第七話 狂乱の時間 ◎
「チーフ、文句がいっぱい来ています……」
「文句じゃない、お客様の貴重なご意見だ」
スタッフルームでは、大勢の社員が忙しく働いていた。
初日以来の緊急メンテだったので、慌てている部分もある。
「ガチャ券配るんですよね?」
「そうだ、プレジデントも配るぞ」
「それくらいしないと、収まらないでしょうねぇ」
運営とプレイヤーの関係は、良好なほどいい。
一度不信感を持たれてしまうと、何をやっても文句をいわれる状態になり、過疎り易くなる。
「アリス学園の生徒は、調べ終わったか?」
「☆10のアイテムをいくつか手に入れたようです……」
「むぅ……厄介すぎる」
世界にひとつのユニークアイテムだ。
こんなに早く手に入れられては、後続のプレイヤーの不満になりかねない。
「ログを見ると、所属していたパーティーを追い出されて、そこから何か見つけたみたいですね」
「喧嘩したのか?」
スタッフがそのときの映像を流す。
「もう我慢できねえ! パーティーから出て行け! お前は追放だ!」
「猪狩くん、ちょっと落ち着いて」
猪狩が、砂緒を追放したときの映像だった。
カメラが無くとも、ログでその状況は再現できる。
「くそっ、こいつらのせいか……運を限界値まで下げとけ!」
「また、そいういうことしちゃうんですか? 知らないですよ?」
「少し懲らしめるだけだ。学園の生徒同士じゃないか。仲良く遊べ」
「あんなシステムにするから、みんなガチになっちゃうんですよ」
「あんなシステムってなんだ?」
「アリス学園のことですよ、ゲーム内のお金がリアルで使えるなんて、本気になるに決まってるじゃないですか」
「IR整備法的に、ゲームで金銭を賭けても刑法の賭博罪を適用しないと明記されているんだ、どこのゲーム屋もみんな同じ事を考えているさ」
RTM、リアルマネートレードは、ゲーム内のお金とリアルマネーを交換するシステムのことだ。
それを、うたい文句にしてユーザを集めたら、こうなるに決まっていた。
「詫びガチャは何を配りますか?」
「ノーマルガチャ10連と、プレジデントガチャ10連だ」
「…………」
使わずに、売り払う連中が大量なんだろうなと思うスタッフだった。
メンテナンスが明けた夜。
一流パーティー永遠の風に仲間が集まってきた。
砂緒を追い出した猪狩や、親友の優も居る。
「ガチャ券が暴落してますね」
賢者の金士がそう言う。
ガチャを回さずに確実に売って、そのお金で欲しいアイテムを買うというのが堅実なやり方だった。
「よし、限界まで買おう」
「わははっ! マジか猪狩~」
享楽家の悦美は、何があっても楽しそうだ。
「どうして男の子ってギャンブルが好きかなぁ」
優は反対のようだ。
「俺はもう売ってしまったぞ」
タンクの片石は優の言葉に反論するように、そう言った。
「これ以上値段が落ちれば、自分で回した方がいいと思う奴が現れる。下限ギリギリで買えば儲かるさ」
「いや、もう砂緒は居ないんだから、ガチャを回すのは危険だ」
参謀役でもある金士は、失敗したという顔をしていた。
雑談のつもりだったが、相場の下落なんて話題にしなければ良かったと後悔している。
「あいつのガチャ運向上なんて、実際はどうだか怪しいもんだ」
「いや、普通に回したよりも、20~30%は良くなっていると分析したじゃないか」
「単に、俺たちの運がいいだけかも知れないだろ?」
そう言う金士も、ガチャ産で値が下がっているアイテムをいくつか注視していたので、あまり猪狩を責められなかった。
この機に儲けてやるという気概は、どこかで必要だ。
でも、投機的に使うには……ガチャは怖いものだった。
「リーダーはお前だ、好きにしろ。助言はしたぞ」
「よし、ノーマルガチャ300イヤ、プレジデントガチャ1ルピを切ったものを買いまくれ!」
「あー、もう……」
パーティの決めごとなら断れない。
優は嫌々ながらも、競売所のガチャチケットを買い始めた。
そして、緊急メンテが開けてから三時間後。
狂乱の時間が終わっていた。
もう、時刻は午前零時を回っている。
相場は落ち着きを見せ、ガチャ券の取引額も安定してきていた。
これ以上は、購入する資金もない。
「有り金のほとんどを使いました、ガチャに期待しましょう」
金士は、やれやれという顔をしていた。
「せっかく安く買ったんだから、そのまま売れればいいんじゃないかな?」
優の意見ももっともだが、猪狩が首を振る。
「転売だとインネンを付けられてろくなことにならない、ガチャを回して、いい物を出して売ればいいんだ」
「そっかぁ、そうなりがちだよね」
「じゃあ、手分けしてガチャを回すぞ!」
「おっしゃー! こんなにガチャ回すの初めてだから楽しそう!」
悦美は、楽しければ何でもいいようだった。
そして、三十分後。
「こんな……馬鹿な……」
猪狩が呆然としている。
有り金を使い切ったというのに、ガチャの9割以上が消耗品の外れだった。
しかも、安いポーションが大半を占めている。
「平均と比べても、この結果は期待値を大きく下回っています」
やれやれという顔の金士だ。
「こんなギャンブルは、やらない方がいいってわかったでしょう?」
優はちょっと怒っている。
せっかく貯めたお金が、全部消えてしまったのだから。
「わははははっ! 馬鹿みてー!」
ハンターの悦美は腹を抱えて笑っている。
自分の不幸すら笑えるのは、ある意味すごかった。
「おい、猪狩! 砂緒を追放したのも失敗だし、今回の作戦も失敗だ! 責任を取れ!」
タンクの片石は、パーティー内の不和を恐れていなかった。
罪には罰を。
シンプルな考え方だ。
「責任ってどう取るんだよ!」
猪狩が怒鳴り返す。
「当分、お前の報酬を半分にして、その分を俺たちがもらう!」
「勝手にしろ!」
「ああ、もう……滅茶苦茶だよ……」
優はがっくりと肩を落としていた。
いつもなら、喧嘩しないでと仲を取り持つのが優の役目なのだが……今回は、そこまで気が回らないようだった。
しかし、これは仕方のないことだった。
まさか、運営が運を下げているなんて誰も思い付かなかっただろう。
砂緒を追放したところから、永遠の風の雲行きは怪しくなっていた。