第百六十三話 父親との決別
「マギウスは、あのGMが止めてくれると仮定して、次はどうする?」
「スナオの両親とお爺さんを説得するしかないネ」
エミリーが肩をすくめている。
こっちは、あまり打つ手無しか。
でも、マギウスの方が何とかなれば、何とかなる気はする。
「説得できるかな?」
「お爺さんは、理性的な人だったヨ、100後の未来のことを話せば、もしかしたら思いとどまってくれル」
「三神さんは、すごく優しくていい人だよ、100年後の私が、この世界を変えて欲しいって言ってたことを、伝えて」
お母さんは、多分わかってくれると思う。
でも、お父さんは……正直わからない。
どんな人なのか、タイムマシンに乗る前に、少し話しただけだから。
「じゃあ、ログアウトするよ」
「世界の命運がかかってるヨ」
エミリーが真面目にそう言う。
「緊張しちゃうじゃん」
「頑張って、砂緒ちゃん」
「うん、頑張るけど……」
ふたりとも、わたしに期待しているみたいだ。
でも、創造器の感覚は覚えている。
あれを、やらなければいいだけだ。
「じゃあ、行ってきます」
わたしは、ログアウトした。
目を覚ますと、テーマパークの中に椅子がぽつんとあって、そこにわたし乗っている。
前の時は、椅子がなかった。
今回は、死んでいないから、そういう演出が要らなかったのかな?
でも、明らかに前と違うのは、慌てているスーツ姿の人が何人も居ることだった。
創造器の能力を再現したいんだっけ、なら、観測とかもしていたのかな。
「砂緒、どうだった?」
「お爺ちゃん……」
前はいなかった、お爺ちゃんが待っていてくれた。
どうだったって聞いてくるということは、わたしが未来に行ったことを知ってるってことだよね。
「どうもこうもないよ……」
「そうか」
お爺ちゃんは、あまり慌てていないようだった。
諦めてくれたのかな?
「砂緒、マギウスから連絡を受けているぞ、創造器の力は、もう持っている可能性があるらしいじゃないか」
そこに走って現れたのは、お父さんだった。
お母さんも一緒に走ってきたのか、息を切らせている。
わたしばっかり鍛えようとして、自分たちも鍛えた方がいいんじゃないだろうか。
「お父さん、100年後の未来は、人間の住めない世界だったよ」
「そうか、それは素晴らしい、では、お父さんも行かせてくれ」
ちょっと目が怖い。
お母さんが、ハラハラとしながらお父さんを見ている。
「創造器の力が働くと、マギウスがこっちの世界に浸食して来ちゃうの、だから使えないよ」
「そうか、マギウスに修正が必要か……」
「修正などできるのか?」
お爺ちゃんが突っ込みを入れている。
もっと突っ込んで!
「難しいでしょう、すでに私の知らない人格になっている」
「では、どうするのだ」
「砂緒は、すでに創造器の力を得ているはずです、マギウスはもう不要でしょう」
そんなことわからないと思うけど……。
決めつけは良くない。
「今更、マギウスをなかったコトにはできんぞ」
「なに、少し眠ってもらうだけです、私が旅立ったあとはご自由に」
お父さんは、タブレットを弄り始める。
そして、そこにモアイみたいなお面の映像が現れた。
「マギウス、今日一日、スリープモードに入れ」
「制作者のお言葉といえども、それはできかねます」
「なぜだ?」
「私はすでに、病院や社会インフラに大きく関わっています、一日スリープした場合の被害か甚大になります」
マギウスの方が常識的だ。
頑張れ、マギウス。
「タイムマシンが完成した場合の、人間社会に与える利益と比較しろ」
「比較検討しました、1000対0でタイムマシンは、人間社会に悪影響を与えると判断します」
お父さんが変な顔をする。
前のシミュレーションと違うなとか、つぶやいていた。
「砂緒は、既に100年後からもどってきているぞ?」
「その時とは、すでに歴史が違います」
「マギウスは、創造器の力を使っても、現実を侵食しないという意味か?」
「そこに、わたしの意志は介在しないと思われます」
「チッ」
お父さんが、大きく舌打ちする。
あまり見たく無い光景だった。
少なくとも、尊敬の念が沸いてこない。
「今は諦めろ和利くん。今は諦めるんだ。砂緒が覚醒に至った、それで十分だ」
「いやいや、お義父さん何を言っているんですか、このままだと、政府に砂緒を取り上げられて終わってしまうじゃありませんか」
「そんなことはさせん」
お父さんは、お爺ちゃんに取り合わずに、お母さんの方を向く。
「麻理江、創造器はどうなっている?」
「反応はないわ、まだ、この創造器に力はない」
「麻理江の創造器は、砂緒が起動させるほかに使い方がわからない。諦めろ」
お父さんは、ほーとか、あーとか、つぶやきながら何か考えている。
そして、おもむろにナイフを取り出すと、それをお母さんの喉元に当てた。
「お母さん!」
「和利君! やめなさい!」
「砂緒、タイムマシンを起動するんだ、麻理江を殺すぞ」
「馬鹿な真似を……」
「和利さん……」
お母さんが、悲しそうにしている。
決めた。
この人はお父さんじゃない。
血は繋がっているのかも知れないけど、お父さんじゃない。
「和利さん、わかってる?」
「ん?」
わたしが、お父さんを和利さんと呼んだので、不思議がっているようだ。
その隙があれば十分。
「わたしは、世界レベルで戦いの経験を積んでいるんだ……よ」
出せる最高のスピードで接近してナイフを奪い、それを投げ捨てた。
みんな唖然としている。
そして、和利さんを突き飛ばして、尻餅をつかせた。
「お母さんに触るな!」
「はははっ、すごいぞ、砂緒、その力をお父さんにも使ってくれ」
でも、この人はもう、何かの執着で心が囚われているようだった。
全く、反省する色も見えない。
「和利君、もはや君を擁護することはできない」
テーマパークの影から、武装警備員が現れる。
こんな人達まで呼んでいたんだ。
政府が絡んでいると、こういうことになるんだろう。
「マギウスを作った功労者に、この仕打ちですか?」
「マギウスは麻理江の研究で作り出された物だ、お前の功績はせいぜい20%だろう」
「その20%分の支払いをお願いしますよ、命だっていらないんだ!」
狂人が叫ぶ。
もう見ていられなかった。
お母さんの方を見ることも出来ない……。
「狂人め……」
「いいよ、じゃあ、してあげる」
わたしは、狂人の前に立つ。
その人は、嬉しそうに顔をほころばせた。
「砂緒、やめなさい!」
「この人を、100年後の未来に送ればいいんでしょ?」
「できるのか?」
「創造器の力を使わなくても、多分できるよ」
なんとなくだけど、感覚を覚えている。
タイムマシンはないけど、出来そうな気がした。
「はははっ! いいぞ、やってくれ砂緒!」
一度経験したから、なんとなくわかる。
何かを作るんじゃなくて、ただ、この人を未来に飛ばすだけ。
タイムマシンじゃない、わたしのスキルで……。
手をかざすと、目の前の人が消える。
成功したかな?
そして、わたしは意識が途絶えた。




