第二十五話 吟遊詩人
夜、お風呂から上がって冷たいお茶を飲むと、あの椅子に深く座ってログインした。
さあ、新しい世界に行ってみようかな。
敵も強いだろうけど、得る物も大きいだろう。
ダイフクが通用しなかったら、初デスすることになる。
「一応情報確認だけ……」
ワールドチャットを確認してみると、なんだかちょっと騒がしい感じがしていた。
事件でもあったんだろうか?
よく見てみると、街のあちこちにかわいい吟遊詩人が現れて、詩を詠っているらしかった。
しかも、それがNPCなのかプレイヤーなのか判別が付かないそうだ。
こんな事件を見逃すわけにはいかない。
わたしは、ステルスマントを羽織って、街に繰り出していった。
吟遊詩人がいる場所は、人だかりになっているのですぐにわかる。
でも、大昔、娯楽が少なかった頃は、詩を詠うなんて味のある芸も許されたんだろうけど、今となってはどうなんだろうか。
日本だって、弾き語りなんてあったのは凄い昔だと思う。
でも、人だかりを遠巻きに見ていると、割とみんな楽しそうなことに気が付いた。
ライブや路上アーティストに近い感覚なのかな?
わたしも、近くに寄ってその歌を聴いてみることにした。
「さあ、お客様も増えてまいりましたので、改めて序章より公演させて頂きます」
いいタイミングに出会ったようだ。
でも、女の子はかなりかわいい子だった。
NPCじゃないとしたら、アイドルを雇っているんだろうか?
しかも、自分でバイオリンのような弦楽器を弾き始める。
「多くの勇士が大地に生まれ~♪ 多くの友と戦いに赴く♪」
このワールドインアビスの世界に、キャラクターが誕生したというような詩だった。
戦士に神官に魔法使い、様々な人が生まれてきたと。
吟遊詩人の詩は、ゲームのストーリーとは、ちょっと噛み合わない気がする。
やっぱりNPCじゃなくて、プレイヤーなのかな?
ツベチューバーみたいな実況配信者とか。
「しかし、勇士は友に裏切られる♪」
ちょっと悲しい曲調になった。
盛り上がりとかがあるんだろう。
今は落とすところなんだ。
「無能とそしられ、人柄を貶め、共には戦えぬと追放される~♪」
「ん……?」
気のせいかな、いや、そんなはずはないけど……。
そして、一瞬、演奏が止まって詩人の詩だけになった。
「勇士は絶望するが、新たなる幸運の馬と共に戦いに赴く♪」
「んん……?」
「人を寄せ付けぬアビスの果て、人跡未踏の地をひとり駆ける♪」
「んー!?」
気のせいじゃない。
この詩って……わたしのこと?
幸運の馬って、ダイフクのことだよね?
わたしが知らないだけで、他にもそういうペットがいるの?
突然、演奏が始まり、しかも最初からアップテンポだった。
「大いなる巨人、最悪の悪魔、立ちふさがる強敵と戦う♪」
「…………」
「多くの宝を得、人の身のたどり着く果てにまでたどり着き、新たなる世界を迎える~♪」
「…………」
「勇士は、ひとり、新たなる世界へと向かう、富も名誉もなく、ただ、助けを求める人のために♪」
そして、曲は終わりを迎え、詩人が一礼をした。
「いいぞ姉ちゃん! もう一曲やってくれー!」
「かわいいー! 素敵ー!」
「上手くスクショが撮れないよぉ~」
「プロフ交換してくれー!」
わたしは、人だかりから離れていった。
こんなのがあるの?
公式フォーラムを見ると、街の10ヶ所で公演が行われているらしい。
「…………」
絶対にプレイヤーじゃない。
NPCか運営に雇われたアイドルとかだ。
新しい世界が解放されたので、その関連イベントだろうという噂が支持されていた。
新しい世界を解放すると、その人が詩になるんだろうと……。
「もうーっ!」
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!!
滅茶苦茶恥ずかしい!
なんで詩になんてなってるの!?
プライバシーの侵害に近いよ!
新しい世界を裸の人が解放したら、裸だったって詠われるの!?
こんなことになると思わなかった~。
でも、後悔は先に立たないのが人生だ。
それが立ったら、失敗する人なんて世の中にいなくなるんだろう。
「はぁ、もういいや、採取品を売りに行こう」
ステルスマントで姿は消えているから、つい独り言を言ってしまう癖が付いていた。
やめるようにしないと……。
わたしは、酒場の三階に買い取り商人さんがいないか見に行った。
 




