第二十二話 大慌てな人達 ◎
「おーいっ! ボスは倒せないんじゃなかったのか!」
「すみませんチーフ、今、原因を調べています」
スタッフルームでは、今日は特別に忙しそうな社員達が働いていた。
新しい世界が前倒しで解放されてしまったことで、様々なイベントやアップデートのプランを練り直さなくてはいけなくなったからだ。
「ヤバイ! これはヤバいぞ!」
チーフの語彙も乏しくなっている。
人間、追い詰められると100%の力を発揮できなくなるという、証明のようなものだった。
貧すれば鈍すと似ているのかも知れない。
「スケージュールが滅茶苦茶になっています。マギウスを交えて、一度整理する必要があるかと」
「例の生徒はひとりだったんだよな?」
「はい、ログの解析を進めていますが、何者かに攻撃を受けて、ボスがやられています」
ボスを稼働させることを承認したのはチーフだが、提案したのは部下だ。
彼も彼で、大変に焦っている状況だった。
「バグじゃないのか?」
「マギウスはバグ判定をしていません」
不正行為やバグなどがあれば、すぐにマギウスが気が付いて修正や提案をしてくる。
それがなかったということは、バグではないと考えるのが妥当だった。
「まさか、マギウスがハッキングされてるんじゃないだろうな?」
「マギウスは1000以上の意志を持っている複合知能体です。その全てを一度に、しかも一瞬でハッキングすることは不可能です」
「ふむ……」
チーフも、それくらいはわかっている。
わかっているが、そう思いたくなるのも仕方がなかった。
「いっそのこと、マギウスの反対を押し切って、例の生徒をBANしますか?」
部下としては、それが一番手っ取り早いのだろう。
チーフの立場としては、容認できないが。
「そういうわけにもいかねーだろうしなぁ……しかし困った」
全てが予定通りには行かないだろうと思っていたが、オープン早々で、この予定外は痛かった。
海MAPの孤島へは、例の生徒が乗り物で到達するだろうと予測し、NPCの売買品に規制を掛けたが、そういう措置があちこちで必要になってしまう。
「新しい世界の開発は終わってるんだよな?」
「はい、全て完了しています」
チーフはちょっと考える。
そして、念のために聞いてみた。
「ちなみになんだが……放っておいたらどうなる?」
「変な話になるのですが……おそらくどうにもなりません」
「例の生徒が目立ちたがらないからか」
「はい、敵が強すぎて、例の生徒以外では太刀打ちできないでしょうが、そもそもポータル屋はしないと思われます」
不幸中の幸いというものだった。
目立ちたがり屋、騒ぎたがり屋が渦中の人物だったとしたら、対応は本当に困ったものになっただろう。
だが、例の生徒は街中の移動にステルスマントを使用するくらい、目立つのを嫌がっている。
陰キャだ、コミュ障だと元いたパーティメンバーから言われていたようだが、それが救いになっていた。
「全ては謎のまま、か」
「考えようによっては、謎が深まったとも言えます」
謎のプレイヤーが、ダンジョン奥深くまで攻略している。
そして、その人物は名乗り出ない……。
まるで、運営の用意したマリオネットのようだった。
「ボスは、ランダムで沸くんだよな?」
「はい、王女の救出イベントは誰でも体験できます」
「なんか腑に落ちないけど……これでいいか」
「イベントも、目立つつもりはないみたいですし。ただ、新しい世界での諸々は、流出しないように制限を掛けなくてはいけません」
「そこは任せる、マギウスと相談して、一部のプレイヤーの攻略スピードが早いから、他のプレイヤーに影響が出ないようにしてくれとか、掛け合ってくれ」
こんなところだろうかと、チーフは考える。
いざとなったら、様々な弱体化という手もあった。
「マギウスと喧嘩してでも、BANしてしまえば楽なんだろうけどな」
「ですね、BANするしか無い状況なんて想像したくもありませんけど」
「よし、このまま放置しよう」
こうして、砂緒の処遇は決定されていた。




