないのだ。

 例え声が出たとしても無視されることだろう。

 マリアは溜息を吐いて、抱き合う二人の横をすり抜けた。


 足首に心臓が動いたのかと思うほどズキズキしている。

 ロビーに置いてあった椅子に座り、ドレスの裾をまくって自分で確認した。

 ふと目を上げたとき、自分の夫にしがみついている女性と目が合った。

 その女性は、マリアの足を見て息を吞んだ。

 きっとこの女性が医者を呼んでくれると思ったマリアは、少し安心した。


「こちらです」


 一人のメイドがマリアの前に立った。

 足を擦っているマリアにお構いなく、さっさと歩き出すメイド。

 それを咎めない人たち。

 仕方なくマリアは一歩ずつ歯を食いしばって階段を上がった。

 メイドが立ち止まったのは、北側の端にある部屋の前だった。

 無言で開いて、顎をしゃくっているメイド。

 この部屋に入れとでも言っているのだろうか。


「早くしてください。私も暇ではないのです」


 マリアは心の中で『躾がなってない!』と叫びつつ、やっとの思いで辿り着いた。

 部屋の中にはライティングテーブルと椅子が一つ、そして使用人が使うものより多少はマシなのだろうか、シングルベッドがあるだけだった。

 開いたままのクローゼットには何も入っていない。

 ドレッサーはあるが、鏡は磨かれていなかった。

 

「鞄はそこに置いてありますから、自分でなさってください。風呂の用意はしてありますので、こちらもご自分でどうぞ。食事はここに運んできます。部屋から出ないでください。御用があればそのベルを鳴らしてください。手が取れるようなら来ますから」


 さっさと出て行ったメイドに呆れながらも、マリアは窮屈なドレスを一人で脱いだ。

 コルセットを外す時には、大いに手間取った。

 下着のままベッドのサイドテーブルに置かれたバッグを開け、カリアナから持ってきたままのワンピースを引き摺りだす。


『しわくちゃでボロ雑巾のようだわ』


 仕方なくマリアはそれを身に着け、足の状態を確認した。

 痛めてからずっと無理をしたのが悪かったのかもしれない。

 足首を動かそうとするとびりっとした強烈な痛みに襲われる。

 部屋を見回すと、部屋の隅に水桶があった。

 痛めた足を庇いながら、鞄の中からハンカチを出して、這うようにして水桶に行く。

 辿り着いた水桶に手を入れるとぬるかった。


 ハンカチを濡らし患部に当てるが何も感じない。

 冷やす必要を感じたマリアは、呼びベルを鳴らした。

 何度も振ったが誰も来ない。

 そこまで必死で耐えていたマリアだったが、遂に泣き出してしまった。

 暫し一人で泣いた後、マリアはベッドに横になった。

 少し埃臭いが、湿っているわけでもない。

 囚人にでもなったような気分で、マリアはそのまま目を閉じた。


 何時間か眠ったのだろう。

 窓を見ると星が見えた。

 ボーっと天井を見上げていると、ドアがノックされた。

 声が出ないので返事ができない。

 すると無遠慮にドアが開いた。


「返事ぐらいして下さい。食事を持ってきました。ここに置きますから勝手に食べてください。食器は廊下に出しておいてくださいね。それくらいはして下さいよ」


 マリアは冷たい水を持ってくるように言おうとしたが、メイドは全くマリアを見ていない。

 困ったマリアは、クッションを放って注意を促した。


「まあ! 何が気に入らないの! クッションを投げつけるなんて!」


 メイドは怒って行ってしまった。

 大きな溜息を吐くマリア。

 ふと見ると、食事はスープとパンだけだった。

 サラダさえない。

 これが新婚初日の食事かと思うと、マリアの目から再び涙が溢れだした。


 結婚式で張り付いていた騎士はもういなかった。

 きっと結婚式さえ終わらせれば、彼らの責任は終わるのだろう。

 いったい何がしたいのか。

 あと3か月もこんな暮らしを強いられるのか。

 マリアは食事をする気にもなれず、そのままベッドに横たわっていた。


 食事を持ってきてから20分も立たないうちに、食器を下げに来たメイドが何やら悪態を吐いていたが、マリアは聞いていなかった。

 眠っているわけでは無いが、楽しかったカリアナでの日々に心を飛ばすしか、正常な心を保てなかったのだ。

 バンという扉を乱暴に閉める音で、誰かがいたことに気づいたが、今のマリアにとってもうどうでも良いことだった。


 翌朝になっても痛みは引かず、マリアは骨折を疑ったが、医者を呼ぶ術もない。

 今は動かさないことが大切だと考え、目が覚めてもじっとベッドで横になっていた。

 朝食は運ばれてこなかった。

 昼前に一度メイドが覗きに来たが、まだ声が出ないマリアは寝たふりをしてやり過ごし、出て行ったあとで、ライティングテーブルに置かれた食事を見て笑ってしまった。


 昨夜と全く同じメニューのそれは、スープは冷え切りパンは硬くなっていた。

 もしかしたら、昨日食べなかったものをそのまま持ってきたのかと思った。

 マリアは、なんとか起きだし、パンを引き出しに入れて、スープは一口だけ口にしたが、残りは不浄に流した。

 たったこれだけの作業でさえ、額に脂汗が浮かぶ。


 足の怪我を見たはずの夫と抱き合っていた女性は、医者を手配する考えは無いようだと悟ったマリアは、声が出る様になったら、夫となった人に言って、何が何でも医者を呼んでもらおうと考えていた。

 しかし、その夫であるアレンは、その日の早朝には出張に出掛けていて、二か月は帰らない。

 そのことを知らされていないマリアは、ただ痛みに耐えながら待つしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ