中編
帝都から離れて、北の鉱山。
長い時間を掛けてここまでやって来た私は、早速騎士団隊長トワエスに依頼されたエメラルドとトパーズを採掘するため、鉱山の中へ。
足を踏み入れると、そこには鉄骨で敷かれたレールが真っ直ぐ奥に向かって伸びていた。この鉱山に来るまでの道中で調べた事だが、どうやらこの鉱山では昔、宝石の採掘作業が盛んに行われていたらしい。
レールの上にトロッコを乗せて、採掘した宝石を運ぶ。昔の時代では宝石採掘は稼げる仕事だったらしく、人気の職業だったのだとか。ちなみにトパーズという宝石の事も調べて、トパーズとは黄色い宝石なんだとも知りました。
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「おっと止まりなお嬢ちゃん! ここから先は俺らエスメラ盗賊団の縄張りだ!」
「……………」
松明を持って鉱山の奥地まで歩いていくと、しばらくして広い場所に辿り着いた。ここには灯りが至るところに置かれているようだ。
中に入ろうとすると、私の身長の2倍はありそうな屈強な男性に声を掛けられて止められてしまった。エスメラ盗賊団。聞いた事のない名前だ。
「どういう理由でここまでやって来たのかわからねぇが、引き返しな! さもなければこの俺様の剣がお嬢ちゃんの喉をちょん斬る羽目になるぜ!」
「……はじめまして。私、ギルド"何でも屋カテラ"のセルシナと申します。本日はご依頼者様のため、エメラルドとトパーズを採掘しに参りました。貴方は、ここの住人の方ですか?」
「あん?」
男性は、私を見て訝しげな表情を浮かべる。
お嬢ちゃんなんて言われたのは初めてだ。
「おいおいお嬢ちゃん。俺の話を聞いてたか? 引き返しなっつってんだよ!」
「いえ。エメラルドとトパーズを採掘してからでないと帰れません。信用問題になるので」
「あぁん?」
エメラルドとトパーズが無ければ結婚指輪は作れない。エメラルドとトパーズが無ければ、騎士団隊長トワエスのご友人様が結婚出来ない。そうなってしまえば大変な事になってしまう。
ご友人の事をあまりよく知らないのでわかりませんが。
「てめぇ、こっちがお優しく提案してやってんのにその態度はなんだあぁん!? ぶっ殺すぞ!!」
「何の騒ぎだ!」
「! あ、姉御……っ!」
「………?」
男性の怒声を浴びる。するとそこに一人の女性が同じく怒鳴りながら男性の後方から歩いてきた。
男性は女性の方を向いて目を見開き、慌てて道を開けて頭を下げる。男性が目の前から引いたため、やって来た女性の顔がはっきりと見えた。
「……なんだい、あんた?」
「はじめまして。私、何でも屋カテラのセルシナと申します。本日はこの場所にエメラルドとトパーズを採掘しに参りました」
「カテラ……? ああ。なんか聞いたことある名だねぇ。なるほど、あんたがそうなのか」
男性にも言った台詞を女性にも言う。
私の言葉を聞いた女性は、腕を組んで眉をひそめた。
「……残念だが、もうここにある宝石は全部あたしのもんなんだ。カテラさんに渡す分の宝石はどこにもありゃしないよ。わかったら、大人しく帰りな」
「あたしのもの……? この鉱山で採れる宝石は誰のものでもありませんが?」
「さっきまではな。だが、これからはあたしのもんなんだよ。いいから帰んな。ここはあんたのような奴が来るとこじゃねぇんだ」
「…………」
ふむ。これは困った。
エメラルドとトパーズを手に入れなければ帰る事は出来ない。かと言って、宝石を分けてくれとお願いしてもこの様子では聞いてはくれなさそうだ。
「では、ここの他に宝石が採れる場所を知りませんか? そこで採掘しますので」
「ああ。他んとこも駄目だ。この鉱山一帯、既にあたしらエスメラ盗賊団が占拠してるからな。どうしても宝石が欲しいってんならここ以外の場所を探すこった」
「……………」
ここ以外の場所。ここ以外の他の鉱山。確かに、ここ以外にも鉱山は沢山あるけれど、私が把握しているものだとみんな帝都からだいぶ離れた場所に位置していて、到底一日や二日では辿り着けない。
依頼を受けたのならたとえどんな事があろうとも一日以内にすべて完遂する。をモットーにしている私としてはそれはまったく許容出来ない事だ。
「それはとても嫌なのでお断りします。全部とは言いません。一つずつで良いので、譲っていただけませんか?」
「はぁ?」
駄目に決まってんだろ。舐めてんのか。と、言わんばかりの女性の表情。
ああ言えばこう言う。の攻防でどんどん時間は過ぎていき、その間でも私も女性も自分の意見は覆さず、一歩も足を引かなかった。
「……はぁ。ったく、なんなんだてめぇは」
「宝石を採らせてくれるまでは帰る訳にはいきません」
「だから駄目だっつってんだろ」
こんな事をしていると、時間がどんどん無くなっていってしまう。私には時間がない。早くエメラルドとトパーズを持ってトワエスの元へ帰らなければ。
依頼の失敗など、言語道断だ。
「…………では、こうしましょう」
「あん?」
「私と勝負してください」
「勝負?」
「はい。もしその勝負に私が勝った場合、エメラルドとトパーズを貰っていきます」
「あたしが勝った場合は?」
「仕方がありませんので、今日の所は大人しく帰ります。これでどうでしょう?」
「………はっ。勝負ねぇ。悪くねぇな」
「……………」
「……よし! わかった! その勝負受けようじゃねぇか! ……んで、何で勝負するんだ?」
「勝負の内容はおまかせします。どんなものでも構いませんので」
「……ほぉ。強気じゃねぇか。んじゃあお言葉に甘えて、勝負の内容はあたしが決めさせて貰う。ついてきな」
言って、女性は踵を返して歩いていく。ついていくと、女性は私をとある一つの部屋に招き入れた。
部屋の中に入ると、そこには一人の男性が居た。男性は部屋に入ってきた私と女性に気付いて、顔を此方に向ける。
「こいつは、最近あたしらの仲間になったベテルって男だ」
「……………」
ベテル。と呼ばれた男性は、女性と私の顔を見て眉をひそめる。何か用かと聞かれると、女性は私を指差して、彼に向けて"こいつと勝負をしてくれないか?"と口にした。
は? と、ベテルと私は同時に頭の上に"?"を浮かべる。
「勝負の相手は貴女じゃないんですか?」
「生憎だが、あたしは誰とも勝負はしない主義なんだよ。だから、あたしの代わりにこいつがあんたの対戦相手だ」
「……………、勝負って?」
「勝負の内容はチェスだ。そこに駒と盤があるから、適当にやってくれ。それじゃ、あたしはやることがあるから」
そう言うと、女性はそそくさと部屋を出ていってしまった。
残された私は、ぽかんとしてその場に立ち尽くす。適当にやってくれって言われても一体どうすればいいのか。
「おい」
「?」
「見掛けねぇ顔だけど、お前なんでこんなとこに来たんだ? ここはお前みたいな奴が来るとこじゃないぞ?」
「……私は、ここに宝石を採掘しに来たんです」
「宝石?」
「はい。エメラルドとトパーズをご依頼者様に頼まれまして。調べたら、この場所で採れると知ったので」
「……そしたら、あの女に捕まったってわけか」
よくあるヤツだな。と、ベテルは言って、部屋の隅に置いてある麻袋の荷物の中から何かを取り出し、それを私に投げ渡す。
受け取ると、それは宝石だった。緑色と黄色の綺麗な宝石。エメラルドとトパーズだ。私は、その二つの宝石を見て首を傾げる。
「……これは?」
「それが欲しかったんだろ? 持ってけ」
「………勝負はしなくていいんですか?」
「ああ。勝負なんてしても、あの女の事だ。きっと勝ち負けに難癖付けまくって無理やりお前を追い返すだろうよ」
「……貴方は、仲間じゃないんですか?」
「は? 冗談だろ? 俺はあいつらの仲間になったつもりはない」
「でも、最近入った新人って……」
「そういう事にしてるってだけ。誰が好き好んで盗賊団なんかに入るかよ」
ベテルは言う。
何か、事情がありそうだ。
「……では、お言葉に甘えてこの宝石は貰い受けます」
「ああ」
お礼を言って、エメラルドとトパーズを持っていた荷物袋の中へ。紆余曲折あったけれど、これで依頼は完了だ。
あとはこの宝石を無事に持って帰ってトワエスに渡せば、本日の依頼はすべて終了となる。
「でも、ここですぐに帰ってしまえば怪しまれますよね」
「そうだな。……なら、しばらくここに居るといい。俺とお前が勝負してた形跡を残しておかないといけないしな」
「勝負の内容はチェス、でしたね。……でも私、チェスのルール知らないんですけど」
「は? そうなのか? ………って、そうか。そういや、帝国領だとチェスやる文化はあまりないんだったな。あの女、その事わかってて吹っ掛けてきたのか」
麻袋の隣に乱雑に置いてあるチェスの駒と盤を手に取り、テーブルの上に置く。
チェスの駒は黒と白の二色に分かれていた。黒い駒をベテル、白の駒を私の手持ちの駒として、盤の上に2列に並べる。
「チェスのルールは簡単だ。この6種類の駒を白い駒から順に一つずつ交互に動かしていって、どちらかのキングの駒を先にチェックメイトした方の勝ち。駒にはそれぞれに名前が付いているが、……実際にやるわけじゃないからこれは知らなくていいだろ」
チェスの盤の上に置いた黒と白の駒を交互に動かしていきながらベテルは私にチェスとは何かを教える。
話をしながら次々と駒を並べていき、一つの白の駒が一つの黒の駒を追い詰めた所でベテルの手が止まった。
「……うん。これでなんとか誤魔化せるだろ」
「………、これは、私の勝ちですか?」
「ああ。上手く誤魔化せるように、あえて拮抗した戦いの中で辛くもお前が勝ったっていう風にしてみた」
「……………」
チェスの盤の上に綺麗に並んでいた黒と白の駒が、今はそれぞれ元の場所から移動してバラバラの位置に置かれている。
私の勝ちだと言っていたけれど、よく見たところで何がどうなってどうやって勝ったのかさっぱりちんぷんかんぷんだ。
「さて、そろそろ頃合いだな。あの女に見つかると厄介だ。隠し通路を教えてやるから、そこから帰んな」
そして数十分後。ベテルは私の腕を引いて、部屋を出る。ベテルの言っていた隠し通路は部屋を出てすぐの所にあった。
通路の入り口を三つの木箱と積み上がった木材が塞いでいて、それを私とベテルは協力して別の場所へと移動させる。
「ここから行けば真っ直ぐ行くだけで外に出られる」
「ありがとうございます。色々と」
「礼なんていらない。ほら、さっさと行け」
「……………」
ペコリと頭を下げて、私はベテルに背を向けて歩き始める。私が歩き始めたのを確認すると、ベテルは木箱と木材を元の場所に戻して、隠し通路を塞いだ。
隠し通路を抜けて外に出ると、外はもう日が落ちていて暗かった。端末で時刻を確認する。8時17分。随分と遅くなってしまった。
「……早く帰らないと」
端末をポケットにしまって、私は走り出す。鉱山から帝都までは急げばそんなに時間は掛からず辿り着く事が出来る。
暗いので、怪我をしないように気を付ける。ベテルには感謝してもし足りない。もし今度出会う事があって困っていたりしたら、依頼とか関係なく問答無用で助けてあげたいと思います。