第四十四話 荒井君の趣味 ◎
スタッフルーム。
ゲーム内と同じ仮想空間にあるが、遊んでいるものはおらず、皆、忙しく働いている。
その現場の長に、部下が報告を行っていた。
「チーフ、例のプレイヤーが新世界でオーブを使ったようです」
「やっぱり来たか! どこで使った!? まさか最終マップか!?」
「いえ、ミクロリニアでした」
チーフは、ホッと息を吐いた。
最悪のケースはまぬがれたという顔だ。
「そ、そうか……いや、安心はできないな、また虹のオーブを手に入れたらやるだろう」
「当分、虹オーブは出さないように設定しています」
「そうだったな、それでいい。街のアイテムなんかも調整したし、問題ない」
自分に言い聞かせるように、チーフは頷く。
「例のプレイヤーが、他の全プレイヤーを新世界に呼び込んでも問題無いように調整済みです」
「最終マップでもか?」
「はい、敵が強すぎて、どうにもならないはずです」
チーフは、その理屈を前にも聞いた気がして首をかしげる。
「とはいえ、最終マップの世界を見られてしまうだけでも、損失ですからね」
「全くその通りなんだが、本当に大丈夫か?」
「まぁ、強いて言えば、職業を一本伸ばしのプレイヤーが増えるかも知れないくらいでしょうか」
上位職業が見えているなら、他の職業を取らずに、パーティーで役割分担をすることを考えるだろう。
それは、後発の、例えば一年後に始めるプレイヤーにも当てはまることなので、それほどは問題にならない。
「そういえば、セキュリティゴーレムが稼働していたという報告があったと思うが、どうなっている?」
「目撃証言はあるのですが、ログには残っていません」
「どういうことだ?」
ログにないなら、それはなかったと考えていいのだが、目撃証言はあるという。
ログの方に誤りはないのか気になるところだ。
「プレイヤーの噂レベルの話になりますが、その場に、例のプレイヤーがいて、倒したという証言はありました」
「セキュリティゴーレムを倒せるはずがないだろう?」
「はい、この件は噂に尾ひれが付いたパターンかと思われます。いくら例のプレイヤーが強くても、セキュリティゴーレムは倒せません」
セキュリティゴーレムが発生するような重篤な問題も見られていない。
これは、問題ないとチーフは判断した。
「最終マップはクリアできないようにしてあるんだろうな? これは本当に拙いぞ」
「もちろんです、クリアどころか探索も不可能にしてあります」
「探索も?」
オープンフィールドなゲームなので、探索もできないというのは、少し気になる。
「ドロップするアイテムも異常ですし、流通させるわけにはいきません」
「具体的に、どう探索できないんだ?」
「全ての扉が開かないようになっています」
「一応、歩けるようにはなっているワケか」
「そして、モンスターとエンカウントできる可能性を65536分の1に設定しました」
つまり、廊下しか歩けずに、敵とも遭遇しないという状態を作り出している。
それは最早、最終マップではないのだが、まだ未実装と思わせることはできるだろう。
「採取品はどうだ?」
「通路で手に入る採取品を無くしました」
あまり良くはないが、仕方が無いとも言える。
ここまで対策を行っているならば、不測の事態に陥る可能性は低いだろう。
「例のプレイヤーは、間違いなく正当な方法では進んでいません」
「だろうな、でも、マギウスは不正だと判断していない」
「なにか、こちらが気が付いていないやり方があるんだと思いますが……」
「先日の吟遊詩人も、なんだかわかってないんだろう?」
「オペレータが公式フォーラムで、吟遊詩人は公式ではないと返答しているんですが、それを社内の誰かが削除しています」
「意味がわからんな」
これは看過できない問題だ。
徹底的に調べる必要がある。
「しかし、新しい世界のことを知っているのは、我々運営か、例のプレイヤーだけです」
「この件は、引き続き調査してくれ」
「わかりました」
ゲーム内のことではなく、社内の問題をプレイヤーに見せるわけにはいかない。
夢の国ではないが、現実を忘れて、楽しいひとときを提供するのが責務だとチーフは考えていた。
「次のイベントはどうだ?」
「特別マップを使っての宝探しですが、準備は整っています」
「例のプレイヤーは大丈夫か?」
派手に圧倒的な差を見せつけられると、他のプレイヤーが萎えるかも知れない。
逆に、やる気が出ることもあるだろうが、上手くいっている現状を変えたくはなかった。
「例のプレイヤーが無双することは無いと考えています」
「そうか、それならいいんだが……前回がバトル系だったからかな、宝探しの冒険とか全員参加でいいよな」
「いえ、強力なボスが守っている宝もありますので、一概には言えませんが……」
「そういうのはお前、みんなで協力してお宝ゲットだろう?」
「開発部との会議で寝てたんですか? お宝は奪い合いですよ」
「そうだよなぁ、なんでこう、射幸心を煽るのかなぁ」
「もうイベント用のPVも発表されてるんです、しっかりしてください」
「有名プレイヤーを収録したアレか、みんな特別になりたいんだねぇ」
「モブになりたい人なんていないでしょう」
「これも、忘れてしまった少年の心のひとつと考えれば、それもいいか」
「はぁ……」
部下は、どうしてこの人がチーフなのだろうと思う。
昼行灯で心配性、会議でもほとんど発言をしない。
上層部は何を考えて、運営をこの人に任せているのか不思議だった。
「ところでさ、荒井君」
「なんですか、深井さん。突然名前を呼ばないでください」
「趣味の方は程ほどにしておいてくれよ?」
「なっ!?」
部下は頭が真っ白になる。
バレている? まさか、いや、でも……。
様々な考えが頭をよぎるが、チーフのニヤついた顔を見つめることしかできなかった。
「あれも、バレたら厄介だと思うんだよなぁ」
「ち、ち、違います、いや、趣味ってなんのことですか!」
「誤魔化すなよ、男同士だろう? 知ってるんだから」
「し、し、失礼します!」
部下は、VR空間のドアを出ると、会社には秘密にしてある隠し部屋に行く。
普通にしていれば、絶対にたどり着けない部屋のはずだった。
「馬鹿な……そんな馬鹿な……」
隠し部屋で、その部屋に侵入してきた者の痕跡を探すが、見つからない。
誰も、この部屋には入って来ていなかった。
「マギウスか? やっぱり誤魔化すのは無理か?」
その部屋は……荒井がこれと見込んだ美少女プレイヤー達の複製が、所狭しと並べられている部屋だった。
 




