第五十五話 リアルファイト
五月も終わりに近づいたある日の休日。
前に約束していた、なんじゃらげのライブを見に行くために、優と駅で待ち合わせをしていた。
うちの校則には、出かけるときは制服にしましょうとかはない。
想像していた通りの、自由な校風だ。
だからと言って、おしゃれな服を持っていたりはしないけど。
「優よりも早く着いちゃった」
待ち合わせ場所に、優はいなかった。
優は徒歩通学なので、学校の近くに住んでいるはずだ。
遊びに行ったことはないけれど、平日も休日もゲームに追われていて、毎日顔を合わせているから寂しくはない。
わたしの部屋に来ても何もないしね。
でも、たまたまアリス学園の近くに住んでいたなんて、優はすごい幸運だ。
みんな電車か、遠い人はわたしみたいに寮に住んでいる。
大学までエスカレート式なので、優は就職まであまり電車に乗る機会はないだろう。
親に感謝しなくちゃいけない。
わたしの親は、ちょっとアレだからちょっとだけ感謝しておく。
「遅いな……」
少し待っていれば来るだろうと思っていたんだけど、来ない。
というか、優なら、間違いなくわたしよりも早く来ていると思ったのに……。
まだ、十分前だから、今頃慌てて走ってるかな?
「……さぃ」
「え?」
なんか、今……遠くから優の声が聞こえたような気がした。
周りを見てみるけれど、優はいない。
駅だから、周りに人はいっぱいいるけど、聞き違いかな?
でも、今のは優の声だったような気がする。
「…………」
あっちの方から聞こえた?
ふと、足がそちらに動いていく。
『やめてください』優はそう言っていたような気がしたからだ。
心臓がバクバクし始める。
優がトラブルに巻き込まれている?
どこ? 周りには人がいっぱいでわからない。
「…………」
良く耳を澄ませるんだ。
いつもゲームでやっている通りに。
あの電気代の高い椅子は、身体に影響を与えるらしい。
ゲームの中のことをフィードバックしているかも知れないと、エミリーが言っていた。
なら、リアルでも出来るはずだ。
良く耳を澄ませて……。
「……困ります」
「聞こえた!」
間違いなく聞こえた! 優の声だ!
こっち!
わたしは声のした方に駆けていく。
アーケード街の逆側、ペデストリアンデッキの下。
バス乗り場から離れて、少し暗くなっているところ。
「居た!」
優が男三人に囲まれている!
「くっ……!」
頭に怒りが沸き上がってくる。
興奮しているのか、身体が軽く感じられた。
ナンパしているのか、大学生くらいの男たちはニヤ付いている。
敵は気が付いていない、バックアタックだ。
男たちは三人ともいい体格をしている。
体育会系の部活をやっているんだろうか。
それが三人で、中学一年生の優をあんな風に……!
怒りと共に、冷静になる自分もいた。
武器がないから、素手で戦わないといけない。
奇襲で倒すなら、一番体格のいい男だろう。
わたしは音もなく走り出す。
狙われている男は、ニヤ付いたまま気が付いていない。
「フッ……!」
身体でイメージすると同時に、わたしは飛び上がっていた。
リサが使っていた蹴り方の真似だ。
一番身体の大きな男の後頭部に、浴びせ蹴りを食らわせる。
身長が全く足りないから、飛び上がって斜めに一回転し、踵を後頭部にめり込ませた。
「ぐうううっ……!」
一番大きな男が、悲鳴を上げて倒れ込んだ。
そのままピクリとも動かない。
クリティカルだ、多分倒したと思う。
「砂緒ちゃん!」
「なんだこのガキ!」
三人の中では、一番背の低い男がわたしに掴みかかってくる。
今の今まで、優のことを掴んでいた手だ。
「…………」
「なにっ!?」
わたしは、それを片手でいなすと、軽くジャンプして膝を鳩尾にお見舞いした。
「ぐえええええっ!」
変な声を出しながら男がのたうち回る。
周りにいた人達が足を止めて、こちらを向いた気配がした。
身体が自由に動く。
本当に、ゲームの中みたいに。
優のことは助けてくれなかったけど、男三人が倒れたら、周りの人は警察を呼ぶかも知れない。
早く、最後の一人を倒そう。
「お前、なんかやってるな?」
残った筋肉質の男が、拳を握ってポーズを取った。
すごい威圧感だ。
ボクシングだろうか。
でも大丈夫、わたしには当たらない。
全部避けてみせる。
格闘技をやっていそうな、大学生風の男との戦いが始まった。




