第八話 商人との出会い ※
「よし、メンテ明けたね」
学校の寮に住んでいる砂緒は、ゲーミングチェアに座った。
これは、学園の生徒なら誰にでも支給される物だ。
寮の部屋の中なら、持ち物を盗まれたり危害を加えられることもないが、電気代がすごく高いというネックを持つ。
「プレイ、スタート」
部屋着のまま、砂緒はログインした。
ログアウトしたのはマイルームだったけど、メンテ明けなら、みんなマイルームに戻っているはずだ。
砂緒は、ダイフクの指輪をさする。
「ダイフクオン」
「ぴゅーい!」
「ダイフクー!」
いい香りがするダイフクをモフモフとして、しばらく戯れる。
これが、なんだかすごくストレス発散になっている気がした。
「さて、レベル上げようかな」
凄まじい経験値が入っている。
それはそうだ。
まだ駆け出しの冒険者が、いきなりラストダンジョンで稼いだんだから。
「よし、シャーマンを7まで上げよう」
各魔法の代表的なものは、取得しなくてもわかるようになっている。
まだ、シャーマンを7まで上げた人はいないだろうから、わたしが初取得だ。
「よし、妖精の幸運ゲット!」
何かをするときにこの魔法を掛けて、運を上げるというものだ。
ガチャ前とか、宝箱を開けるときとかに使う。
そして、フェンサーは8まで上げた。
これで、世界中で一番レベルの高いフェンサーになっただろう。
クリティカルと完全回避が売りのフェンサーに、星海武具があり、ステルスマントもある。
最下層でもなければ、ソロでもかなりやれるだろう。
スキルも色々と習得したけど、これは試してみないとわからないところがあった。
職業レベルを上げても、確率で取得するものなので、運が悪いといつまでも使用できないスキルがある。
「スカウトは、5でいいかな」
スカウトを5まで上げて、トラップやスキルを一日三回無効にするスキル<オブストラクション>を手に入れられた。
フェンサーと違い、スカウトはレベルを上げている人が少ないから、ここからは自分で情報を手探りしていくことになるだろう。
このスキル無効が地味にいいと言われているんだけど、そのためにスカウトを5まで上げるのは実際難しかった。
「あと、アバターだね」
服を着替える感じだけど、髪型とか肌の色とかも変わってしまうことがある。
さて……勇者アバターってどんなのかな。
「勇者アバターオン」
一瞬で、今までのアバターが脱ぎ捨てられ、新しいアバターになった。
勇者って書いてあるけど……すごく軽装だ。
もっと鎧とか格好いい奴かと思ったけど、これなら着ててもいいかな。
「うんうん、かわいいかも」
「ぴゅーい!」
「ダイフクもわかるー? かわいいよねー」
「ぴゅーい!」
街中で見られると恥ずかしいので、ステルスマントを発動しておけばいいだろう。
珍しいアバターは、写真とか撮られるからあっという間に拡散してしまう。
そして、ダイフクをわしゃわしゃとした。
「ぴゅーい!」
「かわいいなぁ」
思わず、顔がでれでれとしてしまう。
「さてと」
他にもたくさん、アイテムをゲットした。
月に一回のランキング集計があって、その成績でアルバイト料が支給される。
これは、さすがに円が支給されるんだけど、どれくらいなのかわからなかった。
噂だと、一位は百万円単位らしいけど……。
でも、ランキングは、稼いだお金と経験値がポイント化されるので、要らないアイテムはお金に換えた方がいい。
最下層で手に入れた、大量のガチャ券。
それを回して手に入れた、武具、装飾品や宝石の中から、☆5以下の物を売りに街へ出ることにした。
「今日も活気があるなぁ」
街には、人がたくさんいる。
早速、目立たないようにステルスマントを使った。
「ステルスマントオン」
これで姿が消えたんだろうか?
自分ではわからないから、ちょっと不安だ。
「あれ? 今そこに変わったアバターの人がいなかった?」
「オレは見てないけど、メンテ明けだからサーバが不安定なのかな?」
「写真撮ろうと思ったのにぃ」
「…………」
そそくさとその場を離れていく。
危ない危ない。
ちゃんと姿は消えているようだ。
さてと、まずはNPCかな。
路地裏の、あまり人が来ない場所のNPCに売る。
「いらっしゃい、今日は肉が安いよ」
「買って欲しいんです」
「あいよ、見せてくんな」
競売ではあまり値が付かない物を一気にNPC価格で売ってしまう。
大量だったけど、そこはNPCだから嫌がらずに買ってくれた。
「さて……ステルスマントオン」
また姿を隠して移動する。
後は値の付くアイテムだ。
競売に出して、気長に売ってもいいけど、最下層なら簡単に手に入る物だから、買い取り屋さんに買ってもらうのが手早くていいだろう。
☆5まではノーマルガチャで出るために、よく使われる装備になる。
それでも、☆5ともなれば、結構な額になった。
まぁ、流通し過ぎないようになんて考えなくても、世界中に億を超えるプレイヤーがいるんだから大丈夫。
装備品は壊れるので、安い装備品でレベルを上げるのも良くある手だった。
壊れたら、修理せずに新しい武具を買うのがスタンダードだ。
「買い取り屋さんいるかな……」
酒場を見回す。
できれば人の多い一階じゃない方がいいんだけど。
良く行く三階に顔を出してみると、買い取り屋さんがすぐ近くにいた。
こんないい場所を取れるなら、資金も豊富だろう。
わたしは、ステルスを解いて姿を現す。
「え? いらっしゃい」
買い取り屋さんは驚いているようだ。
階段でステルスを解けば良かったかな?
「売りたい物があるんです」
「お客さん、今姿消してた?」
「あー、まぁ、スキルだと思っておいてください」
「スキル? スカウトの高レベルスキルか? それとも秘密の消耗品があるのかい?」
商人だなぁ、すぐそうやって詮索する。
儲け話に敏感というかなんというか。
「詮索するなら他に行きますよ」
「まぁまぁ、それじゃあ商売の話をしようぜ」
「…………」
わたしは、30点ほどの売る物を机に出していく。
買い取り屋さんは驚いていた。
「ずいぶん稼いだね、ガチャ券を買って運試しかい?」
「ガチャ券?」
「なんだ、知らないのかい? 今、お詫びガチャで商売が活性化しているんだ」
ああ、ノーマルガチャとプレジデントガチャが配られたんだった。
すると今は、物が市場に溢れているのかな?
「まぁ、そんなところです」
「なぁんか、怪しいなぁ」
買い取り屋さんがジロジロとわたしを見ている。
コミュ障には辛い。
「…………」
わたしは、本気で帰ろうと荷物を片付け始めた。
すると、買い取り屋さんは愛想良く笑って、荷物をたぐり寄せる。
「おおっと、詮索は無しだったな、すまんすまん」
歳は二十歳過ぎくらい? 大学生か社会人新人か、そんなところかな。
わたしが、背の低い中学生だから、かなり子供に見られているんじゃないだろうか?
「そういうわけで、ガチャから出るアイテムは今安くなっている、それでもかまわないかい?」
「いいですよ」
競売で手数料を取られるよりはいいだろう。
それよりお得にしないと、買い取り屋は成立しない。
「しかし、ほとんど☆5のアイテムだな。羨ましいぜ」
90%以上のプレイヤーの最上級武具だ。
課金で買えるのはプレジデントガチャまでで、☆6装備になるけど、それを出すのは本当に大変なことだった。
しかも、いやらしいことに、プレジデントガチャで、エンペラーガチャが当たったりするので、お金持ちが散財しているらしい。
「あれ……あんた、装備している武具は……☆8や☆9か?」
「うっ……」
さすが商人、よく見ている。
買い取り屋さんは目を丸くしているけど、肯定しない。
「た、ただのアバターですよ……」
「嘘だ、俺の目は誤魔化せないぜ!? さっきの姿を消すのも高レベルアイテムか?」
「詮索するんですか……?」
「ああ、悪い悪い、仲良くしようぜ!」
さっきより表情が柔和になっている。
これは商人モードに入ったってことなんだろうか。
「ぴゅーい!」
「あっ、ダイフク!」
ダイフクが、指輪から勝手に出て来てしまった。
こんなこともあるの? ダイフクが特別?
「おっ、テイミングか? 見たことないペットだな」
「もう、勝手に出て来ちゃ駄目でしょ」
「ははっ、勝手に出て来る設定なのか、アンタいいな」
なにか勘違いしているようだけど、まぁいいや。
とにかく、人目に付く前にさっさと売ってしまおう。
「買い取りは高くさせてもらう、お近づきの印だ」
「え……市場価格でいいですよ」
「そんなこと言わないでくれよ、その代わり物を売るときは、俺のことを思いだしてくれ、プロフィールを送るから」
システム音が鳴って、プロフィールが送られてくる。
これで、メールを送ったり出来るんだけど……。
わたしは、自分のプロフィールを渡さなかった。
ネットゲームで、こういうのは気をつけないといけない。
大人の男の人って怖いし……。
それがわかっているのか、買い取り屋さんは何も言わなかった。
もしかして、わたしを、どこかのお金持ちだと思っているのかな?
「ざっと見積もって、900ルピでどうだ?」
一点30ルピくらいか……まぁ、そんなところだと思う。
「じゃあ、それで買って下さい」
「よっし、毎度あり!」
NPCに売った分も含めて、お金がたくさん手に入った。
経験値も稼いだので、今月のランキング上位はゆるがないだろう。
わたしは満足してダイフクを指輪に戻すと、買い取り屋さんの前から姿を消した。
取引商売の雑談スレ229
588.前にガチャ屋をやってた子が、買い取り屋の前にいきなり現れたぞ、姿を消すスキルか?
589.お前、いつも酒場にいるな
590.姿を消すのはいいな、初イベントはバトルロイヤルなんだろ?
591.買い取り屋ってことは、ガチャ回したのか
592.ぱっと見、☆5装備を30個くらい売ってた
593.草生えるんだがw どんだけ回したんだよ
594.ガチャ運向上を持ってるなら、今回のお詫びイベは儲かっただろうな
595.しかし、爆死した奴も多い
596.知り合いのトップパーティーが、全財産ぶっ込んで、消耗品の嵐だったらしいw
597.立ち直れないなw
598.ガチャは自分で手に入れた物だけを回す
599.ガチャで儲かった分でまたガチャを回す永久機関
600.それができたら神ゲーだな