後編
「やぁ、おかえり。随分と遅かったね」
「ごめんなさい。少しトラブルがあって遅れてしまいました」
帝都の騎士団本部に戻ってきて、トワエスにエメラルドとトパーズを渡す。
受け取ったものを確認すれば、彼は口角を上げて"ありがとう"と笑った。
「うん。ちゃんと受け取った。これで一安心だ」
「……では、私はこれで。またのご利用お待ちしています」
「気を付けて帰るんだよ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
報酬はギルドカンパニーにて受け取る契約になっているので、私はそのままトワエスに頭を下げて、長居は無用と騎士団本部を離れる。
この時間で開いているお店は限られているので、私はそこで夕御飯になりそうな食材を買ってからギルドカンパニーにて報酬を受け取り宿屋までの帰路についた。
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「………ん」
宿屋へと帰ってきて2階に続く階段を登ると、そこで私は自分の部屋の前に誰かが居るのを発見する。彼は扉の前に両膝を立てて座っていて、顔を突っ伏して項垂れていた。
声を掛けると彼は私の方に顔を向けて"おかえり"と口にし、よいしょと立ち上がる。
「遅かったな。待ちくたびれたぞ」
「リオール? いつから待ってたの?」
「んー。……宿の仕事が終わってからだから、……3時間くらい?」
「さ……」
待っていたのは、リオールだった。
リオールの言葉に吃驚する。見ると、彼の手には紙袋が握られていた。
3時間も待ってくれていたんじゃ、いつまでもここで立ち話はしていられない。すぐに私は部屋の扉を開けて、リオールと一緒に部屋の中へ入った。
「ごめんなさい。貴方が待っていてくれていたってわかっていたら、早く済ませて帰ってきたんだけど……」
「いや、気にしないでくれ。俺が好きで待ってたわけだし」
何か温まる物を。そう考えて、リオールをベッドの上に座らせてホットミルクを淹れる。リオールの好みは確か、少し多めの砂糖とはちみつ。シナモンはひとつまみ……だったよね。
分量を確認しながらホットミルクを淹れる事数分。隣に腰を降ろして出来上がったホットミルクを渡すと、彼はそれを受け取りながら口角を上げた。
「さんきゅ。……はあぁ、あったけぇ」
「熱いから気を付けて」
「大丈夫。冷えきってるから」
ズズズ、とカップに口を付けてホットミルクを飲む。夜の帝都はだいぶ冷えるから、その中で3時間も待っていたとなると結構大変だったのだろう。
「………? その頬どうしたの?」
「ん? ……ああ。ちょっと喧嘩に巻き込まれちゃってさ」
外に居た時は暗くて気付かなかったけれど、リオールの顔の右頬の所には湿布が貼られていた。お姉さんの頼みで買い物に出掛けた先で、酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれてしまったそうだ。
幸い、殴られただけで大した怪我はしていないそうだけれど、私にしてみれば殴られた時点で相当な怪我である。
「痛くないの?」
「心配する必要ないって。明日には腫れも引いてるだろうし。……と、そうだ。これ」
「?」
私に不要な心配はさせないようにか、その話題は早々に切り上げてリオールは隣に置いていた紙袋を私に渡す。小さな茶色の紙袋だ。
それを見て、私は首を傾げて頭の上に"?"を浮かべた。
「これは?」
「ギルドを立ち上げて無事に1ヶ月経ちました。って、その記念の品」
「……見ても?」
「どうぞご自由に」
紙袋の中を見る。その中には紺色のケースが入っていた。長方形の横に長いケース。それを手に取り蓋を開けると、そこには髪飾りが入っていた。
水色とクリーム色のグラデーションが綺麗な髪飾り。目を見開いて、私はリオールを見る。
「リオール、これ……」
「それ買うの、結構苦労したんだ。おかげでここ数日筋肉痛が酷くてかなわん」
紺色の長方形横長ケースからだいたい予想はしていたけれど、まさかこんな高そうな物を貰えるなんて…。しかもそれを出会ってまだ2ヶ月も経っていない男性から。
髪飾りを手に取って、まじまじと見つめる。これ、私に似合うだろうか。
「……ありがとう。大切にしますね」
「ああ」
ホットミルクを飲み干す。美味しかったようで、彼の表情には"満足"という言葉が滲み出ていた。
「……そういや、見つかったのか? 顔を元に戻す方法?」
「? ……、ううん。全然。探してはいるんだけど、成果はなし」
「……………うーん」
空になったカップを弄りながら、彼は天井を見上げる。私はケースの蓋を閉じて、紙袋を棚の上に置いた。
両頬に指を添えると、プニッと皮膚と肉が少し凹む。
「俺も、時間が空いてる時は聞き込みとかしてるんだけど、なかなかそういう話は聞かないんだよなぁ」
「……………」
「……、まぁ、そんな気を落とす事はないって。気長に……は、ちょい無責任な感じするけど、地道に探していけばいつかは見つかるだろ」
言って、リオールは寝転がる。
私のこの顔は、本当の私の顔ではなく、偽りの顔……つまりは嘘っぱちの仮初めの顔なのだ。私の本当の顔は、今は何処にあるのかわからない。
とある森の奥地にある廃墟になった城へ行った際に手違いでそこに封印されていた鏡を割ってしまった事で、その時から私は本来の顔を奪われて今の不細工な仮初めの顔になってしまった。割ってしまった鏡は私の顔を奪ったあとでその場から消えてしまい現在行方知れずだ。
おかげで、この2ヶ月の間で私は"帝国領一の不細工な少女"として有名になり、それまで勤めていた仕事も辞めざるをえなくなってしまった。
「……あの時、俺が鏡の存在に気付いていればな」
「リオールのせいじゃない。あれは完全に私の落ち度だった。私があの時すぐに部屋を出ていればこんな事にはならなかったもの」
「………、そのせいでお前は顔がそんな風になって、あの胸糞上司のせいで仕事も辞めなくちゃいけなくなった。……ほんと、あの仕打ちは今思い出すだけでも嫌な気分になるよ」
私が顔を奪われた時、その場にはリオールも居た。リオールは気を付けてくれていたけれど、そんな彼の言葉も聞かずに私はあの鏡が封印されていた部屋に入ってしまって、この様。
後悔はもうとっくに通り過ぎているけれど、思い出すと今でも悲しい気分にはなる。
「この2ヶ月、大変だったけど良かったよ。お前にまた働けるクチがあって」
「リオールのおかげだよ。リオールがギルドカンパニーで働いてる友人に話をしてくれなければ、私はまだその辺でぐだぐだしてたもん」
「お前がそうなったものの半分は俺のせいだしな。色々と責任は取らないと。仕事も含め、鏡の事とかさ」
ふあぁ、と欠伸をする。ホットミルクを飲んで眠気が襲ってきたのか、彼はそのまま目を閉じた。まさかここで寝るつもりなのか。
「ここで寝るの?」
「今帰ると母さんがうるさいんだ。だから今日はここに泊まる」
「……誤解されない?」
「誤解? ……あー、大丈夫だろ。俺たちの間にやましい事なんてなんもないし。明日の朝、母さんが起きる前に帰れば問題はない」
「………。そう、だね」
そんじゃ、おやすみ。そう言って、リオールは眠ってしまった。彼の手から空のカップを取り上げて、紙袋の隣へ置く。
はぁ。と、溜め息を吐いて、私は部屋の隅にある椅子から毛布を持ってきてそれを彼の身体にそっと掛けた。足を伸ばさずによく寝られるものだ。
「……………」
ベッドから立ち上がり、窓を開ける。心地の良い風が部屋の中に入ってきて、落ちていた気分が晴れやかになる感じがした。
今日の依頼を思い返す。今日の依頼は3件だけだったけれど、どれもやりがいはあった。特に3件目のエメラルドとトパーズの依頼。騎士団隊長トワエスの依頼はこれで2回目だったけれど、今回も1回目と同様に退屈はしなかった。1回目の依頼は確か下っ端部下の剣の稽古相手をして欲しいとの依頼で、手加減なくやったら下っ端部下をボコボコにしてしまって泣かせてしまったのを覚えている。
あれは流石にやりすぎたと反省点だったけれど、そのあとでその下っ端部下から何度も稽古相手をしてくれとお願いされて大変だった。ちなみに、今でもそのお願いは続いていて定期的に相手をしている。
「……………あの人、大丈夫だったかな?」
3件目の依頼で思い出すのは、あのベテルという男性。女性から言われた勝負をせずに宝石だけ渡して帰してくれたけれど、あのあと、あの女性には何て言って切り抜けたのだろうか。
今度、時間があったらチェスのルール調べてやってみようかな。
「………ん。ふあぁ」
月明かりに照らされた街並みを見ていたら眠くなってしまった。
欠伸をして、窓を閉める。ベッドはリオールが使ってしまったから、何処で眠ろうか。
「………、床で寝る?」
でも、床で寝ると翌日背中が痛くなってしまう。前にそれをやって激しく後悔した。
隣で寝させて貰うっていうのも考えたけれど、それはなんとなくリオールに悪い気がする。本人はそれでも気にしなさそうどけれど、……私の気持ち的に、それはちょっと問題だ。
「仕方ない。今日は床で寝よう」
うん。そうしよう。そう思って、私は控えの毛布を持ってきて床に寝転がる。
目を閉じて、今日一日の反省を頭に浮かべながら、そのまま深い眠りに付いた。翌日、起きたら背中が激痛だったのは言うまでもない。
+
帝国領一の不細工と噂されている少女が、ギルドを立ち上げたらしい。
そのギルドの名前は"何でも屋カエラ"。カテラとは帝国領に昔から住んでいると言われるコモンという一族の言葉で"信頼"を意味する。
少女の名前は、セルシナ。
これは、本来の顔を奪われ、謎の鏡によって仮初めの不細工な顔にされてしまった哀れな少女の、のんびりとした"何でも屋スローライフ"である。