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9/9

(どっちがより悲劇的なんだろう?)

 彼女の失踪が事件として伝えられたのは、それから数日後のことだった。

 学校の先生からの、「何か知っている者はいないか?」という質問に答える生徒はいなかった。ぼくを含めて、誰も。彼女はいつも一人ぼっちだったのだ。彼女の行動や行き先に注意を払う人間はいなかった。

 ――とはいえ、本当のところ、ぼくは彼女が今どこにいるかを知っていた。

 そして、お父さんの言う深い穴、ぼくの中にもあるその深い穴の底に、何があるのかも。光も、声も、どんなに長い手も届かないその場所に、何があるのかも。

 深い穴の底には、大切なものがあった。その大切なものがどんなものなのか、今のぼくにはわかっていた。それがどんな形をして、どんな色をして、どんな大きさで、どんな重さなのか――ぼくはそれを、ちゃんと知っていた。

 そして彼女は今、とても静かなところにいた。彼女はあの死んだ猫と同じくらい静かだった。そこからは時々、小さな歌が聞こえてきた。音とか言葉というより、むしろにおいとか、手触りとか、光の感じみたいな。

 ぼくは時々、夢の中で井戸のそばに座ってその歌を聞く。

 お父さんのノートには、それ以来彼女のことについては書かれていない。たぶん、それが書かれることはもうないだろう。お父さんがそれについてどう考えているのかはわからなかった。あるいは、ぼくのことを疑っているのかもしれない。お父さんは今日も時計をあわせ、朝ごはんを食べる。

 しばらくのあいだは、お父さんのノートに新しいことが書かれることはないだろう。それは、そう頻繁に起こることじゃないし、出会うものでもない。今では、ぼくにもそのことがわかっている。

 いずれにしろ、すべてのことは今までと変わりがなかった。物事は算数的に処理され、ロボットみたいに動作して、みんなはそのバカさ加減を受け入れている――

 少なくとも、表面的にはそうだ。深い穴の底にあるものを除いては、すべてが今までと同じように機能している。

 でも――

 問題が一つあった。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 はたしてその時、ノートにはぼくのことが書かれるんだろうか。名前、特徴、病歴、行動スケジュール、殺害計画、いくつかの考察……。それとも、そんな必要もなく、ぼくのことを殺してしまうだろうか。たぶん、最初にそうしたのと同じように。

 あるいは、お父さんはぼくを殺したりしないんだろうか。

 ――だとしたら、それはどっちがより()()()なんだろう?

 宇宙そのものがすっかり変わってしまうわけではないにしろ、これはなかなかの謎だった。深い穴の秘密と、同じくらいに。

 そこには、どんなに強い光も、どんなに大きな声も、どんなに長い手も、届くことはない。

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