第百四十話 砂緒と荒井の出会い
ここはスタッフルーム。
血は流れないが、汗と涙は流れる、運営の部屋である。
今日もスタッフは、様々なトラブルに対処し、様々なプレイヤーを助け、計画に沿って運営を進めていた。
「荒井さん、例のプレイヤーからGMコールです」
「は?」
オペレータの女性から、そんなことを言われる。
一瞬、なんのことか理解できなかったが、GMコールに対処しろという話なのはわかった。
だが、GMコールの受付は荒井の仕事ではない。
ゲームフィールドに赴き、問題を解決する人間は別にいる。
「なんで僕に?」
「例のプレイヤーのことは、全て荒井さんに任せろとチーフが」
チーフの方を見ると、今日も、何か別の動画でも見ているのか、機嫌が良さそうに画面を見ていた。
何をしているのかはわからない。
「GMコールまで僕が?」
「そうです」
「フィールドに行って話を聞かなくちゃいけないんですよ?」
「もちろんです」
「…………」
「じゃあ、お願いしますね」
GMコールをされている以上、放っておくことはできない。
急を要する可能性もある。
渋々ながらも、荒井はゲーム世界との境界である、虹の架け橋を通って、現場に急行した。
「一橋砂緒さんですね、どうしましたか?」
アバターは、スーツから白い鎧のGM衣装に変わっている。
ゲーム世界に来ると、GMコールされている位置まで、一瞬でポータルした。
「…………」
一橋砂緒から、ジッと見られている。
少し気圧されるところもあるが、子供特有の、相手の顔をジッと見てくるというアレだろう。
そして、実際に一橋砂緒にあった感想としては……。
すごくかわいい、ということだった。
いや、砂緒だけではない、このパーティーがかわいい子揃いなのだ。
一橋砂緒は好みだったので目を付けていたが、小島優もエミリー・グラヴェットも名塚葉月も、それぞれ違った魅力があっていいと荒井は思う。
個人的趣味も入っているので、世間的な評価とは少し変わるかも知れないが。
生の美少女と話しをすることに、荒井は少し興奮していた。
「…………」
ジッと見られている。
GMが物珍しいのか、なにかを感じているのか。
話をするときは、相手の目を見ろと、子供の頃に躾をされた記憶があった。
さすがはアリス学園の子だけあって、礼儀正しいのだろうか。
「この人の父親が、ガンマプラスの専務理事で、謝罪をしないならアカウントを停止すると脅されているんですけど、これは脅迫になりますか?」
砂緒が、もやしっぽい男を指さしてそう告げる。
「は?」
もやしっぽい男は、高校生くらいだろうか?
専務理事? アリス学園か? というか子供の喧嘩か?
さっと、もやしっぽい男のデータを見る。
名前は樋口湊、17歳で課金はあまりしていない。
高校生らしいプレイをしていると荒井は思う。
「樋口湊さん、この話に間違いはありませんか?」
「そ、それは……」
事実なのか、後ろに足を引き、手で防御の姿勢を取った。
わかりやすく、クロだということを現している。
「事実だった場合、一ヶ月程度のアカウント停止か、ログを解析して、悪質と判断された場合には、アカウント剥奪になる可能性もあります」
怯えている姿勢から一転、樋口湊は急に噛みついてきた。
情緒が不安定なのだろうか。
「お、お前もガンマプラスの社員だろ! パパに言い付けてクビにするぞ!」
「どうぞご自由に、運営に対する脅迫行為を間違いなく認めました、アカウントを凍結します」
腕時計型のコンソールを操作する。
GMだけが装備できる時計で、特殊なユニークスキルがいくつも使えた。
「な!? なんだこれ!?」
樋口湊に白い鎖が巻き付き、行動不能にする。
どんなに強くてもレジストできない、拘束用のスキルだ。
「ほ、解け! どうなっても知らないぞ!」
「あまりしゃべると、今後の裁定で不利になりますよ」
「ぐっ!」
「アボート」
「うわっ! うわあぁぁぁぁぁっ!」
樋口湊が、時空の彼方に消え去った。
アカウントを強制ログアウトさせている。
マギウスの判断によっては、永久アカウント停止だろう。
「彼の行為に関しては、ログの解析を進めます」
「わかりました」
「被害に遭われた方への、メンタルヘルスケアプログラムがあります、是非ご利用ください」
「いえ……そういうのは、いいです」
人と話すのが苦手そうな砂緒の感じに、荒井は胸が高鳴る。
初々しい感じがたまらなかった。
「大丈夫だヨ、問題は排除されたからネ」
「そうですか、ではコール代はお返しします、気がかりがありましたら、ヘルプよりお問い合わせください」
「……わかりました」
「それでは、失礼します」
これが、砂緒と荒井が初めて出会った瞬間だった。




