第七十三話 親子水入らず
今日の授業は、午前中で終わりだ。
掃除をして、副担任の先生がホームルームをすると、担任の先生が戻って来る。
親たちとの話は終わったんだろう。
何か、簡単な連絡事項みたいなものかも知れない。
「保護者の方が廊下で待っていますので、これで終わりにします」
クラスがざわざわとし始める。
今日はチャイムもなく終わりだ。
ここで教室は、解散となった。
「今日は、ゲームできないね」
「エミリーには昨日話してるから、大丈夫だよ」
「砂緒ちゃんは、お母さんと食事?」
「多分、食べると思う、いつもの洋食屋さんかな」
「そうだね、いつも食べているところを紹介するのがいいね」
みんな思い思いに廊下に出て行く。
クラスメイトの半分くらいの保護者が来ていただろうか?
寮生ともなると、本当に遠くから来ている人がいるから、授業参観くらいでアリス学園まで来るのは大変だった。
廊下に出ると、うちのお母さんが待っている。
「三神さん」
優がそう言って、お母さんのところに行った。
みかみさん? 小島優なのに?
というか、お母さんにさん付けなんだ。
教育が厳しいご家庭なのかな?
もしかしたら、複雑な家庭の事情があるかも知れないので黙っておく。
あまり深く詮索するのもやめておこう。
優にどんな家庭の事情があっても、わたしは絶対に味方だし。
「おっし、砂緒、飯食うぞ!」
お母さんは、ちょっと元気が出ているようだ。
朝方の死にそうな顔から、ずいぶんマシになっていた。
「それなら、美味しいお店を紹介するよ」
「よく食べるところなのか?」
「本当は、もっとお高くて評判のいいお店もあるんだけど、わたしがよく通っているお店だから」
「そうだな、あたしもそこに行きたい」
「うん」
そして、予定通りいつも優と行っている洋食屋さんに入った。
今日は、いつもよりずっと混んでいる。
半日授業だったし、保護者の方も来ているからかな?
「ハンバーグとパスタが美味しいよ」
「じゃあ、わたしはパスタにしようかな」
「わたしもパスタ、アラビアータが美味しいよ」
「じゃあそれで」
液晶のタッチパネルで注文する。
この混み具合だと、ちょっと時間がかかるかも知れない。
「で? お父さんのことはなんて聞いてる?」
なんでもないことのように、お母さんが話した。
だから、わたしもなんでもないように返す。
「んー、マギウスを開発した人で、今は行方不明だって」
「そうか……お前も、もう中学生だもんなぁ」
はぁ~、と大きくため息を吐いて、テーブルに突っ伏す。
なにか思うところがあるんだろう。
「まだ大人じゃないけど、そこまで子供でもないよ」
「じゃあ、まだ早いと思っていたけど、話すな」
「うん」
「お父さんとは、離婚してない」
そうだろうと思った。
だって、名前が一橋だし。
「というか、結婚もしてない」
「えっ!?」
それは驚きだった。
さすがに結婚はしていると思っていた。
「いやぁ、色々あったんだよ」
「でも、名前は一橋なんでしょ?」
「あたしの家の名前が一橋なんだよ、お父さんは別の名前なんだけど、一橋を名乗っているんだ」
「なんでって聞いてもいい?」
どうして、そんな複雑怪奇なことになっているんだろう。
結婚すればよかったのに。
「いやぁ、お父さん格好いいしなぁ」
「いや、そういうのいいから」
親が照れているのをみるのはちょっとキツい。
そういえば、お父さんの顔を見たことがなかった。
ネットで探せばありそうだけど。
「そもそも、なんで離れて暮らしてるの?」
「お父さん有名人でな、世界中から狙われてたんだよ」
マギウスの開発者なら当然なのか。
メタバースでの重要性がすごいってエミリーが言ってたし。
「それでな、砂緒を授かったときに、離れて暮らそうって話になった」
「誘拐とかされるから?」
「もちろんそれもあるが、お母さんの研究も結構ヤバくてな」
「考古学でしょ? ヤバく無くない?」
「あたしはなぁ、『On Sphere Making』を手に入れて、その解読を行っているんだ」
「なにそれ?」
「重大な秘密が隠されている書物だよ」
聞いた事無いからわからない。
でも、誰にも言わない方がいいだろう。
「でな、お父さんは砂緒と一緒に暮らせないけど、心はいつもひとつだよってことで、一橋を名乗るようになったんだ」
「ふーん……」
結婚しているつもりみたいな感じかな。
生まれたときから一緒じゃないなら、お父さんの記憶が無くても当たり前か。
わたしは、お母さんとの話を続けていった。




