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誰が彼女を殺したのか  作者: 志波 連
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12 後始末

 捕縛に関わっていたロナルド公爵は、すでに王宮に待機していたため、文官として出仕しているドナルドと一緒に、宰相の執務室に着いた。


「ああ、待っていたよ。さあ掛けてくれ」


「終わったのですか?」


 ドナルドの声に、宰相は穏やかな微笑みを浮かべた。


「予定通りにな。ロナルド公爵のところの次男殿は、このまま移動させますよ。彼が一番重症だ、早い方が良い。それとも顔を見に行かれますか?」


「会う必要は無い。すぐにでも送ってくれて構わない」


「了解しました。ではそのように。そしてエヴァンス、昨日話した件だが、あの女の嫁ぎ先が決まった。アレン・ブロウ侯爵だ。周知する必要があるので挙式は必須だ。来週の日曜日にフルール教会でおこなうから、君が父親としてバージンロードを歩いてくれ」


 ドナルドは焦った。


「挙式を? するのですか?」


「ああ、公妾になる可能性があるからね。この件にはいろいろ金がかかったが、君には請求しないよ。本物のマリア嬢の戸籍を汚すんだ。慰謝料代わりにこちらで負担する。あの女は北の塔に入れているが、早急に君の屋敷に引き取ってくれ。ここで花嫁の準備をするわけにはいかないからね。ドレスやいろいろなものは君が準備してくれよ? なあに、一般客を呼ぶわけでは無いんだ。質素なものでいいだろう。ただし、見に来る奴もいるだろう。体裁は整えないといけない」


「来週の……日曜日ですね? 畏まりました。我が家では監禁していれば良いのですね? もちろんメイド達に最低限の準備はさせますが」


「逃がさなければどうでも良いよ。他には仲間もいない様子だしね。あの女一人では何もできんだろう?」


「そうですね……承りました。それと……この度は私の不徳により多大なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。なんとお詫びすれば良いのかわかりません。私は職を辞し、妻の里に引き籠ります」


 苦虫を嚙み潰したような顔で、ドナルドを睨んだ公爵が口を開いた。


「原因を突き詰めればお前の責任となるが、調査によるとあの女に先に声を掛けたのは愚息のようだ。罪のない実の娘の戸籍を汚すという罪を君は背負うんだ。お互い忘れよう」


「ありがたきお言葉でございます」


 宰相が世間話をするような口調で続けた。


「先ほど職を辞すと言っていたが、それはまずい。エヴァンス伯爵家は妾とはいえ王家に関わるのだ。今まで通り務めるように。なに、今回の事件は関わった当事者以外には知れていない。噂なんて三月もすれば消えるだろう? 王家の女性関係は口を噤むのが暗黙の了解、それに治療もするんだ。何も変えない方がいい。ああ、それと長女の結婚の件だが、来週の結婚式の後、その足で向かってくれ。全てはあちらで整えてくれる」


 そう言うと宰相は、執務机の引き出しを開けて大きな封筒を投げて寄こした。


「これが釣書だ。長女に渡してやれ」


「ありがとうございました」


「今日は早退して良いから、あの女を連れて帰れ。護衛はつける」


 公爵とドナルドは退出した。

 何度もぺこぺこと頭を下げるドナルドに、公爵が言った。


「もう済んだことだと言っただろう。それよりあの女から目を離すなよ? お前の屋敷の護衛だけでは心配だ。うちからも送るからしっかり見張れ。無事に当日を迎えよう」


 ドナルドは職場で早退する旨を報告し、平静を装いつつ北の塔に向かった。

 来週の日曜と言えば、あと10日。

 娘の結婚式までの時間としては悲しいほど短いが、あの女の監視期間としては絶望的に長い。

 ドナルドは何度も溜息を吐いた。

 北の塔に入ると、すでに護衛も待機しており、ローラが簡素なワンピースで立っていた。

 両手が見えないことから、手は後ろで縛られているのだろう。

 屈強な騎士が両方から挟むように立ち、後ろには女性騎士も控えている。


「ああ、久しぶりだねぇお父様?」


 ドナルドは応えず、用意されていた馬車にローラと女性騎士2人と共に乗り込んだ。

 前後に騎乗の騎士を従えて、馬車は静かに走り出した。

 王宮の裏口を出るまで誰も何も喋らない。

 王宮からエヴァンス伯爵邸までは、馬車で約30分だ。

 沈黙を破りローラが口を開いた。


「ラウムは? ラウムは来てくれるんだろ? ラウムはあたいを愛してるって言ったんだ」


「バカが……これ以上喋るな」


 ふつふつと湧き上がる怒りと、押し寄せる不安で胸が潰れそうなドナルドは、吐き捨てるように言った。

 屋敷に戻ると、リリーブランが不安な表情で待っていた。


「この女を部屋に入れたらすぐに向かうから、執務室で待っていなさい」


「はい、お父様。お疲れさまでした」


「あれ? お姉さまったら顔色が悪いねぇ。あたいが戻ったのがそんなに嬉しいのかい?」


 リリーブランは何も答えず、メイドに湯あみの準備をするように命じた。

 無視されたことに対して悪態をつくローラを無表情のまま見送り、父の執務室に急いだ。

 お茶の準備をしながら待っていると、今朝より10歳は老け込んだドナルドが、入ってくるなりソファーに座り込んだ。


「お父様、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫とは言い難いが、一応は片付いたよ」


 もうすぐ嫁いでしまう娘が淹れてくれた紅茶をゆっくりと味わいながら、ドナルドは今日の出来事を伝え、預かってきた釣書を手渡した。


「来週の日曜日、結婚式が終わったその足で向かいなさい。執事長と侍女長を同行させる。お前の気に入っているメイドがいるなら二人ほど連れて行きなさい」


「わかりました」


「私は同行できない。そのことは……申し訳ないが理解して欲しい」


「はい、畏まりました」


「どうしても辛かったら帰ってきなさい。二人でマリアのいる地に行って、静かに暮らすのも悪くない」


「ええ、どうしてもダメならそうしましょう。あまり時間もございませんから、私はローラの様子を見てから荷物の準備を始めます」


「ああ、よろしく頼むよ」


 ドアがノックされた。

 執事が入ってきて来客を告げる。


「お前にも紹介しておこう」


 執事に案内されて執務室に入ってきたのは4人の屈強な騎士だった。

 その騎士たちは、北の塔からずっと付き添っていた者たちだ。

 4人のうち2人は女性騎士というところに、公爵の用意周到ぶりが伺える。


「公爵様より、逃げるようなら足の腱を切るように言われております」


 リリーブランがドキッと肩を揺らした。

 それをチラッと見たひとりの騎士が、ニヤッと笑いながら目を伏せた。

 代表者が続けて言う。


「そうならないために我々が派遣されたのです。我々は交代しながらずっと張り付く予定ですが、屋敷の勝手もわかりませんので、できればエヴァンス伯爵側からも4人ほど護衛を出してください。それぞれがペアを組んで4交代にしましょう」


「了解した。今から部屋に案内させる。こちらからの護衛は後ほど紹介しよう。リリーブラン、彼らを案内して差し上げなさい」


 リリーブランは、頷いて騎士達を先導した。

 部屋の前に着いた一行は、部屋からの物音に顔を見合わせた。

 何かが壁にぶつかり割れた音がする。

 リリーブランが額を抑えて後ずさる。

 騎士たちは目配せをして、ドアを開けた。


「うるさいんだよ! ごちゃごちゃと! イースはどうしたんだ! ラウムはどこだ!」


 ローラがソファーに置いてあったクッションを掴んで、メイドに向かって投げた。

 それを受け止めたメイドが、よろけて尻もちをつく。

 尻もちをついたメイドに殴りかかろうとするローラの手を、騎士の一人が止めた。


「何しやがんだ!」


 騎士は何も言わず、ローラを引き摺ってソファーに座らせた。


「誰だ! あたいはこの家の令嬢だよ! 逆らう奴はみんなクビにしてやる!」


 ドナルドに代表して挨拶をした、少し年配の騎士が言った。


「お嬢様、私共はお嬢様の結婚式まで安全をお守りするために来たのです。この家の者ではございませんので、お嬢様の命令には従いません。大人しくして下さい」


 ローラは腕を取られたままギロッと騎士を睨みつけた。

 ドアのところで立ち竦むリリーブランを見つけて声を上げる。


「ちょっと! この家のモンじゃないってどういうことだい! あたいでダメならあんたが言っておくれよ。一人になりたいんだよ! それくらい良いじゃないか!」


 先ほどの騎士がリリーブランの代わりに返事をする。


「お嬢様は完全監視下におかれます。夜間は女性騎士が室内に留まりますよ」


 後ろから二人の女性騎士が首を動かすだけのお辞儀をした。

 やっとリリーブランが声を出す。


「諦めなさい。たった10日のことでしょう? 自業自得よ。大人しくなさい」


 返事の代わりに飛んできたクッションが、リリーブランに当たる前に受け取った騎士は、ゆっくりと歩いてソファーの上に戻した。


「これ以上騒ぐなら猿轡を嚙ませます。暴れるなら手足を拘束します。私たちにはその権限があります。静かにしなさい」


 威厳に満ちたその声に、ローラは俯いて大人しくなった。

 ほっと息を吐いたリリーブランに、メイドが耳打ちをした。


「ご主人様がお客様を伴われて、間もなくこちらにおいでになります」


 騎士の顔を見ると、すでに知っていたのか小さく頷いた。

 リリーブランは、すでに自分の理解の範疇を大きく超えていることに改めて気づき、もう何も言うまいと決心した。

 ドナルドと一緒にやってきたのは、目つきは鋭いが、全体的にふわっとした印象を与える美丈夫だった。


「こちらはアレン・ブロウ侯爵だ。マリアを娶って下さる方だよ」


 リリーブランは、その男の不運に息を吞んだ。


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