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第五十六話 忍び寄る影


「シッ!」


 男が、軽い感じでジャブを放ってくる。


 わたしは、上半身を後ろにスウェーさせてそれを避けた。


 大丈夫だ、見える。


 でも、拳の風圧を感じた。


 ジャブじゃなかったら、大怪我をするかも知れない。


 少し緊張する。


「シッ! シッ! シッ!」


 左と右を使ったコンビネーションだ。


 ゲームでも、格闘家の人がよく使っているおなじみの技。


 わたしは、それも難なく避けた。


「このっ!」


 パンチを空振りしている男は、冷静さを失ってラッシュを仕掛けてきた。


 一発、二発、三発……わたしはそれを全て躱す。


 でも、男のパンチは攻防一体で、リーチの短いわたしには、チャンスが巡ってこなかった。


「これならどうよっ!」


 男が大きく踏み込んでくる。


 右手で、上から打ち下ろすようなパンチだった。


「…………」


 当たったら痛いだろう。


 避けられる。


 攻撃できるかな?


 でも、左手が遊んでいない。


 左手が遊んでいない!


 同時に来るんだ!


 わたしは足を使って右のパンチをかわすと、間髪入れずに来た左のアッパーも避けていた。


「おおおっ」


 周りからガヤガヤとした声が聞こえる。


 か弱い女の子が襲われているのに、助けてくれないの!?


「くそっ!」


 男が慣れた仕草で打ってくるパンチを、わたしは何発も避けた。


 全力で打っているんだろう、男に疲れが見え始めている。


「逃げてるだけじゃ終わらないぜ! ウエイト差があり過ぎるがな!」


 攻撃を誘っているんだろうか?


 優の心配そうな顔が見える。


 わたしを助けるために、警察を呼ぶかも知れない。


 倒そう。


 多少のリスクは覚悟の上だ。


「なら!」


 わたしは、男が踏み出してきたところで、膝を狙って蹴りを入れた。


 関節が逆に曲がるように、突っ張ったタイミングでだ。


「ぐっ!」


 絞り出すような痛みの声だった。


 この男はボクシングだ、下半身に蹴りは利くのかも。


 一瞬だけ、足を痛そうに引きずった。


 今だ。


「……っ!」


 わたしは一気に男の懐に飛び込んで行く。


「このっ!」


 苦し紛れに打ってきた手打ちのパンチをガードする。


 そして、そのパンチを押すようにして、男の体勢を傾かせた。


「んぐっ!」


 ここだ!


 わたしは、もう一歩踏み込んでから、股間を膝で蹴り上げた。


「!!!!!」


 男は、声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。


 わたしの勝ちだ。


「砂緒ちゃん!」


 男を倒した瞬間、優が抱きついてきた。


 ふわっといい匂いがする。


「優、大丈夫だった!?」


「大丈夫だったよ、ありがとう、砂緒ちゃん!」


 怖かったんだろう、優が瞳をうるっとさせて抱きついてきた。


 そこで、周りから拍手がわき起こる。


 おじさんも、おばさんも、サラリーマンも主婦も、若者も、周りにいた人が全部。


 小さな女の子が、身体の大きな男三人を倒したからだろうか?


「…………」


 なんか釈然としない。


 でも、近くに交番がある。


 おまわりさんが来たら面倒そうだから逃げよう。


「優、行こう」


「うん、早く行こう」


 手を握って、その場から立ち去ろうとする。


 瞬間。


 また声が聞こえた。


 いや、声が聞こえたような気がした。


「……対象が障害を排除しました」


 ペデストリアンデッキの上!


 わたしがそちらを見ると、スーツの男がすぐに身体を隠した。


 なに?


 気のせい?


 周りにいた中年のおばちゃんが、スマホをしまった。


 撮影していた?


 なんだか、周りから何人もの特別な視線を感じる。


 でも、それは一瞬のことで、すぐに何も感じなくなった。


 止まっていた時間が動き出すように、周りの人も動き出す。


 今は……見られていない。


「…………」


「砂緒ちゃん? どうしたの?」


「い、行こう」


 気味が悪いけど、見られていた気がするだけだ。


 戦いのあとで、センシティブになっていたのかも知れない。


 ふたりで走って、待ち合わせ場所まで来た。


 他にも、たくさんの人が待ち合わせをしている。


「砂緒ちゃん格好良かった!」


 優が感動したようにわたしの手を握ってきた。


「もう、優はモテるんだから気をつけないと」


「こんなの初めてだったから、こわかったよぉ」


 去年まで小学生だったんだから、それはそうだろう。


 さすがに、ランドセルを背負った子をナンパする人はいない。


 いや、でも優なら……あり得るかも。


「はぁ、でも良かった、遅くなったけどライブに行こう」


「うん、怖い思いしたからたくさん笑おう」


 なんじゃらげのライブは、下品だけど面白かった。


 優が下ネタで笑っているのを見たのが、ちょっと新鮮だった。






『確かに、あり得ない距離から友人の危機を察知していました』


『はい、元オリンピック強化選手のボクサーを完封しています』


『そうですね、中学一年生の身体能力ではありません』


『詳しくは動画をご覧下さい』


『いえ、戦闘センスそのものが、素人ではありませんでした』


『ご要望通りに』


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