第百三十三話 夜の会場
7月も10日を過ぎて、暑さも本格的になってきた頃。
教室の中は、夏休みを目前にして、どこかソワソワとした雰囲気があった。
夏休みといえば宿題だけど、アリス学園なら、普通の宿題じゃないだろう。
「それでは、今日は終わりにします」
先生が、教室から出て行く。
やっと、放課後だ。
「なんか、今日イベントやってるらしいぜ」
授業をサボって情報を集めていたのか、男子がそんなことを言う。
「告知無しで?」
「大がかりなイベントじゃなくて、NPCがセールをしていて、そこで福引き券がもらえるんだってさ」
教室内に、ふーんというくらいのざわめきが起きる。
「砂緒ちゃん、福引きだって」
「行ってみる?」
「いつも使う消耗品とかは、まとめ買いしてもいいよね」
ポータルとか、ポーションとかは、買い置きをしてもいいと思う。
でも、これは、プレイヤーの持っているお金が増えて、インフレ気味になっているということだろう。
それで、NPCにお金を吸い込ませるイベントを始めたわけだ。
「じゃあ、行ってみようか」
ふたり部屋を借りると、ログインしていく。
マイルームであれこれした後、孤島に飛んだ。
「おはヨー」
孤島では、エミリーが待っていた。
「おはよう」
「おはよー」
優がもう来ているから、イベントのことは話をしたかな?
「買い物イベントがあるみたいだよ」
「今、ユウに聞いたヨ、どういう物を売っているんだろうネ」
「NPCがやっているセールだから、消耗品を売っているんじゃないかな? そこでお金を使うと、福引き券がもらえるんだって」
「アハハ、露骨なインフレ対策だね」
同じ事を思ったみたいだ。
まぁ、そういうことだよね。
「行ってみようよ」
「いいヨ」
「街からイベント会場に行くのかな?」
3人でパーティーを組んで、イベント会場に飛んだ。
「うわぁ、夜だぁ……」
そのイベント会場は、夜の会場だった。
「夜だと、お財布の紐が緩むのかな?」
「そういうデータがあるのかも知れないネ」
夜と言っても、イルミネーションキラキラで明るい。
暗がりもないし、人がいっぱいだから怖くはなかった。
「さあ、何を売っているのかな?」
「見てみよウ」
なんだか、いい匂いが漂ってくる。
この辺りには、食べ物屋さんが出ているようだった。
見たことのない食べ物が、ずらっと並んでいる。
「世界中の屋台が出ているのかなぁ?」
「そうかもしれないね」
最近授業でやっていた、VRで料理の味を再現するあれだ。
実物の料理を数値化するというのが、難しい作業っぽいけど、マギウスに繋がったヘッドセットをして、料理を食べるだけで済むらしい。
「おいしそうだねー」
そこに、肉を挟んだ薄いパンに、すごいチーズをとろけさせてかける屋台があった。
「これ食べたくない!?」
「これは、トルコの料理だったかナ?」
「砂緒ちゃんは、料理にはまっているもんね」
最近、料理作りが趣味になってきている。
ゲーム内から始まって、現実でも作るようになっているから、教材としてのゲームの価値は、間違いなくあるんだろう。
「じゃあ、これ食べよウ」
おじさんに、500イヤを払ってチーズたっぷりパンをもらう。
屋台からちょっと離れて、みんなでそれにかぶりついた。
「んっ! うんまぁ~! 肉がカレーみたいな味だ!」
「チーズあっつい! でも美味しい!」
「カレーじゃなくてスパイスだネ、でも、塩が効いた肉が美味しイ!」
わたし達は、それをぺろりとたいらげてしまう。
現実だったら、これ一個でお腹いっぱいだね。
「料理ひとつじゃ、福引きはもらえないみたいだネ」
「そうか、それが目的だった」
「いいよ、買い物を楽しもう」
やっぱり、ガッツリと買わなくちゃいけないんだろうか。
屋台通りを歩いて行くと、やけに人だかりができているところがあった。
「何を売っているんだろうねぇ?」
「射的……かな?」
見てみると、それは射的だった。
当たるものを見てみると、カードだ。
カード型のアイテムは、悪魔のカードしか見たことがない。
「カードだね、なんだろう?」
「お兄さン、あのカードなんなノ?」
相変わらず行動の早いエミリーが、近くの人に聞いている。
わたしには、絶対に真似できない。
「まだ効果が実装されてないアイテムみたいだぜ、でも、E~SSSまでランクがあるみてえだ」
「ふーん、ありがとウ」
未実装のアイテムか。
まさか、これでお金を使わせるつもり?
「なんだろうネ、武器とかにカードを差せるのかナ?」
「様子見かなぁ……」
「思ってたのと違うね、もっとNPCの商人さんが、いつも通りの商品を売っているのかと思ってたよ」
「運営も、考えているんだネ」
わたし達は、射的をスルーして道を歩いて行った。




