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セフィロトプロジェクト  作者: 魑魅
王国への旅立ちと登攀の始まり
3/6

憧れ

 食事を終えてのんびりしていると洗い物を片付けた母さんが目の前に座った。


「やっぱり町に行きたい?」


 突然かけられた問いにドキッとする。不自然にならないように強張った顔をやわらげ返事をする。


「どうしたの急に」

「急にじゃないわよ。あなたも今日で15歳、大人になるんだしたいていの子は親の仕事を手伝ってそれを職にするか、どこかの鍛冶や大工とかの工房に弟子入りするわ。でも母さんがやっている針仕事は女性ばっかだし、この村じゃ自分の子供以外を雇って弟子にするくらいの大きな工房はないわ。何か仕事を探し始めないといけないでしょ」

「うぐっ。でもなんでそれが町に行く話になるのさ。頼めばこの村の中でできる仕事も――」

「なりたいんでしょ。挑戦者」


 焦った僕の言葉を断ち切るように母さんは核心を突く。その物言いは穏やかで、まるで最初からすべてわかっていたかのような母さんの言葉に動悸が早くなる。


「な、なんでそう思うのさ?」

「なんでそう思うか、ね。父さんの話をするたびあんなに目を輝かせているんだもの。特に挑戦中のこととなると本当に光っているんじゃないかって勘違いするほどよ」

「でも僕が町に行ったら、それじゃ母さん一人になっちゃうよ」

「もう、そんなこと子供が気にするんじゃないの。そんなこと言ったらこの村にだって、父子ともに街に出稼ぎに行ったりして普段は一人で暮らしてる人なんてざらにいるし、なんだかんだみんなで助け合って過ごしているわ。問題ないわよ。」


 さっきは大人と言ったと思えば、次は子供という。それに今聞きたかったことは一人でも暮らしていけるかということではない。


「母さんはさ、嫌じゃないの、僕が挑戦者になること」

「あら、どうして」

「どうしてって、だって父さんは挑戦中に死んじゃったんでしょ、母さん、父さんの話するときいっつも寂しそうだし悲しそうだよ。確かに挑戦者は夢のある仕事かもしれない、憧れもある、でも父さんみたいに死んじゃう人が出ることも珍しくない仕事でもあるんでしょ?」


 母さんの語る冒険譚に夢を見た。憧れもした。父さんが死んだということもあり、挑戦者になってしまったら自分も死んでしまうのではないかという恐怖もあった。ただそれを超えるほどの熱い思いもあった。けれど一つの不安がその思いに蓋をした。

 言葉を紡ぐたびに声が震える。


「僕が町に行ったらただでさえ母さんを一人にしてしまうのに、僕がもし父さんみたいに帰ってこなくなって母さんが独りになっちゃったら、また母さんを悲しませてしまうんじゃないの?母さんは本当に独りなっちゃったら寂しくはないの?」


 聞いてしまった。本当は聞くつもりはなかった。母さんを独りにしてしまうのではないかという不安。思いに蓋をしてこの村で平和に暮らしていれば夢は見れた。憧れもできた。でも母さんの答え次第ではそれらを捨てなければならないと思ってしまった。だから本当は聞くつもりはなかった。


「なんだ、そんなことで悩んでたのね」

「そんなことって」

「はぁ、そんなことよ。少なくとも母さんにとってはね。」


 まるでもっと深刻な何かに悩んでいたと思っていたかのように、母さんは少しあきれながらもとても落ち着き払った様子だ。


「そりゃあ母さんだって一人になるのは寂しいし、もしアインが死んだなんて聞かされたらとっても悲しいわ。父さんのときだって三日三晩は泣きはらしたんだから、次は干からびるまで永遠と泣き続けちゃうわよ」

「じゃあ――」

「でもね、子供の夢を邪魔してまで自分の感情を押し付けることなんてしないわ」


 声は穏やかなのに、今までに聞いたことのないくらい力強く聞こえる母さんの言葉に息をのむ。


「もうそんな顔しないの。それとアイン、忘れているかもしれないけれど母さんも挑戦者だったのよ。父さんと一緒に塔を登って幸せな未来を夢見たし、自分たちより強い魔物を倒す挑戦者に憧れもしたわ。苦難や苦痛も多かったけれど、それ以上に楽しみや充実感、満足感があった。何より挑戦者だったから最愛の人にも出会えた」


 母さんはゆっくりと席を立ち僕の横へ移動すると、うつむいてる僕の頭に手を置きゆっくりとなでる。


「それに母さんね、挑戦者にはなるな!なんて言える立場じゃないのよ」

「えっ」


 言っていることがよくわからなくて顔を見上げ母さんの顔を見る。すると撫でていた手にぐっと力が入り、下を向かせられるとまたゆっくりとなで始める。一瞬しか見えなかった母さんの顔は、とても遠くを見つめながら何かを懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも取れる表情を浮かべていた。


「母さんね、家を飛び出しちゃったの、挑戦者になりたいって言ったら両親から反対されちゃってね。でも、どうしてもなりたかったから荷物をまとめて出ていこうとしたときにね、父にいわれちゃったのよ。「勝手にしろ!だがもうお前を娘とは認めん!二度と帰ってくるな!!」って」


 淡々と話す母さんの言葉に返す言葉が見つからず、ただ俯いたまま下唇をかみしめる。


「最初はね挑戦に夢中だったし、忙しさや高揚感で気にならなかったんだけど。後からね、気になってくるものなの。ふとした瞬間に思い出して小さなしこりが残るの。そのしこりが大きくなっていって胸の奥からジュクジュクって何かがあふれ出してくるの。それが何なのかわからないけどとっても気持ち悪くて気持ち悪くて、いつの間にか涙が出ていたわ。そのときね、あぁ私は父の言葉に傷ついていたんだって気が付いたわ」


 撫でる手が止まったので顔を見上げると、母さんの目はこちらをまっすぐ見つめていた。撫でていた右手を肩に、左手を僕の胸の上に添える。


「親の言葉っていうのはね、意外と残り続けるものなのよ。どんなに仲が悪くても、嫌いだと思っていてもね。はっきりと痛みを主張してくれればいいのに、地味な痛みを与えてきてほんと厄介。ほんとはもっといい別れ方があったんじゃないか。あの時きちんと話し合っておけばよかったんじゃないかって、後悔の波が私を攻め立ててくるようで、このあたりがとても気持ち悪くなるわ」


 添えられた左手をグーッと押し込まれる。


「アインにはそんな思い絶対にしてほしくない。母さんはそう思ったの。だからアインがなりたいものについてちゃんと聞くし、応援したいとも思っている。そりゃあ何か悪いことをするっていうなら全力で止めるけれど。挑戦者は母さんも父さんも通った道だもの。なりたいなら応援するし、何なら父さんにもたどり着けなかった場所へ行ってほしいわ。だからそんな悲しそうな顔をしないの。おりゃ」

「わわっ、何すんのさ母さん」


 母さんは泣きそうな僕の顔を両手で挟み込むと、口角を持ち上げるように頬をぐりぐりと回す。いきなりのことに戸惑うが、急いで母さんの腕をつかみ手を引き離そうとする。しかし、さすが元挑戦者衰えているとはいえなまじ力が強く全然引き離せない。


「よし、いい顔になった。まあ、(こん)()が出現してから決めてもいいわ。何はともあれどんな道を選んでも応援してあげるから、きちんと考えて決めなさい」


 満足したのか僕の頬から手を離すと、それだけを言い残して自分の部屋へ戻ろうとした。

僕はもみくちゃにされた頬を押さえながら、見えなくなる寸前の母に声をかけた。


「母さんはさ、今でも後悔してるの?そのときのこと」


 母さんは一瞬だけ動きを止めたが、そのまま何も言わずに部屋の中へと入っていった。答えたくなかったのかと思い少し後悔していると。


「父さんがね、親へ挨拶に行くんだって言って。やんなくていいっていうのに嫌がる私を無理やり連れてったの。なんやかんやあったけど、まぁ、父にすごく叱られたわ。「一度も連絡寄越さんで!」とか、帰ってくるなって言ったって言い返したら、「あれは家出娘への常套句だ、本気なわけないだろ!」とか、もう理不尽よね。そこで関係ないはずの父さんが黙って一緒に叱られてくれるもんだからおかしくておかしくて、途中で吹き出してしまったのよ。そのせいでもっと叱られたんだけど。そのあと父さんが父に、母さんが挑戦者としてどれだけ頑張っているかだとか、どれだけ必要とされているだとか語るものだから、恥ずかしくて止めようとしても全然止まらないし。まあそのおかげか父ともきちんと話し合って理解してもらうことができたわ。あのときの父さんはかっこよかったわよ」


 半開きの扉越しに話していた母さんが、最後のセリフだけひょこっと顔を出しまた部屋へと戻る。そこには満面の笑みが浮かんでおり僕は少し安心した。

アイン君のことをマザコン気質にしすぎたような気がします。

皆さんは大切な人を残していったこと、残されたことはございますか?また、もう二度と会えないと思っていた人に会えたならどうしますか?

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