第二十六話 買い取り屋の忠告
「あ、いる」
三階から顔を出すと、いつもの買い取り商人さんが入口すぐの壁の席に座っていた。
他にお客さんもいないみたいなので、わたしはステルスマントをオフにする。
「買い取り、いいですか?」
いきなり席に座って、交渉を始めた。
「アンタか、いらっしゃい、いつも儲けさせてもらって感謝してるぜ」
基本的に、良く出るアイテムはこの買い取り屋さんに売っている。
他で売るよりも高く買ってくれるので、わたしとしてはありがたい。
この買い取り屋さんも、頻繁に売りに来てくれるわたしを、重宝してくれているみたいだった。
「今日は、武具じゃなくて素材なんですよ」
「もしかして、海MAPの素材か?」
海のMAPが解放されて間もないので、素材が珍しい状態だ。
値段が安定していないけど、全部売ってしまうつもりだった。
「全部出しちゃいますね」
テーブルの上にアイテムを出していく。
「ほう……」
海MAPと言っても、孤島で採れる採取物は珍しいはずだ。
水呼吸スキルで手に入れた、海底の素材は特に珍しいだろう。
「パールは結構高いぜ、でも……知らないアイテムが多いな?」
「どれが需要あるかわからないので、お値段はお任せします」
神秘系のアイテムもある。
割と高く売れるはずなんだけど……こういうのは、数が必要だから、2時間くらいの採取だと、そうでもないかも知れない。
「すごいねぇ、こんな素材見たこと無いから、何とも言えないわ」
「買えないですか?」
商人さんは、少し考えて違う話を切り出してきた。
「そういえば、今詠っている吟遊詩人が海MAPの詩を詠っているらしい」
「そうなんですね、それは聞いた事が無かったです」
これ以上、あの詩を聴いていたら恥ずかしくて死ぬ。
他に何曲もあるんだろうか?
「老人の顔をしたボスを倒したと言ってるらしいが、覚えはあるかい?」
な……そんなところまで、詩にされているなんて……。
恥ずかしくて、この場を逃げ去りたいくらいだった。
「な、ないです」
「そうかい、それは残念だ」
なんか、情報通っぽいので一応聞いてみよう。
「でも……あの吟遊詩人は、NPCだと思いますか?」
「ふむ……」
商人さんが、難しい顔をする。
なんか知っているんだろうか?
「それがわからねえんだ」
「わからないんですか」
「知っての通り、NPCはプロフがないんだけど、あの詩人はプロフを交換してくれるんだよ」
そういえば、さっきの人だかりでも、プロフを交換して欲しいと言っていた気がする。
どう考えてもプレイヤーではないと思うんだけど……。
「だから、中身は運営かも知れないが、NPCではないってところかな」
まぁ、本当のところは運営にしかわからないだろう。
噂を集めた結果、そういう分析になったということだ。
「運営がアイドルを雇って、歌わせているんじゃないかなんて噂もあるけどな、今のところ、具体的にそのアイドルが誰だという報告はない」
「そうなんですか……」
確かにかわいかった。
あの歌唱力も、プロならわかる。
楽器演奏のスキルとかがあって、ゲーム内なら楽器を演奏できるのかも知れないし。
「そして、新しい世界を解放した人物と、海MAPのボスを倒した人物は同一人物だって、知っていることになる」
「…………」
明日、優とエミリーに追求されそうだな……。
覚えがありまくる。
「で、仮にだ、アンタが新しい世界を解放してたとしてだ、そこまで案内して貰うにはいくら掛かる?」
「うっ……」
疑われている。
なんで、わたしが疑われてるの?
海MAPの珍しい素材を売りに来たから、吟遊詩人の詠っている人物と同一人物だって思ってる……?
「…………」
お金好きな人なんだろう。
ちょっと顔がにやけていた。
わたしも、守銭奴になろうと思ったけど、出来てない。
「新しい世界を解放した人は、ポータル屋をやらないんじゃないですか? 初めの利益を独占できるんですから」
「だから、例えばだって」
「別にお金は取りませんよ、わたしじゃないですけどね」
なんだか、にんまりと笑っている。
かなり疑われている感じだ。
まぁ、その通りなんだけど……失敗したかな。
リサーチ不足だった。
「そうかそうか、そうだよな」
「なんですか、変な顔をして……」
すると、買い取り商人さんが急に真面目な顔になって声のトーンを落とした。
「オレは、いい品物をたくさん売ってくれるアンタに感謝してる」
「は、はい……」
「だから言うんだが、なんだかきな臭い、隠し通した方がいい」
「え……?」
もう疑っているとかじゃなくて、確信している感じなのが気になるけど……急にどうしたんだろうか?
元々、隠し通すつもりだったけど……。
「友達とかにも、迂闊に話さない方がいいんじゃないかな」
「どうしてですか?」
「今回の吟遊詩人の件、運営が把握してない可能性がある」
運営が把握してない?
いや、それは考えられない。
最下層のこととかダイフクのこととか、知っている人がいるとすれば、それは運営だろう。
さっき、商人さんがNPCじゃないって話はしていたけど……。
「どういうことです?」
「公式フォーラムで、イベントなのかと問い合わせた奴がいて、初めは違うと返答していた運営が、後になってその返答を削除しているんだ」
「ん?」
どういうことだろう?
運営が困惑している?
「もちろん、単なる行き違いかも知れない」
「はい……」
「返答をするスタッフが、イベントのことを知らなかっただけかも知れないし、返答を削除したスタッフが間違えてるだけかも知れない」
そういうヒューマンエラーは発生するだろう。
仕方がないことだ。
「でも、普通に考えてこれはちょっと怪しいぜ」
「…………」
商人さんの勘……なんだろうか?
わたしには、返事をすることが出来ない。
「オレもリアルでは、ちょっと名が通った人間なんでね、探りを入れてみようと思う」
「え、そこまでですか?」
ゲームのイベントひとつで、リアルに探りを入れるなんて……。
探りを入れるっていうのが、具体的になんなのかわからないけど。
「これは、ひょっとしたらだが……面白いことになるかも知れないぜ」
「いえ、あまり面白そうには聞こえないんですけど……」
「いや、アンタには、一応忠告しておこうと思ってな」
なんか、ふてぶてしい態度になってきた。
これが地なのかな……。
一応大人の人だし、忠告は受け取っておこう。
「ありがとうございます」
「頑張ってくれ、この素材は高く買わせて貰うぜ」
総額、50ルピで買い取って貰った。
大体2時間で、五万円くらいの収入だ。
まぁ、今は珍しいから、高く売れるだけなんだろうけど。
わたしは、マイルームに戻る。
「ぴゅーい!」
「ダイフクは今日もかわいいねー」
飛び出してきたダイフクを撫で撫でしながら考える。
きな臭い? ゲームだよ?
わたしは、あまり深く考えずに、新しい世界に行ってみた。
 




