第三十四話 リサのお兄さん
MAPを見ながら、村人を地上に誘導していく。
ここは、もう護衛ミッションではないらしく、雑魚悪魔達も現れなかった。
100人からの行列なので、ゆっくりと歩いて行く。
「さて、村の方はどうなっているのかな?」
井戸にまでたどり着くと、わたしから外に出てみる。
時間の流れが早いから、外はもう朝になっていた。
「取りあえず、悪魔はいないみたい、上がってきて」
「りょうかいだよー」
井戸の下に話し掛けると、優の返事が聞こえた。
リサは、最後方で村人を守っているんだろう。
ひとり、またひとりと、村人が上に昇ってくる。
そして最後に、リサが昇ってきた。
「冒険者の方々、本当にありがとうございました」
村長さんだろうか? 年配の老人が深々と頭を下げてきた。
「とんでもありません、無事に助けることが出来て良かったです」
NPC相手でも、優は愛想が良い。
モテる秘訣はそこなんだろうか?
『ユニークスキル、分身スキルを取得しました』
「おっ」
「ボスの初討伐報酬ですね」
「じゃあ、村はもう、安全なんだね」
疲れたという感じで、優が脱力する。
やっぱり、神官がいないと色々不便だ。
サブなんて伸ばさないで、神官一本で延ばしてもらいたいところだった。
「<分身>」
リサが分身を使っている。
「おおおっ」
確かに、リサが分身していた。
その状態で、スキルを使ってみる。
「<思業式神・轟火炎陣>」
声がダブる感じで響いてくる。
そして、捨ててあったオブジェクト、壊れた椅子と壊れたタルを同時に破壊した。
「おおおっ、同時に使えるんだ」
「これは使えますね」
「へえー、面白いスキルだね」
優は、もう魔力を消耗しているので試し撃ちも出来ないみたいだ。
攻撃力が単純に二倍だけど、敵の攻撃も二倍受けるだろうから、実際にはそこまで強くないだろう。
使い方次第か。
「でも、下への階層はどうなっているのでしょうか?」
「ここからだと、無理なのかな?」
「でも、また気持ち悪い十字架を手に入れたから、なんかありそうだけど」
村人が、あちこちに散っていく。
もう大丈夫だろう。
「2個手に入れたので、井戸の下の扉の先に行ってみましょう」
井戸の下に行ってみると、やっぱり雑魚敵が出てこない。
今は、特別な状態になっているようだった。
リサの後ろに着いていくと、禍々しい大きな扉が見える。
その扉を、鍵のように逆さ十字架を使って開けた。
確かに、これを見たら、この先に何かあると思ってしまうだろう。
でも、扉を開けたその先には……6人組みのパーティーがいた。
6人で最大なので、結構ガチ目のパーティーだ。
結構きらびやかな装備なので、高レベルパーティーだろう。
ボスを倒している間に、1時間経っていて、またあのお爺さんとお婆さんが倒されたのかな。
「リサか、敵が出てこないんだけど、何か知っているかい?」
「お兄様には関係ないことです」
友好的に話し掛けてくる人を、リサはお兄様と呼ぶ。
「えっ!?」
「えええっ!? 兄妹なの?」
わたしよりも、優の方が驚いている。
お兄さんは、二十歳過ぎくらいだろうか、結構格好いい人だ。
「不肖の兄です」
「リサの友達かい? すまないね、迷惑駆けてないかい?」
すごく感じがいいお兄さんだ。
仲間の人もにこやかに笑っている。
「…………」
わたしは、思わず優と目を合わせる。
揉めて解散したんじゃなかったの?
「…………!」
優は、困っているように変なジェスチャーをしていた。
「えと、とても楽しくプレイさせて貰っています」
「そうかい、それなら良かった」
お行儀良く、優が返事をする。
イケメンで品も性格も良さそうなお兄さんは、わたしでは相手が出来ない。
間違いなくリア充で、コミュ力お化けだ。
「それではお兄様、先を急ぎますので失礼いたします」
リサが歩いて行ってしまった。
元パーティーメンバーは、やれやれという感じだ。
「リサ、この先の右に下ったところに、また扉があったぞ」
「そんな情報要らないです!」
「それでは、失礼します」
「失礼します」
わたし達も、そそくさとその場を後にする。
「揉めたのって、リサちゃんだけなのかな?」
「どうも、そうっぽいね」
あまり触れない方がいいだろう。
それだけ話して、すぐにリサに追いつく。
「この先が、まだ探索し切れてないんです」
道が3つに分かれている三叉路だった。
空気は……流れていない。
出入り口は、閉まっているんだろう。
音も特には聞こえない。
「もう一ヶ所、また逆さ十字架を使うところがあるはずだけど……」
お兄さんの情報によれば、右に扉があるらしい。
でも、右には行きたがらないかな……。
「右への道が、下っているんだね」
「私も、子供ではありません、右に何かあるという情報があるんですから、右に行きましょう」
イライラしているのを、隠そうともせずにそう言う。
茶目っ気があったり、強情だったり、難しい年頃なんだろうか。
いや、同じくらいの歳だと思うけど。
でも、その右に下りたところというのも、結構ややこしい道だった。
二股や三股に道が分かれていて、その扉にたどり着くまでに結構時間がかかってしまう。
リサのイライラは募るばかりで、優がハラハラとしていた。
「やっと扉だ」
十字架をはめられそうな穴もある。
「また、ボスがいるかも知れませんね」
「お兄さん達に、力を借りる?」
「私たちだけで十分です!」
優の言葉を遮るように、リサが十字架を出して扉にはめようとした。
「あっ! 待って! 罠を調べるから!」
でも、リサはその勢いのままに、十字架をはめて、ぐりっと回していく。
「……っ!?」
リサの姿が、一瞬で目の前から消えた。
テレポートの罠だ……。
でも、扉は開いていく。
「どこにテレポートしたんだろう?」
「ちょっと、リサに連絡してみるね」
「私も入るよ」
プロフから、メッセージを送ってみる。
『リサ、大丈夫?』
『駄目です、壁の中に転移されて死にました。今は街にいます』
そうかー。
まぁ、仕方がないね。
『ボスかも知れないし、戻ってきて』
『いいよ、お兄ちゃん達とクリアして、私はもう落ちるよ』
なんか、拗ねてる?
失敗を気にしているのかな?
『駄目だよ! 一緒にクリアしよう! 一番になるんでしょ!』
おお……。
優が説得してる、熱い感じだ。
『……わかった、すぐ行くから待ってて』
そこで、しばらく待っていると、リサとお兄さんのパーティーが一緒に来た。
仲直りしたのかな?
「大丈夫だった?」
「大丈夫です、テレポート死んだのは初めてじゃないので」
そうなのか。
割とショックな死に方だから、オブラートに包まれているんだろう。
「やあ、君たちのクリアを援助するよ」
「いいの? リサちゃん」
優がリサを見る。
もう話は付いていそうだけど……。
「やりましょう、みんなで一緒に」
「うん♪」
兄妹げんかは、一応落ち着いたようだ。
死んで、ちょっと冷静になったんだろうか。
全員で、扉を開けて部屋に入ると、母体のような巨大な悪魔が寝そべっていた。
これも、かなり気持ち悪いし、怖い。
「エネルギーを……エネルギーをよこせ……」
「お腹が空いているのかな?」
「村人を助けたから、きっとそうだよ」
「さっきの装置を壊したので、弱っているんだと思います」
でも、そこから先の戦闘は、ほとんど一方的だった。
敵をどんどん生み出してくるボスだったけど、さすがにイベント一位のパーティーは実力が違う。
ほぼ、苦戦することなく、そのまま勝ってしまった。
このボスは、ユニークスキルをくれないみたいだ。
あまり強くない設定だったのかな?
母体が消えると、その先に進む道が見える。
下り坂を進んでいくと……新しい階層に入った。
「うわぁ、また全然違うね」
地下11階は、引き続き山だった。
でも、日差しの強い夏っぽい山だ。
「山なのかな」
「山というか森ですね」
「かなり自然に溢れている、これは攻略のしがいがありそうだ」
お兄さん達は、楽しそうにしている。
「わたし達はそろそろ……ね」
「そうだね、お腹が空いちゃった」
優も、休息が必要だろう。
ポータルのメモを取る。
「リサちゃんは、どうする?」
優は何気なく聞くけど……。
ナイーブな問題を孕んでいる気が……。
「わ、私は……」
思っていることを、言い出せないみたいな感じだ。
すると、お兄さんが声を掛ける。
「リサ、戻ってきてくれないか? 君の力が必要なんだ」
「リサちゃん……」
優が、優しくリサの肩に手をかける。
「し、仕方がないですね……戻ってあげますよ……!」
なんだか照れているみたいだ。
ずっと一緒にやってきたパーティーなら、その方がいい。
「でも、また遊ぼうね」
「一緒に戦おう」
わたしたちも、リサに声を掛ける。
「お兄様、砂緒はお兄様よりも強いですよ」
「えっ!?」
イベント優勝パーティーなんだから、変なことを言わないで欲しい。
「ほう、そうなのか、もしかして、君が噂の人かな?」
噂……? なんの噂……?
「いえ、噂にはなってないと思いますけど……」
「そうか、これも巡り合わせだな……」
お兄さんが、興味深そうに頷いている。
なんだか、ちょっと居心地が悪かった。
「妹の友達だ、もちろん一緒に遊んで欲しい」
「お兄様が決めることではありません! 私が遊ぶのです!」
「わかったわかった、悪かったよ、それじゃあ、またね」
「はい、じゃあ、落ちようか」
「うん、ご飯を食べよう」
わたしは、パーティーを解除する。
「じゃあ、またねリサちゃん」
「またね」
「うん、また……」
わたしたちは、そのままマイルームに戻った。




