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誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
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15 結婚式

 馬を何度も乗り換えて、休みなく走って戻ったマリアとドナルド。

 久しぶりの実家に到着したマリアは、その空気の重さに驚きを隠せずにいた。

 父親からは明日結婚するということと、3か月何も喋るなとしか言われていない。

 聞きたいことは山ほどあったが、とても聞けるような雰囲気ではなかった。

 メイド達も必要最低限の会話にしか応じないし、まるで監視するように女性騎士が二人張り付いて離れない。

 側にいてくれる姉も口を閉ざし、大丈夫だとしか言わない。


『とにかく3か月よ。3か月耐えればカリアナに戻れるんだわ』

 

 早々に風呂へ連れて行かれて旅塵をこそぎ落とされ、食堂に連れて行かれた。

 いつもより豪華だと姉が言った食事も喉を通らないほど疲れていたマリアは、深く考えることを放棄し、そのまま眠りについた。

 翌朝早くにマリアを起こしに来たメイドは少し涙ぐんでいた。

 金色の髪は結い上げられ、質素な髪飾りを付けられる。

 たったそれだけだったが、何も知らないマリアの心は少しだけ弾んだ。

 シンプルな白いドレスを着せられ、誰が準備したのか真っ赤なバラのブーケを渡された。

 美しいとマリアがバラの花びらを撫でて微笑んだ。

 厚手のベールにメイドが手を伸ばした時、部屋の中に父親と見知らぬ男が入ってきた。

 その男は名乗ることもせず、短い言葉でマリアに告げた。


「何も知らない方がお前のためだ。式の間にうっかり声を出さないためにこの薬を飲め。毒ではないから安心しろ。声が出なくなるだけだ。2日もあればもとに戻る」


 横で頷く父親を見ながら、無言の圧に負けたマリアは、出された薬を飲んだ。

 ひりっとしたが、特段体調に変化があったわけでも無く、男の言う通り声が出ないだけなのだと思った。


「式では誓いの言葉も無い。父親とバージンロードを歩き、新郎にエスコートされていればいい。もし薬が切れて声が出せるようになっても、誰にも事情を聴くな。それだけは絶対に守れ。お前が言っていいのは自分の名前だけだ」


 その男は、そう言い残すと部屋を出て行った。

 その後すぐにベールを被せられたマリアは、声を出そうとした。


「……」


 空気だけが口から洩れ、声にならない。

 声が出なくなる前に家族ともっと話せばよかったとマリアは後悔したが、すでにどうしようもない。

 相変わらず姉は大丈夫だからとしか言わず、父親に至っては顔も見ない。

 

 屋敷の前に用意されていた馬車に、三人で乗り込み教会へ向かう。

 馬車に乗る前に、門の影にいた見知らぬ女性数人から何か言われたが、騎士達が遠ざけたため、マリアの耳には届かなかった。

 滑るように馬車は教会に到着した。

 全ての準備は屋敷で整えて来たので、控室に入ることも無い。

 友人と呼べるほどの者も王都にはいないマリアにとって、父と姉だけが頼りだった。


「死ねばいいのに!」


 誰かの声が聞こえたが、マリアは自分のことだと思いもしない。

 顔色が悪いままの父親が手を差し出し、マリアはその手に白い手袋の指先を乗せた。

 騎士たちは相変わらずマリアの横と後ろに付き従い、周りを警戒している。

 何かがおかしいと感じたが、それを口に出すほどの勇気はない。

 出したとしても声にはならない。

 そう思ったマリアは俯き加減で、教会に入った。


 ふと見ると祭壇の上に見目麗しい男性が立っている。

 険しい目つきに少し戸惑ったが、今更だ。

 マリアは父親に導かれるまま、バージンロードを歩いた。

 数少ない参列者の中に、先ほどの男性を見つけたマリアは、静かに目礼をして、その眼前を通った。

 祭壇の下で父親が手を離す。

 通常ならここで新郎に変わるはずだが、当の新郎は迎えに来る気配も無い。

 戸惑ったマリアは父親の顔を見た。

 ベールで表情もわからないマリアから、視線を向けられたことを察したドナルドは、小さな声で言った。


「一人で上がって行きなさい」


 ベールも短くドレスもシンプルなので、一人で上れない階段ではなかったが、小さい頃から夢に見た結婚式とは大きく違ったことに、マリアは戸惑った。

 それでも止めるわけにはいかない。

 マリアは自分でドレスの裾を持ち上げて、三段の階段をゆっくりと上がっていった。

 見送る父親が最前列の姉の横に座ったことを確認した神官が、神の言葉を読み上げ、二人の結婚を祝福した。

 誓いの言葉は神官だけが言い、新郎は新婦マリアを見ようともしない。

 新婦側に座っている女性が、なぜか静かに泣いていた。


「誓いのキスを」


 神官のその言葉に新郎が反応した。


「必要ない」


 会場はざわめくこともなく、新郎の言葉を受け入れた。

 マリアは初めて聞く夫となる男の声に驚いてしまった。


『何をそんなに怒っているの? この人も事情を知らされずに連れてこられたのかしら』


 神父が二人の結婚が成立したことを宣言し、短い結婚式は終わった。

 後は新郎に手を引かれ、馬車に乗り込んで新居に行くだけだ。

 マリアはホッと胸を撫でおろした。

 

 そんなマリアを置き去りに、新郎であるアレンはさっさと歩き出す。

 マリアは数秒だけ迷ったが、仕方なく一人でアレンの後ろに続いた。

 一度も振り返ることなく足早に前を行く新郎と、ドレスに手こずりながらもできるだけ追いつこうとする新婦。

 ずっと黙って見ていたロナルド公爵がポツリと言った。


「惨いな……」


 自ら教会のドアを開いたアレンは、一度も振り返ることなく馬車に向かって歩いた。

 教会の敷地を出たところに止まっている馬車の周りには、数人の女性が立っていた。

 知り合いなどいないマリアは、きっと新郎の知り合いなのだろうと気にも止めなかった。


「早くしろ!」


 新婦マリアが夫から掛けられた最初の言葉がこれだった。

 結婚式を終えたというのに、ベールさえもあげてもらえず、唯一人歩くマリアを同情する者はいない。

 何の罰ゲームだろうと、ぼんやり考えていたマリアの胸元に数回軽い衝撃があった。

 ベールの中から見下ろすと、黄色い液体が真っ白のドレスに垂れていた。

 慌てて拭こうとしてブーケを取り落とすマリア。

 一人の女性が駆け寄り、マリアが落としたブーケを蹴りあげた。

 それを見ている新郎が声を出す。


「いいから早く来い!」


 蹴られたブーケを拾おうとしたとき、別の女性がそれを踏みつぶした。

 夫となった男はすでに馬車に乗り込み、マリアに手を貸す気配もない。

 マリアは諦めて、ドレスを持ちよじ登るようにして馬車に乗り込んだ。


「臭い! 離れろ!」


 ドレスを握りしめたまま、マリアはベールの下で涙を流した。


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