(まるで天体観測か、地質調査でもしているみたいで)
ぼくはその後も何度か、お父さんの部屋に侵入を繰り返した。それは主にお父さんが夜勤にあたって一日家にいないときで、だからゆっくりと例の殺人ノートを調べることができた。
当然、お父さんの部屋には鍵がかかっていた。でもクリップを加工してつくったピッキングツールで、何とか開けることができた。インターネットで調べただけのいいかげんなものだったけど、鍵の作りが簡単なおかげでうまくいったみたいだ。
ノートを調べるのは、もちろんいつも最大限の注意を払うことになる。元の位置から少しでもずれてしまったり、汚れや跡を残すのもまずい。髪の毛や糸くずなんかを落としてしまうのも、厳禁だった。
とにかく、ぼくはお父さんが絶対に気づくことのないように、そのノートをチェックしていた。
比較的最近にあった六人目の犠牲者以降、ノートに新しい記述は増えなかった。最後の書き込みのあとは白紙になって、それが最後まで続いている。
ぼくは過去の記録をできるだけ丹念に読み返してみたけど、それらは医療用のカルテみたいに書かれていて、やっぱり意見や感想みたいなものはほとんどなかった。お父さんの行動や計画や被害者のことをどれだけ知ってみても、お父さんが何を考えて、何のためにこんなことをしているのかはわからなかった。
まるで天体観測か、地質調査でもしているみたいで、ぼくはそのことで時々、妙な混乱を覚えないでもなかった。
動機も目的もわからないので、お父さんが次の被害者をいつ選びだすのかは見当もつかなかった。あるいは、お父さんはもう何らかの目的をはたしてしまっていて、不幸な七人目が現れることはないのかもしれない。
でもぼくとしては、それはどっちでもいいことだった。お父さんの行動は気になったけど、それは殺人をやめさせたいとか、被害者を守りたいとかいった理由からじゃない。ぼくはそんな人間愛も徳義心も持ちあわせていない。
じゃあ、どうしてぼくはこんなにもお父さんの行動に執着しているんだろう?
はっきりとはわからなかったけど、それは好奇心とか、疑問とか、危機意識とか、恐怖とか、そういったどんな感情とも結びついていなかった。
あるいは、それは――
引きだしにかけられていた鍵を解くための暗証番号、ただその数字によるのかもしれない。
何にしろ、ぼくはお父さんのしていることにも、ノート自体にも、特別な関心を持っているわけじゃなかった。世界の裏側とまでは言わないにしても、その途中の出来事くらいには。
――ところが、事態はぼくの思わぬ方向に動きはじめた。
ある日、ノートの新しいページに、ぼくのクラスメートの名前が書かれていたのだ。