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1 挫折

初投稿です。



 今日、初めて会社を無断欠勤した。



 俺の名前は高岡裕二。今年で50歳のどこにでもいる普通のおっさんだ。


 田舎の高校を卒業してすぐに上京し、中堅どころの会社に就職した。当時は平成のバブル期で就職には苦労しなかったが、高校の同級生で大学に進学した友人達は、就職活動の時期にはバブルが弾けた後で、かなり厳しい状況だったようだ。まあ、俺には関係が無かったが。


 入社3年目に高卒で入社してきた後輩と付き合うこととなり、5年の交際を経て結婚した。


 もともと俺は内向的な性格で、まあ、社会人になってからは仕事も影響があるため人並みのコミュ力は身に付けたが、人と一緒に過ごすよりも、1人でマンガやアニメを見る方が好きだった。いわゆる隠れオタクってやつだった。


 付き合い始めたきっかけは妻から飲み会に誘われたからだった。誘った理由はオタクだと思ったからだってさ。オタクはオタクの匂いがわかるそうだ。付き合ってからは一緒にコミケに行ったり、同人誌を作ってみたりしたので、その言葉のとおり何となくオタクってわかるんだなと感覚的に納得出来たものである。あ、当たり前だけど、作った同人誌はほとんど売れなかった。そんな才能があれば別の人生があったよ、まったく。


 30歳に人事異動で総務系の業務を担当する部署に移った。仕事は忙しかったが、1人でコツコツと作業するのは自分の性に合ったようで、上司からは結構気に入られたと思う。帰りたいと言ってんのに3次会まで飲み屋に連れ回させたりしたのが多かったから。あの頃はしょっちゅう妻に飲み過ぎだって怒られてたな。


 40歳には係長に昇格し、初めての部下が出来た。色々と戸惑うこともあったが、それなりに指導することが出来たし、それに見合うだけの信頼は得ていたと思う。


 48歳には課長に昇格したが、人事交流という名目で、未経験の営業系の部署に移った。が、これが人生の転換期であったと思う。


 まずは第一に仕事を覚えることが重要であるが、部長がすげえ厳しい人で、少しでも答えれないことがあれば教えてくれるのだが、まあ、あれだ。松岡◯造みたいな感じだ。教えてもらっている脳裏に、昔テレビで見た松岡◯造の指導を受けて泣いている幼少の頃の錦◯圭の映像が浮かんだ。


 部下もまた厳しかった。部長の考えの通りに進めようとしたところ、現場はそれでは立ち回らないと言われ、自分なりに折衷案を考えてみてもどっちつかずでダメ出しをくらうことなど日常茶飯事。最後には俺を除いて調整しているのが当たり前の光景だった。完全に俺はいらない子扱い。部署には俺の居場所がないと感じ、勤務時間中は針のむしろ状態で日に日に感情が抜け落ちていくように無気力となっていった。


 毎朝出勤時には会社を辞めたいということしか考えられなくなり、現実的にすぐ辞めるということは難しいため、もう死にたいと思うようになっていった。


 このままではヤバいと思い、言いにくかったが妻に会社を辞めたいと相談した。


 妻からは長年勤めたんだからもう少し頑張ってみてよ。思い切って部長に相談したらどう。それでもどうしても辞めたいならその時にまた相談して。共働きで子供もなく、車も持ってないから、結構貯金はあるし、あなたが仕事を辞めても暮らしていけると思う。と言われた。


 翌日、意を決して部長に仕事が辛い、会社を辞めたいと打ち明けてみた。


 部長は少し驚いたが、厳しく指導しているのは君に期待しているからだ、頑張って乗り越えてくれと言うだけで、その後の態度にも変化はなかった。


 若い頃から勤めているので会社を辞めるのはもったいないという気持ちと、今辞めて他の仕事ができるのかという疑問と、妻の言葉に甘えるわけにはいかないと考え、自分の気持ちを押し殺して仕事を続けていた。





 1ヶ月ほど経った頃、ふと、体調の変化に気がついた。


 最初は通勤途中に胃が痛いと感じただけであったが、日に日に痛みは大きくなっていった。


 それでも仕事を続けていたが、今日は最大限の激痛となって俺に会社に行くなと訴えかけてきた。もうすぐ会社の最寄駅に着いてしまう。そこで降りなければと思ったが、痛みに堪えきれず、そのまま電車に乗ったままであった。


 すぐに次の駅で引き返そうと考えたが、足が電車の床に張り付いたように動かず、気付いたら今から出勤しても遅刻確実な時間になっていた。


 まずい。管理職で無断欠勤なんて終わりだ。すぐに電車を降りて部長に連絡すべきであるが、会社に電話をしようと考えただけでひどい頭痛に襲われた。スマホの電源を切り、電車が終点の駅に到着した時には就業開始の時間はとっくに過ぎた後だった。


 やってしまった。もう終わりだ。


 とりあえずは終点の駅でスーツは目立つため、タクシーに乗り込み郊外のホームセンターへ向かい、作業着とリュックサックとロープを購入した。いざというときのために、鞄には10万円のヘソクリを入れているのでお金は十分に足りた。出勤鞄とスーツは嵩張るので、中身をリュックサックに詰め替え、ホームセンターのゴミ箱に捨てて身軽になった。


 ロープもリュックサックに詰めて、なるべく人のいないところ、遠くに見える山を目指すことにした。足がつくとまずいと考え、タクシーは使わずに徒歩で向かった。



 2時間ほど歩いたところで登山道の入り口らしきものを見つけた。作業着にリュックサックなので登山客に見えないこともないが、平日の昼過ぎに登り始める人なんかはそうそういないので、周りから見たらおかしな人と思われただろうが、幸いにも周囲に人はおらず、すんなりと山に入ることが出来た。



 30分ほど登山道を登り、山も深くなったところで道から外れで林の中に入った。結構大きい樹木に苦労して登り、丈夫そうな枝にロープを結び、重さがかかるほど締まるように結んだ輪っかを首にかけた。


 と、その前にスマホに電源を入れてみる。お、すげー。山の中なのにアンテナが立ってるわ。妻のスマホからGPSで探せるから、電波が届く限りは行方不明とはならないだろう。ラインやメール、留守電がめちゃめちゃ入っているが、内容を確認すると未練が残ると考えて何も見ずにポケットにしまった。


 あとは樹木から飛び降りれば首吊りが出来る。


 そう思ったとき、ポケットにしまったばかりのスマホが震えた。慌ててスマホの画面を見てみると妻からの電話であった。一瞬、電話に出るべきか逡巡したが、無視して樹木から飛び降りた。


 刹那の浮遊感の後、首が絞まると同時に頭の上からゴキッという音が聞こえ、視界が黒く塗りつぶされた。


 ああ、これで楽になれる。その想いだけが脳裏に浮かんでいた。

 

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