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Factoring road  作者: arahim
第一章 R.start
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《ご自宅に到着いたしました》


なんら音階を変えることなく、淡々と事実を告げるルツ。

予定より10分程早く家に着いた。

僕の家は都心部分から少し離れた位置に存在しており、周りにはもっぱら住宅街だ。


「よし、ルツはモデルSを片づけたら、先に研究室に行っててくれ。後アレ、頼むな」

《かしこまりました》


車を降りてルツに命令する。もちろん何があってもいいように、例のモノの存在のことも。僕の相棒であるルツなら、いちいち言葉にしなくても意図は伝わるだろう。


さて。問題はここからだ。

上手くいくといいが……。


「ただいま帰りました」


玄関のドアを開けて誰もいない廊下に向かって話しかける。すると僕の言葉に反応して玄関のすぐ横の壁が開き、中から人型のAIが出てくる。


《お帰りなさいませ、優一様。お母様から命令です。2階の書斎にお向かいください》


早速来たか。聞こえない程度に、軽く息を吐きだす。


「分かった。一度お手洗いに行ってから伺うから、そのように伝えといてくれ」

《かしこまりました》


靴を脱いでトイレに向かう。

さっきの音声の内容からも分かるように、あのAIのマスターは母上だ。


AIと一口に言っても、いろいろなタイプが居る。僕のルツのように本体を持たず、いろいろな機械を媒体にできるAIや、本物の人間と全く見分けがつかない媒体を要するAⅠまで様々だ。流石に人間のように喜怒哀楽があるわけではないが、それでも把握しきれないくらいの性格パターンがある。

AIに恋をする人間だっているほどだ。


「ふぅ……」


トイレに腰を下ろし一息つく。

面倒くさい、が無視できるものでもないし……


そもそも人の研究室に勝手に入るなって話だ。いくら家族といえど見られたくないモノの一つや二つ、あって当たり前だろう?ましてや僕はまだ高校生で思春期なのだから。

まぁまだ用件が研究室にあるモノと決まったわけではないけど……今はただ別の用件だということを願うばかりだ。


「よしっ」


母上の書斎へ向かう覚悟を決める。

淡い期待はそこそこに、あくまで何があっても動じないこと。至極単純だ。

頭の中の不安を断ち切って、服装を正して二階の母上の書斎に向かった。




「どうぞ」


モニターフォン越しに、母上の許可が下りる。と同時に書斎の扉が自動で開く。


「失礼します、母上。今日は一体どういったご用件でお呼び出しでしょうか?」


室内に入り、母上の方に向けて頭を垂れる。

固いと思うかもしれないが、我が家では母上は絶対的な存在だ。その権力には父上であっても逆らえない。


「貴方が学校に行っている間に、少しお部屋の方を拝見させていただきました。何ですか?あれは。一介の学生の貴方が所持していいものではないでしょう。一体アレで何をするつもりですか?」


その言葉に、背中に嫌な汗が流れる。悪い予感は的中した。

やはりタイムマシーンのことか。チッ、勝手に部屋に入りやがって。


「すみません。なんせモノがありすぎてまして……アレとはどれのことでしょう?」


しかし動揺してはいけない。あくまで平静に且つ自然体で。


「とぼけるんじゃありません。分かっているんでしょう?」


もちろん、分からないはずがない。


「すみません、部屋に直接来ていただいて、どのことか言っていただけないでしょうか?」

「いいでしょう、言い逃れられるとは思わない方がいいですよ?」


そう言って母上は椅子から立ち上がる。


よし、ここまでは概ね予定通りだ。

これを見越して、ルツにはしっかり頼んでおいたしな。今頃ルツが上手いこと画策してくれていることだろう。そうして母上と研究室に着くころには、タイムマシーンは跡形もなく無くなっている、って算段だ。


モノが無ければ、それ以上つけ入れられる隙は無い。


「その作りに作った顔ができるのも今のうちだけですよ。だから今のうちに精々言い訳を考えておくことですね」

「ハハッ、そんなことないですよ、母上」


横を通り過ぎていく過程で、厳しい視線を母上から向けられる。

生憎、僕にはルツが居るからな。そんな視線を向けられても、いちいちひるんだりはしない。

心の中で母上を軽く侮蔑しながら、母上と共に研究室に向かった。




「じゃあ開けてもらえるかしら?」


僕の部屋の入り口の前で立ち止まる母上。

わざわざ僕に言わなくても自分で開けられるくせに、どうして自分で開けないのか。そういうところも気に入らない。


「……」


無言で入り口の横にある生体認証パネルに近づく。


《確認しました。寝屋川優一様、ドアを解錠いたします》


いつもの如く、スムーズにロックが解除される。


「どうぞ、母上」


開いたドアに手を重ねて、母上を室内へと招き入れる。


特に何の反応も示さず、無言で室内に入る母上。軽く部屋を一瞥して、目的の場所と言わんばかりに、研究室に繋がる壁をにらみつける。

本当につくづく嫌味な人だ。


「そこの壁にある扉、そこも開けてもらえるかしら?」


はいはい、すぐ開けますよ。いちいち睨んでからじゃないと、言葉にできないんですか?


「はい、ただいま」


けどそんなことを言えるわけもない。部屋のドアを閉め、最深部に設置してある棚の横の壁に向かう。そしてそのまま何もない壁に向かって小さく息を吐く。


「ルツ、開けろ」

《かしこまりました、優一様》


プシューと音を立てて開く扉を前に、軽く目を閉じる。

頼むぞ、ルツ。お前に僕の命運はかかってるんだからな。 


僕が祈る後ろで、母上の目線は真っ直ぐ僕の研究室の中に向けられている。さてと……


《おかえりなさいませ、優一様》


中に入る同時に、どこからともなくルツが話しかけてくる。


「あぁ、ただいま」


中を見て胸を撫でおろす。予定通り、朝学校に行くときにはあったはずのモノが、綺麗さっぱり消えていた。

よかった、上手に隠してくれたみたいだな。


「母上、中へどうぞ」


安堵にも似た息を、一つ軽く吐いて母上に向き直る。

さて、どんな反応するか。


「…全く忌々しい部屋ね。それにそのAIも。気に入らない」


怪訝な表情を浮かべる母上。足取りに軽さは見られない。

本当にいちいちい一言多いお人だ。


「で、どこに隠したのかしら?」


中に入りぐるりと全体を見まわした後、分かっていると言わんばかりの態度で僕を問い詰めようとする母上。

ま、そんなことを言ってくるとは思っていた。


「隠したとは何のことでしょう?僕は家に着いてから一度も部屋に寄らず母上の書斎へ向かったので、そのようなことはできるはずもないのですが……」

「まだ隠そうとするその性根は誰から学んだのかしら?」


フン、と鼻から息を抜く音が聞こえた気がする。

子供は親を見て育つのだから、母上か、母上でなければ父上でしょうね。


「まぁいいわ、タイムマシーンよ。ここに置いてあったでしょう?アレは私達一般人が扱っていいモノではないのよ」


僕がしらを切る気でいることを悟ったのだろう。諦めたように、その名称を口にする母上。

だけどお生憎様。そのくらいで動揺するわけない。


「出しなさい。どこに隠したの?」


けどそんな僕の内心など知りえない母上は、なおも僕を問いたださんとばかりに、詰め寄ってくる。


おいおい、何を言ってるんだ母上は。ちゃんと僕の話を聞いていたのか?


「だから僕には隠しようもないと先程申し上げたのですが……」

「黙りなさい!貴方のそういうところ、本当気に食わない」


あぁそうですか、僕も母上が気に食わないんですよ。お互い様ですね。


「ははっ、それは失礼いたしました。ですが隠してもないモノを出せと仰られても、僕にはできかねます」


表情を変えることなく、飄々と変わらぬ態度をとって見せれば、母上は呆れたように溜息をこぼす。


「もういいです。モーゼ、貴方が探しなさい」

《御意》


モーゼ、ねぇ。お前が探しても無理だけどな。

mode7(モードセブン)略してモーゼ、母上に忠実なAI。


母上の所持するAIは一般的な市場に出回っている、いわば量産型のAIだ。そんなモノが僕の開発したルツに敵うはずがない。


《全域スキャン、完了致しました。対物センサー、耐熱センサー、金属探知、どれも反応がありません》


だろうな。ルツがその程度で見つけられる隠し方をするわけがない。


「チッ、使えないわね」


目に見えてイライラし始める母上。

大の大人が、チッ、なんて言葉使ったらまずいですよ?


「…もういいわ。勝手にしなさい!」


使えないAIと僕の態度に我慢の限界を迎えたのか、明らかに強い足取りで部屋から出ていく母上。


「ではこれにて。ルツ、ドアを閉めろ」


母上が研究室から出ていくのを見て直ぐ、ルツにドアを閉めるよう命令する。


《かしこまりました》


部屋の扉が閉まるのを見届けて、軽く胸を撫でおろす。

なんとか上手くいったな。


「……なんとかなったな。それにしてもルツ、一体どこに隠したんだ?」


安堵するままに腰を床に落ち着かせて、ルツに隠し場所を尋ねる。

僕自身、ルツがどこに隠したのか把握できていない。

それにmodo7のセンサー探知によれば、特にこれといった反応は示していなかった。


《隠してなどおりません。作動させただけです》


相も変わらず、平坦な音声で言葉を連ねるルツ。

なるほどね。作動か………作動ね………作動?


「おいちょっと待て!それってもしかして……」


けど言葉の内容は、落ち着いて聞いていられるようなものではなかった。


背筋を嫌な汗が伝う。血の気が引いていくのが分かる。

ものすごく、嫌な予感がする。

頼む、僕の思い違いであってくれ。


《何を勘違いされているのかは分かりませんが、タイムマシーンを作動させただけです》


平坦に、あくまで簡潔に、まるで当たり前だと言わんばかりに、言葉を連ねるルツ。

……やっぱり、思い違いなんかじゃなかったか。


《作動させ今は転送先の座標を確認中です。ですのでここには存在しないわけです》


無機質なはずの音声が、少し得意気に聞こえる気がする。少しだけ自慢気にも聞こえる。


「てことは……」

《ちょうど確認が取れました。後5分で転送開始です》


ダラダラと嫌な汗が背中を伝う一方で、ルツはまるで事務作業でもこなすように、音階をなぞる。


……ちょっと待て、頭が追いつかないんだけど。既にタイムマシーンは作動されていて、転送先の座標も確認が取れて、後5分で転送開始?

うん、やっぱり意味が分からない。


「ちょっと待て、聞いてないぞ?」


今更説明を求めたところで、既に手遅れな気がしなくもないが、それでもやはりどうしてこうなったのか訳が分からず、ルツに説明を求める。


《優一様が命令されたことではないですか。頼むぞ、と》


…………………家に着いた時の命令か。


「あれはそういう意味で言ったんじゃなくてだな。隠してくれって意味だったんだけど……」

《……》


特に返答はなく、無言なままのルツ。


「マジか……今更転送拒否ってできたりしないのか?」

《申し訳ございません。このタイムマシーンにそのような機能は搭載されておりません》


微かな希望を探すも、その企みはルツの言葉によって即座に失敗する。

くそったれ!こんなことなら、妥協して安いタイムマシーンを買うんじゃなかった。


どうにかするべく頭をフル回転させる。が、作動してしまったものを今更どうこうできるはずもなく………


「……ルツ、転送まであとどれくらいだ?」

《後30秒です。とにかく、その机の上に置いてある座標リングを手に着けてください》

「それだけ!?ってじゃあもう」

《転送開始いたします》

「ちょ待っ!!」


流れるように転送が始まり、慌ててルツに言われた座標リングに手を伸ばす。そのままその座標リングを手首に着けたところで、体全体がモザイクのようなものに包まれていく。




こうして僕は、どことも分からない時代に飛ばされた。


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