第百六十話 呼び出されるGM
ここは、ゲーム世界の中心地。
プレイヤーとゲームコンテンツの全てを司る、スタッフルームである。
「荒井さん、例のプレイヤーからGMコールです」
「え、また?」
「……お願いしますね」
また、と言いつつ、荒井は嫌な顔をしていなかった。
それを見た同僚は、かわいそうな表情を浮かべて、自分の仕事に戻る。
悪い気はしていない。
むしろ、また、あの子達と会えるかと思うと、心が弾むのが本音だ。
それでも、一応、めんどくさそうに、嫌そうな素振りをしながら出かけようとすると、チーフから呼び出された。
せっかくのいい気分が台無しだと思いながら、荒井は、チーフのところに行く。
「荒井君、悪いね」
チーフはいつもの調子だ。
昼行灯で、何を考えているか、いまいち掴めない。
でも、無能なのは間違いないと、荒井は思っていた。
「チーフ、今、例のプレイヤーからGMコールを受けているので、後でいいですか?」
「丁度、その件で話がしたかったんだよ」
「GMコールですから、早く行かないといけないんですが……」
また、なんの無茶を聞かされるのか。
嫌な予感しかしない荒井だ。
「あー、駄目駄目、そのGMコールは無視して」
「え?」
荒井は、一瞬、頭が真っ白になる。
GMコールは素早く対応。
マニュアルにも載っている基本事項だ。
そして、すぐにこの人は無能だという考えがもたげてきた。
「そんな馬鹿な、GMコールですよ?」
「馬鹿とはなんだね、荒井君、これはね、ここだけの問題じゃないんだよ」
「どういうことですか?」
全く意味がわからない、GMコールにどういう意味があるというのか。
「ま、説明はない、命令に従いたまえ」
チーフは、いつもの調子から様子が変わる。
なんというか、どっしりとしていて、若い荒井にはない、重厚感を感じさせた。
これがチーフの本性なのだろうか?
無能なチーフに負けていると感じた荒井は、一瞬、頭に血が昇る。
そして、チーフに反抗するように声を荒げた。
「納得できません! 僕は行きますよ!」
「君の趣味のこと、バレたらどういう扱いになるのかね、刑法の範疇なのか、そうじゃなくてもこの仕事は続けられないだろうな」
「うっ……」
荒井は冷静になる。
やはり、チーフには、趣味のことを嗅ぎつけられていた。
しかし、それならば疑問もある。
「なんで、僕を例のプレイヤーの担当にしたんですか?」
そんな趣味を持つ部下に任せたら、問題を起こすかも知れない。
もちろん、荒井は問題を起こさない自信があるが、チーフにそれはわからないだろう。
「それはもちろん……」
そこで、チーフがフッと笑う。
小馬鹿にするような、薄ら笑いだ。
「君なら何も気が付かないと思ったからだよ、扱いやすいって言うのかな、まぁ、つまり馬鹿だからってことなんだけどね」
「…………」
怒りに身が震える。
荒井は、もうここで働く気はなかった。
「部下に馬鹿なんて言葉を使って、今の世の中、通ると思っていますか?」
「通るんだよ、これが」
「楽しみにしていて下さいよ」
荒井は、チーフに背を向ける。
そして、プレイヤーのいるフィールドに繋がる扉に向かった。
「おい! どこへ行く! 誰か、荒井を止めろ!」
スタッフは、皆、ぽかーんとしている。
荒井は、虹の架け橋を渡って、プレイヤーのいるエリアに走っていった。
「あっ、GM来たヨ」
ダンジョンのボス部屋に、白い鎧姿のGMが現れる。
前と同じ人だ。
わたしの担当はこの人だって言っていたから、間違いないだろう。
「今回は、どんなご用件でしょうか」
GMの人は、ちょっと顔色が悪い。
そういうアバターなのかも知れないけど、調子が悪そうに見えた。
「ちょっと、お話があります」
「話、ですか?」
緊急のGMコールで何を訴えたいのか、怪訝そうだ。
「わたしは、マギウスを開発した、一橋和利の娘、一橋砂緒です」
「は……え……?」
GMが、間の抜けた声を出している。
突然の話で、戸惑っているんだろう。
「信じられないかも知れませんが、話を聞いて下さい」
「今、この世界の分岐点にいるヨ」
エミリーが、独特な調子で話を広げていく。
相手の興味を引くように、この辺りは得意だろう。
「分岐点?」
「政府の企みで、創造器というアイテムが完成する、そうするとタイムマシンが作られて、ゲームが現実世界に浸食すル」
「…………」
GMは、荒唐無稽すぎて、意味がわからないという顔だ。
それもそうだろう。
そんな話、簡単には信じられない。
「本当です、わたしは、今、100年後の未来から戻ってきました。そこは、人の住むことが難しい世界だったんです」
なんだか、信じられない話に、信じられない話を上書きしているようだ。
どうしよう、これじゃGMに来てもらった意味がない。
「……わかりました」
「え?」
でも、GMは重く頷いてくれた。
そういうマニュアルなんだろうか?
「しかし、僕を呼び出してどうするつもりですか? 僕は、GMコールに出るなと上司に言われていて、クビを覚悟でここに来ました」
優とエミリーと顔を見合わせる。
運営の方でも、動きがあったんだ!
慎重に、GMと話を続けていった。




