第六十五話 荒井の野望 ◎
「チーフ……すみません、☆12アイテムが例のプレイヤーに取得されました」
ここはスタッフルーム。
ゲーム内にあるVR空間ではあるが、プレイヤーが入ることの出来ない空間だ。
逆に、スタッフはゲームマスターとして、プレイヤーのいる空間に赴くことがある。
「話を聞いたときに思ってたんだけどさ、モンスターとのエンカウント率を0%にしなかったのはなんでなの?」
チーフはいたって冷静だ。
別に、部下を怒る素振りも見せない。
「マギウスの反対にあったからです。エンカウント率を0%にするなら、一時的に立ち入れない侵入不可領域にするべきだと言われまして……」
「ほー、そうなのか、それで何万分の一にしたと」
「それでも!」
部下が大きな声を出す。
他のスタッフが、何事かと彼を見るがチーフがにこやかに手を振ると、みんな業務に戻った。
「それでも! デヴィルガチャ券を得られる確率はほんのわずかです!」
それを二枚も取得されて、あまつさえ最高レアの装備を出されてしまうなど、ものすごい低確率な話だった。
「まぁなぁ、採取もされたんだって?」
「エイリアンの吐く酸で扉を溶かされました……」
それは想定外だったように、部下が声を小さくする。
本来、酸で床が溶けるというのは、なんということはない演出の一環だった。
しかし、扉を開けたくない状況で、こう使われてしまったのは痛恨だった。
「まぁ、中学生なんだ、頭も使うだろう」
☆12アイテムの存在は、当分先のお披露目になる予定だった。
☆10のアイテムでさえ、まだ数えるほどしか得られていない状況なのに。
「チーフの方から、マギウスに掛け合ってもらえませんか?」
「遭遇率を0%にするということ?」
「そうです、こんなことがつづけば、現在頑張っているプレイヤーに悪影響が出ます」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
第一戦で戦っているプレイヤーからすれば、謎の存在だろう。
自分たちよりも先に進んでいるプレイヤーがいるようだが、全く目立っておらず、不思議な情報が出回るだけ。
本当に存在しているのか、怪しいと思われているかも知れない。
「チーフは、これでいいと思っているんですか?」
「そうは思わないよ、ただね、騒ぎになったでしょう、こうなると、例のプレイヤーは自重するんだよ」
これまでの砂緒の動きから察するに、目立とうとしないのは明白だった。
デヴィルガチャ券を探すことも、当分しないだろう。
「ま、まあ、今まではそうでしたが……」
「多分だけど、最終マップに行くこともないんじゃないかな?」
「…………」
それでも、部下はこのままでいいはずがないと思う。
だが、それが言葉に出てこない。
「俺はねぇ、それよりも、最下層のエンペラーガチャ券とゴッドガチャ券が気になるかな」
「えっ、今更ですか?」
もうさんざん取られたのに。
自分でガチャ券を使いはしないが、エンペラーガチャ券を取得すると売っていた。
ゴッドガチャ券は、溜め込んでいるようだが……。
「例のプレイヤーは今、ガチャ券を探していると思うんだよ」
「ああ、アリス学園のランキングですか」
「そう、それ!」
チーフが、部下を指さすと、少し驚いたように仰け反った。
「だから、最下層のガチャ券を渋くしておくのが良さそうかな」
「わかりました、マギウスと掛け合います」
ドロップ率の調整ならば、マギウスはそこまでうるさく言ってこない。
人間のスタッフの裁量範囲だと考えているのか。
「それとなんだけど、前に出て来た吟遊詩人のこと、調べられた?」
部下が真面目な顔になる。
少し緊張して、冷たい汗を掻いているような顔だ。
「こ、これは、報告しようか迷ったんですが……」
「いいよ、報告してよ」
「あまり大きな声では言えないことなんで……」
「何々、面白そうじゃない」
ふたりは自然に声が小さくなる。
部下は少し目が泳ぎ、チーフは楽しそうだ。
「個人的に、顔認証システムのデータを借りて調べました」
「借りたって、どこから?」
「それは、あまり聞かないで欲しいのですが……」
普通、顔認証システムを使っているのは、商業施設や空港、オフィスの出入りや犯罪を犯した者など、限られた用途になる。
しかし、警察などがそのデータを借り受け、まとめていることがあった。
「いいねぇ、やるねぇ、でも、やり過ぎないようにね?」
「はい、限定的なデータですので、顔認証システムのない国や地域、もしくは、利用情報のない人物だった場合なども十分に考えられるんですが……」
「もったいぶるなぁ、何々?」
「該当する人物が、いませんでした。十人もの人間の顔認証データが……なかったんです」
「…………」
チーフは考える。
思ったよりもヤバイ案件なのかと。
「ただでさえ、吟遊詩人、それも若く美しく、音楽の才能がある人間は目立つはずなのに」
「ほぉ、そうかそうか、取りあえずそれは誰にも言わないように」
「わかってますよ、データの出所なんて言えないですし」
「まぁ、そうよなぁ、困ったことがあったら、俺を頼ってくれよ?」
「いえ、自分で何とかします」
チーフの馴れ馴れしいところが苦手な部下は、きちんと伝えておく。
ハッキリ言っておかないと、誤解を受けると考えているからだ。
「つれないなぁ、おじさんは若い子と絡みたいのに」
チーフは、部下の趣味のことを薄々感づいている。
部下はそう思っていた。
今は、更にコレクション部屋へのセキュリティを高めて警戒しているが、マギウスがその気になれば発覚は容易いだろう。
吟遊詩人の子達も、是非コレクションに加えたかったのだが、マギウスの管理が厳しく、手出しできないでいる。
それどころか、プレイヤー情報すら閲覧できていない状態だった。
マギウスも独自に調査している可能性がある。
吟遊詩人の事件に関しては、運営が容疑者に含まれていても不思議はない。
「まぁ、また何かわかったら報告してね」
「わかりました……」
学生の時、『WORLD IN ABYSS』の体験版で、NPCの美しさに心を囚われた。
必死の思いでガンマプラスに就職し、運営の仕事に就けた。
世界中の美少女をこの手にするまで、諦めない。
それが部下……荒井の野望だった。




