第五話 緊急メンテ ◎
「チーフ! 大変です! 最下層にプレイヤーが居ます!」
VR空間だが、ファンタジーな様相はなく、オフィスの一室という感じの場所だった。
たくさんの人間が働いているここ、スタッフルームでは、ゲームを管理するゲームマスターや技術者、オペレーターなどが働いている。
「なんだと!? さすがに早すぎないか?」
想定だと、最下層にプレイヤーがたどり着くまでに、一年はかかる見通しだった。
それが、開始一ヶ月もしないうちにたどり着くとは。
「マギウスは何をしている? 不正者ではないのか?」
ゲームの拡張から実際の管理まで、スタッフだけではなく、AIのマギウスが活躍していた。
人間の手の届かない細やかなサポートや、外部からの不正なアクセスなどにも対応している。
「マギウスは、異常を感知していません」
オペレータの女性がそう告げた。
「今ログを洗っているんですが、特におかしな点も見あたらないんですよ」
「そんな馬鹿な……普通に、最下層にたどり着いたのか?」
もしもそうだとしたら、開発者の気が付かない盲点を突いたプレイが発生したということだ。
これは、かなり最悪のパターンといえる。
「プレイヤーは誰だ? アングラな技術者じゃないのか?」
「アリス学園の中等部一年生です、そういったスキルはないと思われます」
学園の名簿が開かれ、砂緒の写真がモニターに映った。
プロフィールを見ても、特に怪しいところはない。
「じゃあ、どうやって……バグか?」
「ワープポータルをメモされているので、もう出入り自由になっていると思われます」
「むぅ……」
マイルームに戻るワープポータルは安いが、ダンジョンに設置したポイントに飛ぶワープポータルは高価だ。
普通はあまり使われないのだが、最下層ともなれば話は別だろう。
「緊急メンテをするか?」
「存在するかわからないバグの洗い出しには、時間がかかります……」
緊急メンテをするとなれば、チーフの裁量では決定できない。
もうひとつ上の方に判断を委ねることになる。
「しかし、何とか最下層までたどり着いたとしても、敵を倒せないだろう?」
「いえ、バンバン倒しています……」
「このステータスでか?」
画面のキャラのステータスを見るが、ごく普通のステータスだった。
プレイヤーには隠しパラメータとなっているステータスも、運営には丸見えだ。
攻撃力も魔法力も普通と言える。
最下層の敵には、全く通用しないだろう。
「何かバグがあった……と考えるのが普通かと思います」
「ロールバックはできないよな」
「課金が絡んできます。ロールバックは無理です」
課金ガチャで、せっかくレアアイテムを手に入れたプレイヤーは、ロールバックなんて納得しないだろう。
「しかし、最下層は影響が大きい。もしも、ボスを倒されてしまったら……」
「それだけは、避けないといけませんね」
ジリジリとした緊張が、部屋の中を支配する。
チーフと呼ばれる男は、パンと自分の手の平を拳で殴りつけた。
「よし、影響が大きい。緊急メンテを掛け合ってくる。作業内容は該当プレイヤーのログ洗い出しと、ポータル情報のクリア、最下層ボスを出現させないように変更することだ」
「プレイヤーから相当、文句来ますよ」
「仕方がないだろう」
必死の思いで、危険な地域にワープポータルをメモしたプレイヤーも多いだろう。
これは、詫びガチャ券を用意しないといけない案件だった。
「三十分後に緊急メンテナンスを行います、データ保護のため、プレイヤーの皆様は、速やかにログアウトをお願いいたします……」
「え?」
緊急メンテ? まさか、わたしのせい? まさかね。
「ぴゅーい?」
ダイフクが心配そうな顔をしている。
「なんでもないよ、でも、戻ろうか」
「ぴゅーい」
取りあえず何十回か戦ったけど、様子見としてはこんなところで十分だろう。
ダイフクの力があれば、最下層でも戦える。
お宝も、がっぽり儲けられた。
「ポータルオン」
マイルームに戻る消耗品を使って、わたしは最下層を後にした。